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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第19話 生命の檻 ②

『……すみません、フォルテさんが本当は人格コピーだったこと……その、黙っていて』


 ナギを収容した医療機(ナイチンゲール)とシエロのHSUが上空までやってきた旗艦に戻っていくのを見送りながら、ハイドラがぽつりと呟いた。

 

『いいよ、謝んなくて。俺のために黙っててくれてたんだってトコはもう飲み込めてる』


 腰部の予備バッテリーを挿し替えながらフォルテは肩を竦める。申し訳なさそうにもじもじしているハイドラの、自分より少し低い目線を覗き込んでにやりと笑った。


『なあ、人間じゃないってどんな気持ち?』

『……え?』

『晴れて俺も人外確定だからさ。ここはひとつ()()()に教えを請おうかと』


 ハイドラは溜息を一つこぼした。マスクから零れた吐息が、低い気圧で急激に冷やされて白く凝る。


『僕の罪悪感を薄めるために自分を傷つけないでください』


 ハイドラはマスクを外して、黄金(きん)の瞳でフォルテをじっと見返した。珍しくその目が少し怒っていることに気付いて、フォルテはバツが悪そうに覗き込んでいた目を逸らす。


『……悪い』

『そう言う事艦内で言うと叱られますよ、とだけは教えておきます』


 ハイドラは淡く微笑んで手にした火炎放射器の予備燃料を差し出した。薄いグレーの上下から地上戦用のメックスーツに着替えたハイドラは、背負った火炎放射用のタンクを重たげに揺すり上げる。


『余計なことを考えてしまう時の対処法は、一生懸命仕事をすることです』


 エレベータの到着を告げるランプが灯る。再び閉じられたドームを満たし始めた空気が、チーンと気の抜ける到着音を微かに伝えた。ハイドラはヘルメットを被ると、第三陣の除染隊の最後尾の背を追い掛けながらフォルテを手招く。


『仕事をしましょう。大丈夫、僕たちが何者かを気にしているのは、第13調査大隊(ここ)では僕たちだけですから』


 * * * 


「カリプソー内部に除染部隊の侵入あり! 現在残存しているアザトゥスと交戦中の模様です!」

「……来ましたね」


 拡張視界(オーグメント)の端で目まぐるしくカウントアップしていく数字の羅列をひと睨みしてから、アイザックは背後で同じく作業しているアダムを振り返った。

 

「セクションE7~L34までのバックアップ転送完了、私の担当分は残り10分程度で終わります。アダム、そちらは!?」

「セクションA~E6は転送完了してチェック中だ、セクションRがまだ! あと15分欲しい!」


 首元の増設ポートからあちこちのデータサーバにケーブルを挿したアダムが怒鳴り返す。アイザックはひとつ頷いてバックアップルームの入り口を振り仰いだ。


「了解です。エイジス! 外の様子はどうですか?」


 あちこちフレームが剥き出しになった武骨な義体が、スパークを散らしながら振り返る。あの白髪の女兵士にショットガンで撃たれた跡が酷く凹んで痛々しかった。ひび割れてひどいノイズが混じる声が応える。


「アザトゥスの攻勢は落ち着いています。除染隊のほうへ向かったものと思われます」

「バリケードをどけましょう。浮遊車(ホバー)にバックアップストレージの積み込みを」


 エイジスはひとつ頷いて防衛にあたっていた義体たちに指示を出してから、ぎこちない動きでアイザックの前に進み出た。剥き出しになった機械眼(カメラアイ)の中で、オレンジの光が淡く揺れる。


「アダム様、アイザック様。この姿では満足にお守りできません。攻勢も落ち着きましたので復元(レストア)してきます」

「……エイジス、エイジス。電脳が破損したわけではないでしょう。あとで修理すれば――」

「カリプソーを出るのでしょう。しばらくは資材も今までのように潤沢には使えない。再起のためには今ここで、復元(レストア)してしまうのが最善です」

「なら、電脳だけ取り出して」

「そんな時間はありません。貴方なら分かっているはずです。それに私無しでこの場を切り抜けるおつもりですか?」


 アイザックはエイジスと同じように焼け爛れてフレームが覗く顔を歪ませた。空回りする音を立てながら、エイジスはぎこちなく口角を構成するパーツを吊り上げる。欠けたセラミックの歯が覗いた。


「ありがとうございました。アイザック様。共にあれて光栄でした。()()()()、世界の果てまで貴方と共にあることを誓いましょう」


 エイジスは首元からケーブルを引き出すと、バックアップストレージの空きポートに突き刺した。数十秒の沈黙のあと、満足したように頷く。


「今朝のバックアップにこの時点までの記録を統合(マージ)しました。……電源は、どうか貴方が切ってくださいませんか」


 エイジスはゆっくりと跪き、断頭台に(くび)を捧げる罪人のようにアイザックに向かって(こうべ)を垂れた。

 アイザックは数十秒その姿をじっと見てから、エイジスの首から伸びるケーブルを優しく引き抜く。ひしゃげた脚で重心を支えて前のめりになると、エイジスの頭を抱き込んだ。フレーム同士が触れ合って金属音を奏でる。


「申し訳ありません。私は君の期待に応えられなかった。私が君たちに提示していた救いには何の価値もなかった。この手酷い失敗は、私の責任です。そのツケを君に……君たち払わせることに対しては本当に申し開きのしようがありません」


