第2話 サイバネティック・コネクション ②
食事を終えて各々が解散した帰り道。きゅいいん、と艦内通路にあるまじきモーターの鋭い唸りが聞こえてユウは眉をひそめた。
シエロが作業用補助ユニットに入っていた頃はたまに聴いたものだが、今そのシエロは義体に入って隣を歩いている。シエロ以外にも整備班の使うRAMが通路を行き交うが、それを爆走させる者は艦にはいない。最初の頃にやらかした者は何人かいたのだが、いずれも整備班長にこってり叱られたからだ。穏やかな口調と表情で一部の隙もなく詰めてくるテッサリアの姿を思い出して、ユウはぶるりと身震いした。
「どいてどいてどいてー!」
「ユウさん、危ない!」
「わっ」
シエロに突然手を引かれて、ぼうっと考えにふけっていたユウはたたらを踏んだ。体勢を崩しながら振り返ったユウのこげ茶の瞳と、紅玉の瞳の視線が交錯する。次の瞬間、猛スピードで突っ込んで来た車椅子にユウはまともに轢かれた。
からら、と横転した車椅子のタイヤがむなしく空転する。痛みに声にならない呻きを漏らしながら横たわるユウの横に投げ出されたナギが、頬を膨らませてぶうぶうと文句を垂れた。
「ちょっとユウ~変に避けないでよ!」
「あの……ね、ナギ……も、ちょ、っと……言う事……あるよな……?」
「すみません、私が余計なことをしたばっかりに。立てます?」
手を差し出したシエロに、ユウは小さく首を横に振ると指だけを動かしてナギを指す。
「……ナギを起こしてあげて」
「ん、ボクはヘーキヘーキ。あ、でも車椅子だけ起こしてくれたら嬉しいかも」
「まったく……」
シエロはわざとらしくため息をつくと、車椅子を引き起こした。ぴょこぴょこと片脚を引き摺りながらナギが車椅子に這い上がる。ユウも顔をしかめながら体を起こした。
「何その車椅子……」
「エリックを筆頭に、整備班のみんなが仕事の現実逃避に魔改造してくれたの。ターボモード搭載です」
「あいつら……後で班長に言いつけてやる……」
ユウは深々とため息をつくと痛む腰をさすりながらナギを見上げる。
「調子はどう? って聞こうと思ったけど……なんか調子良さそうだね」
「へっへーん、わかっちゃう?」
ナギは車椅子の上で少し尻をもじもじさせて位置取りをすると、今日は束ねていない白い髪をかきあげた。白いうなじと、そこに造設されたユウと同じコネクタが顕になる。コネクタには1本ケーブルが挿さっていて、それは首に巻かれた細いチョーカーに取り付けられた親指ほどの小さな機器に接続されていた。
「ユウ、おっそろ〜」
ユウのカメラアイがピントを合わせる音を鳴らした。生身の左目を瞬かせる。
「ああ、BMI入れたんだ」
「ふっふーん、拡張脳バイパスしてもらったのさ。ほら見て」
ナギはするすると靴を履いていない右足の靴下を降ろすと、ぺいっと投げ捨てた。顕になった白い足の先で、親指の先だけがもぞもぞと動く。
「義肢に変えたの?」
「うんにゃー、生身だぜい。ボクの場合は脳がイカれちゃっただけだからコッチは問題ないんだってさ」
義肢になってしまった左手を無意識に撫でてから気遣わしげな声を出したユウに、ナギは飄々とした様子で首をすくめた。
「付け替えてもよかったんだけどなー。膝の仕込み武器とか憧れるじゃん? こうペキッと折ったら銃口が出てさー」
「……怖く、ないの」
ニコニコと楽しげに両手で自分の脚を持ち上げて見せるナギに、ユウはぽつりと問う。ナギはきょとんとした様子で首を傾げた。
「怖い? 何が?」
「だって付け替えるって……その、切るってことだし」
紅玉の瞳がぱちくりと瞬く。
「ユウだってそれ、自分で切ったんだろ」
何を言ってるんだ、と言いたげなナギの声音にカッと頭に血が上る。
「切りたくてやったわけじゃない。そうするしかなかったんだ」
思わず声を荒げたユウに、ナギは穏やかに微笑んだ。芸術のような笑顔の中心に、冷たい紅玉がきらめく。薄桃の唇が吐息のような囁きを吐き出した。
「それが出来なくて死んだやつが何人も居たんだぜ。キミは、自分で、やったんだ」
焦げ茶の瞳孔が開いて揺れる。冷たい汗が首筋を滑り落ちて、シャツの中を不快に伝った。小さく揺れる視界を空の色が遮る。
「ナギさん。あんまりでは」
立ちはだかるようにして間に割り込んできたシエロを見て、ナギは肩をすくめた。
「ボクのたらればで怒ってるなら謝るけどさ。評価してるんだぜ、ボクは。土壇場でだってその選択が取れるやつはそういやしない。土壇場で出来るならそうじゃなくても出来るし、そういう意味ではボクとキミはさして変わんないだろ」
シエロの後ろで、ユウは視線を下げる。目を付け替える時にアサクラに言われたことを思い出した。この戦争に、どれだけ深く関わるか。こんな世界になってなお、選択肢は与えられていた。それでも背を向けられないのだから、ナギの言う通りなのかもしれない。
「答えになってないぞ」
ナギの言いたいことは理解した上で、ユウはぶすっとして言った。
「怖くないのか、って聞いたんだ、俺は」
ナギは冷たさを感じさせない笑顔で、ニッと笑う。
「ぜーんぜん! ボクは戦うのが好きなんだもん、強くなるなら大歓迎だね。木星圏にだって性能向上のために換装する奴らがいるんだしぃ」
「あれって部分換装なの? 部分換装はけっこう大変なんだぞ」
「そーなの? でもやっぱロマンあると思うなー。カッコいいじゃん」
「見た目は普通だけどね……わっ」
ナギの白い手がぐいっとユウとシエロの手を掴む。無遠慮にじろじろと眺め回して、はぁーっとあからさまな溜息をついた。
「ホントだ。つまんない」
「あのな」
ユウもため息を返す。
「たぶん君が思ってるほどいいものじゃない。俺は怖かったし、今でも怖いよ。リハビリは大変だし、見た目は普通でもやっぱ違和感あるし。そのままでも十分強いんだから、身体大事にしなよ」
「ありゃ、褒められた」
ナギはぱっとシエロの手を離すと、残ったユウの手と顔を見比べた。
「違和感かー。いっそメカメカしい見た目にしちゃったら吹っ切れるんじゃない?」
「どうだろうな。ナギと違って戦うのは好きじゃないから、俺は」
きらめく紅の瞳が青く透き通る義眼を見上げる。眼を貫いて頭を覗かれているような気分になって、ユウはたじろいだように半歩下がった。だががっちりとユウの手を握るナギの手は鋼のようで、それ以上逃げることが出来ない。
逃げ腰のユウの方へ身を乗り出して、甘くとろけるような声で最強のエースは囁いた。
「それでも。キミは絶対に、戦いから逃げられないんだからさ」
パイロットスーツの四肢切断機構は機械が判断して切除はしてくれないので、最終的には自分で決めてボタンを押さなくてはいけません。猶予は数分なので、ためらってるうちに手遅れになるケースは少なくありません。
アステロイドベルト戦でもそれで何人か死んでいます。
次回の更新は12/20です。
それではまた、次回。




