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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第一章 箱詰めのエースと隻眼の英雄
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第5話 配置転換 ②

「あれ、ユウ出掛けんのか?」

 

 慌ただしく艦内の生活区にある自室に駆け込み、急いで外出の準備を整えているユウに、二段ベッドの上段からひょっこりとユリウスが顔を出して問いかけた。


「ちょっと備品が足りなくて買い出し行ってくる。ユリウス、その怪我じゃ動けないだろ。何か必要なものがあればついでに買ってくるよ」

「そうだなぁ……」

 

 痛み止めが効いているのか少しぽやぽやした表情でユリウスは考え込む。ユウも時間に余裕はないので質問は投げっぱなしにして鞄に必要なものを放り込んだ。その鞄に後ろからぽい、と数枚の紙幣が投げ込まれる。その結構な金額にユウは眉を下げてベッドの上を振り仰いだ。


「……ご注文は?」

「それでメモカ買えるだけ。あとはなんかユリアに美味い菓子でも頼むよ。日持ちするやつ」

「ユリウス、メモリーカード既に箱いっぱい持ち込んでなかったか…?」

「いや、ユリアちゃんのデータを収めるにはあれでもまだ不安が……!」


 そう言ってぐっと拳を握りしめたユリウスに肩を竦めて見せ、ユウは鞄の口を閉じて部屋の扉に手を掛ける。


「はいはい。じゃあお使い頼まれました」

「よろしくなー」


* * *


 街は、基地の外に這いつくばるように広がっている。建築の技術は大半が失われ、残った技術も資材もほとんどは人類が生き残るために投入された結果、人々は荒れ果てた建物を、戦闘機や戦車からこぼれ落ちた戦争のカケラで継ぎ接ぎして暮らしている。

 駐屯基地の周りは当然戦闘も起こるが、鎮圧も早いため比較的安全だ。結果行き場を失った人々は基地の足元に集まり、今では街と呼べる規模にまで成長しているのだった。

 守衛に見送られてゲートを出たユウはバングルの光学迷彩機能を有効にする。戦争の傷跡が深く戸籍などが失われてしまった世界において、軍の身分証にもなるバングルは欲しがる者も多いのだ。軍人とはいえ、大勢に囲まれればフィクションのように華麗に立ち回ることなどできない。厚手のカーゴパンツに分かりにくいように仕込んだ銃の感触を一度確かめてから歩き出しながら、頭の中でルートをなぞる。和菓子屋、ジャンク屋、最後に薬屋だ。


 艦長とユリアのためのお菓子を買い込み、ジャンク屋でメモリーカードと幾つかのパーツを見繕ってからユウは薬屋にやってきた。瓦礫の街の中で、薬屋は珍しく元の建物の形を保っている堅牢な作りのものだ。呼び出しベルを鳴らすと、小さな格子付き窓のシャッターがわずかに開き、中からきょろりとした目が覗く。


「おや、ユウじゃないか。もう来ないかと思ってたよ」


 金ヅルがまだ居てくれてありがたいな、と店主はくつくつと笑う。


「急にすみません、これを融通していただきたいんですが……」


 格子の隙間から必要な薬のリストを書いたメモを滑り込ませると、店主はそれを取り上げて目を通す。そこに書かれている量を見て、彼の眉が吊りあがった。


「ったく、貧乏人に回す薬全部持ってくつもりか?」


 彼は不機嫌そうにユウを睨んだが、その声には心配が滲んでもいる。ユウは短く息を吸ってから、申し訳なさそうに答えた。


「ちょっとイレギュラーがありまして……。日常的に必要な人がいるんですが火星まで補給がないんです。無理なら半分でもいいので。次の軍からの卸量、増やしてもらえるように上には言っておきますから」


 店主は少し考え込むような仕草を見せたが、結局後ろにある棚からボトルや容器を取り出し始めた。彼が瓶を並べる様子を見て、ユウの胸の締め付けが緩む。


「これでいいか?流石にその量全部は出しちゃやれねぇが、半分よりゃ多いはずだ。ちゃんと全額払えよ」


 店主はカウンターに用意された薬を指さしながら肩を竦めた。


「勿論。ありがとうございます」とユウは代金を差し出すと、深く頭を下げる。この男の一見がめつく見えるこの行動は、本当に必要としている人に薬を届けるためにしていることを知っているため、本当に頭の上がらない思いだった。薬を受け取り、包みを鞄に仕舞いながら店を出ようとすると、店主が言葉を投げかけてきた。


「おいユウ、無茶するなよ。金払いのいいお前がいなくなると俺も干上がっちまう。……帰ってこいよ、ヒーロー」


 ユウは僅かに目を見開いたあと、柔らかな微笑みを返し、店を後にした。ヒーロー、という言葉が僅かに胸を刺す。彼はぱちんと両手で頬を叩き、帰路についた。


* * *


 荷物を抱えて格納庫に帰ってくると、扉が開いていた。閉めたはずなのに、と思っていると中からぼそぼそと人の声が聞こえてきて、思わず扉の陰に身を隠す。

 そろりと格納庫を覗き込むと、機体の横にアサクラが立っているのが見えた。彼の暗い瞳はコックピットに向けられていて、細い手がそっと機体を撫でた。


「なあ、君なのか? ソラ」


 その言葉に思わず身を乗り出した時、肩に掛けていた鞄がずり落ち、格納庫の扉にぶつかって大きな物音を立てた。はっ、としたようにアサクラがこちらを振り返る。


「その、足りない薬剤があったので買い出しに」

「そっか〜、ありがとね」


 咄嗟に出た言い訳じみた言葉に返事をしたアサクラの表情はいつもの掴み所のないものに戻っていた。そのまま去って行こうとするアサクラに「すみません、あの……」と声を掛けると「何?」と若干低い声で返される。


「あの。下のいつもの薬屋……その、買い占めてしまったので。次回の卸量増やすように掛け合ってもらえませんか」

「あ、あー。オッケー」


 少し拍子抜けたように軽くそう返すと、アサクラはひらひらと手を振って去っていった。さっきの言葉を聞いてしまった事がばれていなそうだったことに、ユウは何故か胸を撫で下ろす。


(ソラ……?)


 簡易整備ロッカーの横に急遽設えられた冷蔵庫に薬を片付けながら、頭の中でゆっくりとその名を反芻する。ヒトの名前。そう。中身は人なのだ。——それは誰なのか?

 機体に歩み寄り、梯子を登ってコックピットを覗き込む。側面のランプはゆっくりと規則正しい速度で明滅している。試しに筐体の前で手を振ってみたが、なんの反応もなかった。眠っているのだろう。分かっていたことだ。そうでなければアサクラがあんな事を口走るはずもない。

 振り返って格納庫を見渡す。がらんとした寒々しい空間。人の気配はなく、扉の向こうから漏れ聞こえてくる喧騒が一層寂しさを際立たせている。もし自分がこの場所にずっと留め置かれる事を考えると、寒気がした。


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