第13話 フロストアーク迎撃戦 − Phase2:アザトゥス母艦 ②
舷側砲台が、延々と光を吐き出す。
「先に味方に串刺しにされないコレ!?」
レーザーの雨を必死に避けながら、ユウは半泣きで叫んだ。拡張視界にオーバレイされた射線警告ももはや意味をなしていない。
『射線視えてるでしょ。隙間を通ればいいだけですよ』
「分かってるよそれは!!」
飄々と進んでいく相棒の機体を恨めしげに睨みつけて、小刻みに操縦桿を操作し続ける。ナギやクピドにシミュレータで散々レーザーを浴びせられていたお陰で、なんとか取り回せている気はした。
無心に操作しているうちにだんだんと防衛の穴が見えてくる。最初は相棒の背を追っていただけだったのが、今はその機体の向こうに道が見えていた。
最低限のやりとりで目まぐるしく共に飛んでいると、奇妙なシンクロ感が沸いてくる。それはお互いがひとつのコックピットを共にしていた頃のようで、懐かしいようなそのささやかな感情は、さらに操縦の精度を高めていった。
猛スピードで突っ込んでくる小型を、機体をひねって交わす。すれ違いざまに肉色の無数の手を伸ばしたそれを、クピド操るカドリガの白光が消し飛ばした。
「ありがとう!」
『いーえ! ちょっと補給行ってきます!』
てきぱきと敵を倒していたカドリガが補給に戻っていく。最大戦速で移動中のため、補給機は艦の表面にある4箇所のアタッチポイントに接続されていた。各機にはQP操るカドリガが護衛についている。さながらクジラとコバンザメのようだった。この無数の肉塊の群れがいなければ、だが。
『ユウさん、中型! 追撃を!』
「……っ、了解!」
群れ成す小型に囲まれた中型を、紫電の閃光が取り巻きごと薙ぎ払う。消し飛ばされた肉の合間から僅かに露出した核を、ユウは正確に撃ち抜いた。核を失った肉がぐずぐずと崩れ始め、腹をすかせた肉食魚の群れのように小型がわっとそれに群がる。
『撃墜1! いいですねユウさん!』
シエロが歓声を上げた。ヒュウ、と口笛のおまけつきだ。もはや小型の撃破数は数える気にもならない。ユウは少し苦笑して、うん、と答えた。一瞬、バカみたいな設定をしたシミュレーターでレクリエーション戦をしているような気分になる。数は多いが、一匹一匹の強さはさほどでもなかった。
クピドのカドリガが戻ってきた。華麗なターンを決めて炎を吹きつけると、そのまま敵の群れに突っ込んで行く。銀の機体が急流を泳ぐ魚のように群れの間を飛び回り、肉塊たちの視線をかき集めた。一塊になって追い掛けてきたそれを陽電子砲で消し飛ばして、シエロは呆れたように言う。
『クピドさん、無理に突っ込まないようにしてくださいね』
『えへ、ごめんなさい。あんまり多いからちまちまやっつけるの面倒臭くなってきちゃって!』
『ちょっとかき集めても同じだと思うし、危ないよ。奥のは砲塔に任せよう』
シエロに続いて苦言を呈したハイドラに、クピドはむっすーとトーンを下げた声で応じた。
『ハイドラ君がもう"撒き餌"しないって約束してくれるならそうする。さっきから殲滅追い付いてない時に何回かやったでしょ』
気付いてないと思った? と畳み掛けられて、う、とハイドラが言葉に詰まる。毟り取ったハイドラのアザトゥス体で敵を誘引する撒き餌システムの使用は、要は今クピドがやったのと同じ事だった。ちょっとかき集めても同じ、というその台詞はそのままハイドラ自身に跳ね返る。
『……分かった、僕が悪かったよクピド』
『ん。ならよし!』
『終わりが見えませんからトバしすぎないように。ユウさんもね。私は補給に行ってきます』
そう言って補給に向かったシエロ抜きで引き続き迎撃にあたる。最初は怖かった舷側砲台の、尽きない火力支援が今は頼もしい。しばらく撃って、倒して、補給してを延々と繰り返した。
新雪のように撃破数が降り積もる。その積み上げは少しずつ恐怖を別のものに置き換えていった。高揚感ではない。達成感でもない。それはある種の安心感だった。
(——俺、ちゃんと、戦えてる)
弾幕をすり抜けてきた敵を撃ち落とす。弾けた生体組織がキャノピーにべちゃっと張り付いて、次の瞬間速度に負けて凄まじい勢いで後方へと流れていった。その生々しさが、自分はちゃんと立ち向かっているのだという安心感をくれる。逃げていないという実感を。責任を果たしているという安堵を。
だが、その安心感は巨大な肉の大地を前にして吹き飛んだ。
先行した駆逐艦の形がはっきりと視認できるようになったタイミングで、減速の指示が出る。
『減速準備! 相対速度固定の基点をアザトゥス母艦に設定!』
最大戦速からの減速が全身を軋ませる。まともに息ができず、視界にチカチカと星が散った。その星の向こうから、凄まじい速度で巨大な肉が迫る。勿論事前に情報は入れていた。これは予想していた光景のはずだった。だが。
人間は情報のおよそ8割を視覚から得ているという説もある。視覚情報は文字情報のおよそ6万倍の速度で脳に叩きつけられるのだ。それほどまでに、実際に目の前にする、という状況は認知を、それに伴う感情を増幅する。
それまで立ちはだかった艦隊でよく見えなかったそれが、ありありと目の前に晒される。艦隊丸ごと飲み込めてしまいそうな巨大な肉の大地。絶え間なく主砲が閃き、その肉に閃く光の牙を立てているが、穿たれた穴は瞬く間に塞がり核の姿は形も見えない。まるで戦艦主砲が豆鉄砲のようだった。さらにその上を飛び交う、無数の肉の群れ。
絶望という単語がこの世に形を持ったら、こうなるのかもしれないと思った。
『ハイドラ君、どうにかなるのこれ……』
『これは……』
クピドが聞いたことのないトーンの呻きを漏らし、ハイドラが重い息を吐く。息をするのも忘れて、ユウはその光景を見つめた。責任が果たせる気は、もう全くしなかった。
次回の更新は3/7です。
それではまた、次回。




