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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第五章 土星の環でワルツを
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第4話 換装 ①

「フレーム化ぁ? 人工皮膚を外すのはあんまオススメはしねーけどなぁ」


 外装の相談がある、とユウに持ちかけられて話を聞いていたフォルテは、そう言って顔をしかめた。


「ちょっと手ぇ出してみな」


 言われるがままに差し出されたユウの手を、握手するようにフォルテは軽く握る。


「この"触ってる感じ"ってフィードバックが、操作には案外重要なんだよ。今どれくらいの力を入れてんのか、どこに触ってんのか。人工皮膚を剥がすってことはこの辺りのセンサを丸ごとブチ飛ばすってことだ。安い義体はコレがねーからリハビリにも苦労する」

「別に人工皮膚がなくてもセンサ類は使えるんじゃないのか?」


 ユウは握手したままのフォルテの手の感触を確かめるように、軽くぎゅむぎゅむと握りながら尋ねる。フォルテは呆れたような半眼でユウを見上げた。


「使えるよ。人工皮膚の疑似神経網がなくなるから、その場合全部数値で飛んでくるけどな。それ見ながら操作できんのか?」

「う……それは」

「拡張電脳も使ってないんだろ、あんた。拡張電脳に計算させて感覚フィードバックさせることも出来なかぁないが、効率はよくないぜ。感覚付き人工皮膚を剥がしてまでやることじゃない」


 にぎにぎと絶妙な力加減で握ってくるユウの手を、フォルテは嫌そうに振りほどく。


「だいたい、何だって人工皮膚を剥がそうなんて発想になったんだ? まともな神経網つきの人工皮膚に換装したいって話はよく聞くけど、その逆なんて初めて聞いたぞ」


 ユウは自分の手に目を落とした。


「どうしても義手に違和感があるんだ。感覚は元の手の時ともうほとんど変わらないのに、自分で切り落とした時のあの感覚が忘れられなくて……。()()()()()()()()()()()に酷い違和感がある」

「難儀だなぁ」

「自分でもそう思う……。で、それならいっそ義手だってはっきり分かる感じにしちゃえば吹っ切れるんじゃないか、って言われてさ」


 フォルテは訝しげに眉をひそめた。


「ンなこと、だーれが言ったんだよ。企業でも聞いたこともねー話だぞ」

「ナギが……」


 ひそめた眉がくいっと片方上がる。フォルテはミールペーストの味の話をしていた時と同じ表情になった。


「ナギぃ? あいつまだ全身生身だろーがよ、適当フカしやがって……」

「いやでも、たぶん俺の気持ち(メンタル)の問題だから……一理あるのかも、って」


 ふぅん、とフォルテは口を尖らせた。


「何だかちょっと気に食わねーが、あんたがあんたの問題だってんならまあいいや。そういう話なら人工皮膚を剥がすよりいいやり方がある」


 * * * 


「やあ、どうしましたかユウ君。君から頼み事なんて珍しいですね」


 ラウンジに呼び出されたテッサリアは、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて言った。ユウは差し出されたコーヒーを一口すする。しれっとユウのコネクタにケーブルを繋いだフォルテが、「あっま」と言って顔をしかめた。


「すみません、班長。木星圏を出てやっと一息ついたところなのに」

「構いませんとも。この歳まで仕事一筋の私みたいな人間はね、何かやることがないとかえって落ち着かないんです。ノーズアートですか?」

「いえ、その話ではなく」

「おや……」


 しょぼんと眉を下げたテッサリアに、フォルテが食いついた。


「テッサリアのおっちゃん、ノーズアート描けんの!?」

「おやフォルテ君、ノーズアートに興味が?」


 テッサリアの小さな目がきらんと光る。すかさず懐から小さなリングノートと銀色のシャープペンシルを取り出すと、かちかちと軽快に芯を押し出した。


「君のスター・チルドレンも大変よい機体ですからね。どんな意匠がご希望です?」

「やっぱオーソドックスにサメの口(シャークマウス)とかはいいよな〜」

「おや、渋いですねぇ」


 嬉々としてリングノートの1枚にラフを描き始めたテッサリアの手元を、フォルテは覗き込む。


「っあ~、いいねぇ……。あーでも横腹に描く絵もいいんだよな……じゃねえ、ゴメンその話もすげーしたいんだけどまた今度で。義体の話をしに来たんだ、今日は」

「おや、そうでしたか」 


 さらさらと心地の良い音を立てていたシャープペンシルが止まった。描きかけのラフの横にフォルテの名前を書き込んで、テッサリアは小さなノートをぱたんと閉じる。


「義体の話なら副班長さんのほうが良いかもしれませんが……私は外装の調整くらいしか」

「まさにその外装の話なんです」


 すっかり話から追い出されていたユウが話の主導権を取り返す。ぽつりぽつりと義手の違和感について語るユウの言葉に、テッサリアは黙って耳を傾けた。


「それでフォルテが、光模様(ルミナグラム)の事を教えてくれて。それなら人工皮膚を剥がさなくても、義手の実感が出るんじゃないかと」

光模様(ルミナグラム)……人工皮膚の下にイルミネーションケーブルを埋め込んで光らせるものですね。ええ、出来ると思いますよ」


 テッサリアは再びリングノートを開いた。さらさらと腕の形を描き込み、そこにラインを引き始める。


「不可逆なものでもありませんから、とりあえず試してみると良いんじゃないですかね。企業の方からは義体用の備品と設備を諸々融通していただきましたから、結構何でもできますよ」


 ぐっと拳を握って頼もしい笑顔を見せた整備班長に、フォルテがおずおずと尋ねた。


「あのさ……ついでというか……俺も、その、義体絡みで頼みがあるんだけど」

「はい」

「見ての通り俺の外見、ガキなんだけどさ……これ年相応の見てくれになんねーかなって……」

「ふむ」


 ユウの光模様(ルミナグラム)の件は快諾してくれたテッサリアが、今度は眉を寄せて少し渋い顔をする。


「出来るできないで言えば、出来ると思います。ただね……性能は落ちますよ。君の義体はかなり良いものなので。切り替えの調整も必要でしょう」


 性能が落ちる、と言われたフォルテは少したじろいだ。だがぎゅっと眉を寄せて唇を引き結ぶ。


「んん……いや、性能はこの際良いよ。それにユウのと同じで、こいつの換装だって別に不可逆じゃないんだろ?」

「そうですか……まあ、君がいいなら調整してみましょう」

「班長。シエロみたいな遠隔で一度試してみるのはどうですか?」


 勿体ない、と表情にありありと書いてあるテッサリアにユウが尋ねた。テッサリアは頷く。


「お試しなら、それもいいかもしれません」


 テッサリアはリングノートを閉じて立ち上がった。親身に相談に乗る仲間の顔から、"整備班長"の顔になる。


「ではさっそく、取り掛かりましょうか」


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