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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第五章 土星の環でワルツを
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第8話 戦闘機乗りたちの休日 ①

 木星圏でふいになった観光の代わりとばかりにフロストアークの街へ繰り出したユウたち一行の前を、うきうきとした足取りの子供たちが先導する。


「いやー、よかったんですかー。僕らまで」

「もちろん。むしろ案内してもらうお礼というか」

「まーお食事どころは僕らも口コミだよりですけど。久しぶりだなーごはん。感覚共有なんておいそれと人様に頼めないからうれしー」

「……そうなの?」


 感慨深げにそう言ったマックスに、ユウは訝しげに尋ねた。マックスはくりくりとした目でユウを見上げる。


「だって感覚共有ってちょっと……ねぇ。おはれんちですしー?」


 予想だにしていなかった単語が飛び出してきて、ユウは少し眉を上げた。


「待って、なんて?」

「えー、だって感覚共有って味覚とか肌感だけじゃなく心拍から体感温度まで筒抜けですしー。どきどきあなたのハートまで、一緒にかんじちゃうー。なんちて」

「えっ……」


 ユウはぎょっとしてシエロとフォルテを振り返った。二人は気まずそうに目を逸らす。


「あー、うん。まあ、俺が用があるのは味だけだからさ」

「世の中、知らないほうが幸せな事ってありますよね」

「味覚だけだと思ってたのに……」


 思わずコネクタを押さえて情けない声を漏らしたユウの背中を、マックスはぽんぽんと優しく叩いた。


「どんまい。ちなみにお外で感覚共有してるのは()()()()()()()ってことの証です。普通はしないから気をつけてねー」


 ユウは一瞬う、と言葉に詰まってから、少し気遣わしげに眉を下げる。


「それじゃあ、君たちは食事とかって本当に滅多に味わえない感じなのか」


 マックスはちょっとだけ不意を突かれたような顔をした。一拍置いて吹き出す。


「今の聞いて返しがそれなの、ユウくんのお人柄感じちゃうなー。ふふ……あのね、土星圏(ここ)では味覚モジュールが普及してるので食の楽しみゼロってわけじゃないのです。ありがとね」

「それはそれとして、()()のご飯はやっぱおいしいので今日はたのしみなんだよ。ありがとね」


 にこにこと笑いあうその姿に、フォルテが少し物憂げな視線を向けた。ぽつりと一言、こぼす。


「……アイザックも土星圏に来れればよかったのにな」

「お友達です?」


 小首を傾げたマックスに、フォルテはぽつりぽつりとカリプソーでの出来事を語った。ふむふむと生真面目な様子でそれを聞いていたマックスは、軽く眉を下げて苦笑する。


「アークトリアも企業ですからね。企業に否定的な方だとやっぱりちょっと、難しいかとー。()()()やり方でしか移籍はさせられませんしね」

「ほんとはフォルテくんも引き抜きたかったんだよね。無理だったけど……」

「ちょっとフォルテくんはランクがたかすぎた」

「隊長くらいが限界だねー」

「好き放題言いやがってお前ら……」


 苦い表情で吐き捨てた隊長とフォルテを見比べて、ユリアがふぅん、と小さな呟きを漏らす。


「アンタ、結構すごいんじゃん」


 独り言のようなその小さな声を耳聡く拾い上げたマックスの目がきらんと光った。すすす、とユリアに歩み寄るとにこにこと邪気のない笑みを浮かべてその顔を見上げる。


「そーですよー。フォルテくんはすごいんです。スター・チルドレンの実演飛行も実に見事で」

「……そうね。最近哨戒の護衛で飛んでもらってるけど上手いと思う」

「そうでしょうそうでしょう! 飛び方に無駄がないですよね」

「意外と周りも良く見てんのよね。走査もしやすくて……何?」


 ぺかー、と輝きを放ちそうな輝度になっているマックスの笑顔に、ユリアが引き気味に尋ねた。唐突に褒められ合戦が始まって少しそわそわした様子のフォルテを、マックスは手のひらで指し示す。


「フォルテくん、優良物件ですよー。とってもお買い得です。おすすめ」

「そ、そう」

「僕はお二人お似合いだと思うなー。だってフォルテくんも――あいた」

「やめろ阿呆。記憶と一緒にデリカシーも蒸発してんのかお前は」


 隊長がぽかりとマックスの頭にげんこつを落とした。眉間に皺を刻みながらぷっくりした頬をつねり上げる隊長に、マックスは悪びれた様子もなく言う。


「いやあ。こういうらぶでこめなオーラはどうにもつつきたくなっちゃうっていうかー」

「どこがだよ。いやもうなんかすんませんホント。もうほらコレ、中身おっさんなんでね……」

「おっさんはまだはやくなーい?」

「やかましいわ。言われたくなきゃ()()()してろ。バカみてぇなことばっか言いやがって」


 マックスは頬を掴まれたままじっ、とまだ母の元を離れたことのない子猫のような澄んだ目で隊長を見上げた。


「ねぇたいちょー、今日はおやすみの日だよー。おやすみの日くらいはね、平和でバカなことをやってないとさ」


 採光窓の向こうに透ける星空を背景にして、小さな銀の光が飛んでいく。遠く花火のように閃く光は祭りの彩りではなく、今日の哨戒班が今も()()()を撃ち落としている証だ。

 視界の端にそれをちらりと収めて、隊長はじっとりとした目でマックスをにらんだ。


「イイコト言ってるつもりだろうがな、他人をダシに使うな」

「ごもっともー」

「今のはマックスがわるいね」

「こういう時期はそっと見守るのが一番おいし……大事なんだよ」


 他のメンバーもわらわらと寄ってきてマックスをぐりぐりといじくり始める。淡い栗毛をくしゃくしゃにされながら、マックスは再びユリアを見た。透き通る視線は自分さえ知らない何もかもを見透かしているようで、ユリアがたじろいだように一歩下がる。その背が居心地悪そうに俯いていたフォルテにぶつかったのを認めて、マックスはふ、と目元を緩めた。


「まあ僕らは仕事が仕事ですからねー。後悔だけはしないようにね」


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