第20話 魂は今、この冷たい胸の内に ③
「おかえり」
成人サイズのメックスーツの群れと一緒にぎゅうぎゅうに押し込まれた降下艇からようやく解放されたフォルテの頬に、むっすりとしたユリアの声と共に小さな金属片が押し付けられた。
人工皮膚の裂けた頬をぎゅむと押しつぶされて歪めながら、フォルテは半眼で想い人を見上げる。
「いや、もーちょっとなんかさ? 情緒っての? そういうのはねーわけ?」
甘さの欠片もなく、少女と少年の視線は絡み合った。お疲れ、と肩を叩き合う他の隊員達がフォルテにも労いの言葉を掛けようとしては、何かを察したようにそそくさと去っていく。
「うるさい。口に突っ込むわよ」
「へーへー。そのツンツンしてるとこもかわいーよ、畜生」
おざなりな口説き文句を紡ぎながら、肩を竦めて小さな鍵を受け取る。冷え切った循環水が巡る手のひらに、ほのかな温もりが落ちた。金属片に残るユリアの体温を冷たい手に刻みつけるようにそれを握ってから、定位置のポケットに滑り込ませる。
フォルテが鍵をしまい込んだのを見届けたユリアは、「じゃ、返したから」とつっけんどんに呟いて踵を返した。そのジャケットの裾をすかさずフォルテが掴む。
「——何?」
じろり、とユリアが半眼で少年を振り返った。思わず掴んでしまったその手をぱっと放して、フォルテは「いや、その」と口ごもる。ユリアの形の良い眉がきゅっと寄った。
「何よ。ハッキリしないわね」
鋭い視線でぐさぐさと刺されて、それでも足を止めて耳を傾けてくれる姿にフォルテは心を決めた。青玉の瞳を少し上目がちに見上げる。
「なー。俺、けっこー頑張ったと思うんだけど、さ」
「……そうね」
「何かご褒美とかあるとうれしーなって」
ユリアは少し考え込んだ。数秒の逡巡の後、ポケットをごそごそやって包みのよれた飴玉をひとつ取り出す。無言でそれを突き出されて、流石のフォルテも鼻白んだ。
「いや、あのさ。子供じゃねーのよ。そもそも俺、義体だから食えねーし」
「……突然そんなこと言われても、今はこれしか持ってないわよ。他になにか――」
「ハグしていい?」
再度ポケットに手を突っ込んだユリアの言葉を遮って、フォルテはご褒美をねだった。ユリアは軽く眉を上げると、すたすたと少年に歩み寄る。軽く抱きしめて、頭をぽんぽん、と2回優しく叩いた。
「あー……」
完全に近所の子供か弟にやる"それ"に、フォルテは半眼で切なげに笑む。小さくため息を漏らして、ユリアの背に腕を回した。義体の出力で抱き潰してしまわないように気を付けながら、華奢な身体を抱きしめる。くすりと笑って余計な一言を囁いた。
「意外。殴られるかと思った」
「——アンタ私を何だと思ってんのよ。それに、兄さんはこういう時……断らないわ」
「ご家族判定、どーも……」
苦笑して背中に回した腕を首元に滑らせる。頭を抱き寄せて顔を近付けると、視線の温度が氷点下に落ちて、細い指がフォルテの顔を掴んだ。
「そこまでは許してない」
「はい」
素直に身体を離す。ちらちらと自分たちを見ていた視線がサッと散ったのを感じて、少しだけ反省した。一度目を伏せてから、癖のない艶やかなプラチナブロンドが彩るユリアの顔を真っ直ぐに見る。
「ま、これで最後にするよ」
形の良い眉が、訝しげに歪んだ。吹っ切れたような晴れ晴れとした表情で、少年は笑う。
「人格コピーなんだってさ、俺。人間のアンタには釣り合わないよ」
ユリアの眉が跳ね上がった。ぐい、と一歩歩み寄って、両手でフォルテの頬を強く挟み込む。
「コピーだから何なの? アンタはアンタでしょ。私が第13調査大隊に引き込んだのはアンタよ。オリジナルなんて知らないわよ」
「ど、どうした突然」
突然の激情に、フォルテは目を白黒させた。
「アンタが馬鹿な事言い出すからでしょ。何が誰かを好きになるのに理由なんていらないよ。コピーだとかオリジナルとか、そんなことでひっくり返るようなものだったワケ」
一度は散っていった視線が、再びちらちらと集まってくる。クローズドだったはずの話を衆人環視の中大声で怒鳴られて、フォルテはちょっぴり泣きたくなった。睨みつけてくるユリアの目には怒りが満ちている。何故怒られているのか分からなくて、数秒考えて最大限好意的に解釈することにした。
「ええと……両想いってことでよろしい?」
「それはないけど」
「んん……」
なんとなくそうだろうなとは思っていたが、きっぱりと否定されて肩を落とす。そのフォルテの胸に、ユリアは白い指を突き付けた。
「今ここにあるのがアンタの、アンタだけの気持ちでしょう。自分で踏みにじってんじゃないわよ。大事にしなさい」
作戦前にも同じく「大事にしろ」と言われた事を思い出す。きっと自分を睨みつけているユリアを見て、ふにゃりと表情を崩した。
「ははあ。つまり俺は今ねーちゃんに甘やかされてるワケか」
ユリアはうっ、と一瞬言葉を詰まらせてからそっぽを向いた。
「だって私はアンタの後見だもの。……嫌ならやめるわよ」
「いや、うれしーよ」
淡く緩めたままの表情で、フォルテは首を横に振る。血液ではなく循環水の巡る冷たい胸の内に、曖昧に存在していた魂が形を帯びた気がした。
少し意地悪な表情で、フォルテはそっぽを向いたユリアの顔を覗き込む。
「いいのかよ。俺には興味ねーんじゃなかったの? 言っとくけどしつこいぞ、俺は」
ユリアはすごく嫌そうな顔をした。
「私がそれに応えるかどうかは、また別の話じゃない……」
フォルテは吹き出した。本当に全然全く脈がない。でもその彼女自身の気持ちとは切り分けて、自分の心を大切にしろと怒るその精神性が愛おしかった。笑いとともに、素直な気持ちが口から零れる。
「好きだよ、ユリア」
「私の他にも女の子はいるってば」
「でも、あんたがいいんだ」
「はいはい……」
ユリアは恋に恋をしたこともないような女の子なので、拒否しているというより分からないだけなのかもしれません。粘ればイケるかもしれませんね。頑張れ少年。(なおユリアの趣味は年上の模様)
4章はこれにて完結となります。
このあとおまけを二つ挟んで、来週からは5章開幕です。
第5章「土星の環でワルツを」、引き続きよろしくお願いします。
おまけは明日から2日連続更新です。5章1話の更新は12/6です。
それではまた、次回。