 エイジスは抱き抱えられたまま、ゆっくりと首を左右に振った。フレーム同士がこすれて、きいきいと鳴る。


「信任というのは、責任も共に背負っているということです。アザトゥスなんて信じていたのはごく一部ですよ。みんな貴方を信じていたのです。私たちの救いは貴方です。だから今も価値は続いている」


 アイザックは黙って小さく頷いた。エイジスのかろうじてひとつ潰れずに残っていた空きポートに自らのケーブルを差し込んで、小さな声で囁く。


「バックアップはここまでです。だからこれは、今の、今だけの君に」


 義体の管理(アドミン)コンソールを開く。


「ありがとうございます、共に居てくれて。ありがとうございます、信じてくれて」


 視界の端でカウントアップし続けていた数字が止まる。出発の時は近い。


「忘れません。これまでの君のことも。決して」


 小さく頷く気配がした。システムのシャットダウンを実行する。最後に小さなモーターの唸る音を微かに鳴らして、エイジスの義体は完全に沈黙した。


「ありがとうございました」


 動かない脚と動かない義体を抱えて動けなくなっていたアイザックの上から、動かない義体が取り払われる。ボロボロの義体を抱え、傷ひとつない義体(からだ)でエイジスは微笑(わら)った。


「行きましょう。貴方の居る所が私たちの居場所です」


 差し出された手を、アダムがやんわりと遮った。増設ポートからぷちぷちとケーブルを引き抜きながら、アダムはエイジスの隅々まで戦闘仕様の義体を見上げる。


「アイザックは僕が連れて行こう。撤退の指揮を頼むよ、エイジス君」


 エイジスは頷いて、一揃いの衣類を差し出した。


「よろしくお願いします。それといい加減服を着てください、アダム様」

「そうだった。ありがとう」

 

 いそいそとエイジスから受け取った服を着こみながら、アダムはアイザックを見降ろした。エイジスがその場から離れたのを確認して、こっそりと嫌味をこぼす。


「僕が復元(レストア)する時とはえらい違いだなぁ、アイザック」

「君にそのテの情緒はないでしょう。無駄な茶番をする気はありませんよ」


 アイザックはじろりとアダムを()めつけた。アダムは靴下を履きながら、肩を竦める。


「茶番なんて言っちゃうんだ?」

「君相手ならね。魂の在り方は人それぞれですから」

「うん、そうだね」


 アダムはふっと視線を和らげた。


「そうやってひとりひとりに丁寧に寄り添ってくれるキミだから、みんなキミが好きなんだろうな」


 靴を履いて、ダイヤルをきゅっと巻く。「よいしょ」と呟きながらアイザックの義体を抱え上げた。


「キミもずいぶんボロボロだなぁ。復元(レストア)していく?」

「……しません。彼ほどの勇気は、私にはないので」

「素直だね」


 バリケードが取り払われたバックアップルームから外に出る。ぬちゃ、と地面が血と肉にぬかるむ音がした。高さ2メートルほどもある円筒形のバックアップストレージを積み込んだ浮遊車(ホバー)が、その周りを守るように取り囲む浮遊車(ホバー)群と共に緩やかに発車する。数台残った浮遊車(ホバー)のひとつから、エイジスが手招いた。


 後部座席にアイザックを座らせながら、アダムはそう言えば、と首を傾げる。


「フォクス君の他に、もう一人義体の子が居たよね? あの子にはなんで声を掛けなかったの?」

「青髪の護衛のことですか? あれ遠隔操作ですよ。しかもウチのネットワーク経由で」

「あらま。でもキミが通信を覗き見るなんて珍しいね」

「個人の通信をやたら覗きはしませんが、疑惑があるなら話は別です。なんでバレないと思ってたんですかね……。お陰で彼らが”核”を引きつけている時の状況は分かって助かりましたが」

「あー、それで突然"タンクエリアのドームを開けろ"って言ったのかあ。フォクス君、無事だといいけど」

「……そうですね」


 浮遊車(ホバー)が動き出す。ぬるい風が焼け縮れた髪をなぶって、感覚の消えた頬を撫でた。


「ねえアイザック」

「何です?」

「カリプソーを無事に出れたら、船を買おう。型落ちの輸送艦だ。そういうの融通してくれる人のひとりやふたり、いるんだろ?」

「輸送艦を?」

「そう。なにも木星圏に居る必要はないんだ。僕らは炭素循環(生命の檻)から解放された存在だよ。きっとどこまでだって行ける」


 前席で、エイジスがくすりと笑う気配がした。アイザックは目を伏せる。金属の頭蓋の中に、微かな駆動音が響いた。


「そうですね。きっと、どこまでだって行けるでしょう」


復元可能な人格コピーであっても、「現在の自分を停止して新しい自分を稼働させる」というのは現在の自分の終わりを意味し、基本的には忌避される行動です。

アダムはガレリアン・ダイナミクスのスペンサー同様、その辺りの自己認識がバグっていて無限に復元することに何も感じないタチですが、これはレアケースです。


カリプソーについて本編で触れるのはここまでとなります。

もしかしたら彼らの今後についてそのうち番外編を書くかもしれませんが、アダムとアイザックの話はいったんこれで終わりです。


4章は次回で完結となります。

もう少しお付き合いいただければ幸いです。


次回の更新は11/29です。

それではまた、次回。

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