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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第五章 土星の環でワルツを
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第6話 採氷衛星フロストアーク ①

 土星の環を構成する氷の欠片がまばらに浮かぶ空間に、直径20kmを超える巨大な円盤が悠然と浮かんでいる。円盤を縦に貫く長い軸が、目にするもの全てを見下ろしているような威容を放っていた。


 近づくにつれ、その周りを魚群のように行き交う宇宙船の姿が見えてくる。古来から土星の周囲を廻っていたであろう氷の欠片たちをよそに、その場の主であるような顔をした巨大(メガ)宇宙ステーションの表層は、遠い太陽の光を映して白く輝いていた。

 円盤の周囲には針鼠のように無数の砲塔が散りばめられている。漂う氷塊が円盤に近づくと、スパークを散らした閃光がそれを粉々に割り砕いた。儚く散った氷片を、蛇の鎌首のように自在に動くアームがつかみ取ってゆく。


 巡航艦フェニックスを先頭に、第13調査大隊を構成する三艦はゆっくりと巨大な円盤へと近付いた。友軍識別信号(IFF)を交わした相手を、鈍く輝く砲塔は沈黙をもって迎え入れる。

 円盤を貫く軸は巨大なドックステーションだった。直径1kmはあろうかという円形の軸の表面には、誘導路灯火を兼ねた航空誘導灯が無数に輝いている。


「フロストアーク管制(コントロール)、こちら太陽系統合防衛軍第13調(SSUDF-X13)査大隊、旗艦フェニックス(v-Phoenix)。ドッキングの許可を求める」

「SSUDF-X13、こちらフロストアーク管制(コントロール)。現在ドッキングを許可出来ない。待機せよ」

「……なんだって(セイ、アゲイン)?」

「SSUDF-X13へ、繰り返す。ドッキングは許可できない。現在アザトゥスの襲撃対処中のため、全ドッキングベイを閉鎖中。状況終了まで待機せよ」


 管制指令室の通信席で管制とのやり取りに当たっていたオペレータが、表情を曇らせた。ちらりと背後に立つ艦長(シキシマ)の顔を見上げる。シキシマが一歩踏み出し、オペレータの手からマイクを取り上げた。


「フロストアーク管制(コントロール)へ、援護に向かいたい。敵勢力の座標を送れ」

「SSUDF-X13へ。感謝する。しかし、貴艦は地球圏からの長期航海を終えたばかりだろう。我々だけで対処可能だ」

「繰り返す。我々は調査隊であり、長期航海途上での戦闘にも対応可能だ。誘導を頼む」


 * * * 


緊急警報エマージェンシー緊急警報エマージェンシー。本隊がドッキング予定のフロストアークがアザトゥスの襲撃を受けている。本艦はこれより援護に向かう。アヴィオン全隊、出撃準備せよ。総員戦闘配備。繰り返す——」


 けたたましいアラーム音が艦内を満たす。ラウンジに集まって眼前に浮かぶフロストアークの威容を呆けたように眺めていたクルー達が、弾かれたように顔を上げた。


「仕事か」

 

 巨大な円盤の奥でかすかに閃く閃光を一睨みして、コンラートはごきごきと指を慣らす。ジャケットの裾を摘んで見上げてくる、13番(ミラ)のふわふわした髪をくしゃりと撫でた。


「行くぞ」


 こくん、と頷いて駆け出したミラとコンラートの後に続くようにクルー達もばらばらと走り出す。「私たちも」と相棒(シエロ)に促されてユウも格納庫へと急いだ。

 久しぶりの戦闘に、艦の空気は熱に浮かされたように浮ついている。木星圏から土星圏への旅は比較的穏やかで、小競り合いとも呼べないような小規模な戦闘が起きたのみだったのもその一因だろう。

 格納庫に辿り着くと、既にパイロットスーツに身を包み終えていた子供たちが振り返った。光沢のある白のパイロットスーツを着たクピドと、濃灰色のパイロットスーツを着たハイドラの金の目が同じ色を宿してきらめく。まるでそうあるための(つがい)であるようにも見えたが、かつて同じくらいだった二人の身長には埋めがたい差が開きつつあった。


「先に行っていますね」


 また伸びてしまった赤錆の髪を束ね終えたハイドラが、ヘルメットを被って背を向ける。シエロが壁際の義体用ドックに身を沈めた。ふっ、と空の色を宿した目から光が消える。

 自分だけ何の準備も出来ていない事に気付いたユウが、慌てて自分のロッカーに駆け寄った。ツナギを脱ぎ捨ててパイロットスーツを身に着け始める。これを着るのにもずいぶん手慣れてきた。手早く着替えを済ませると、ヘルメットを引っ掴んで自機(ガーゴイル)に向かう。

 キャノピーが開いた梯子の下で、整備班の同期が手を振っていた。いつもはシエロが開けてくれていたキャノピーは、今日は彼が開けてくれたのだろうか。目に馴染む作業用グローブをつけた手が、握った拳をぐっと突き出した。


「気をつけろよ。……幸運を祈る(グッドラック)

「うん。ありがと」


 こつんと拳を当て返して、ユウはヘルメットを被った。梯子を昇ってコックピットに滑り込む。コネクタを首に繋ぐと、HUDの表示が統合された拡張視界(オーグメント)の端で小さくイコライザが跳ねた。


「さあ、初陣ですね」


 箱のないコックピットの中で、ユウは苦笑する。


「失礼だな。()()()だよ」

「そうでした。英雄さん」

 

 くつくつと笑う相棒(シエロ)を無視して一人ですべての準備を整える。軽く息を吸って、肺が空っぽになるまで吐き出した。もう一度息を吸い込むと、戦場へと足を踏み入れるための言葉を紡ぐ。


管制室フリプライ、こちら異機種編隊(コンポジット)-02。フェニックス左翼格納庫(レフト・ハンガー)02、出撃準備完了(レディ・トゥ・ロール)

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