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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第18話 宙《ソラ》への道を拓いて ②

 髪と肌を撫でる風の感触が消える。飛び跳ねる肉の粘着質な音も、フォルテとナギの言い交わす声も消え、耳慣れたアンビエントなサウンドだけが静かに空間を満たしていた。

 すぐに自機(HUS-01)のシステムに接続して暖機を開始する。


管制室(フリプライ)、シエロでス。戻りました。今すグ出撃します」

『こちら管制室(フリプライ)。まずは状況を報告してください』

「カリプソー内部に中型が出現。現在残存人員がプラント直上の氷殻上タンクエリアに誘導中デす。即時対応が必要です」

『……いい、貸してくれ。シキシマだ。出撃を許可する。追加人員を送るから、位置データの共有を』

「送信済みです。ではHUS-01、出撃シまクリアード・フォー・テイ————」

「——エロ、シエロ!!」


 仮想の操縦桿を引きかけた時、コックピットのキャノピーが外側からガンガンと叩かれた。外部カメラが低い唸りを上げる。映像視界の中で、焦げ茶の髪が揺れた。


「すみません、1分くださイ」


 サブウィンドウを開き、RAM(作業用補助ユニット)を起動する。充電ドッグから飛び出すと自機(HUS-01)まで走らせ、マニュピレーターで相棒の尻をつついた。


「うわ!」


 素っ頓狂な声を上げた相棒(ユウ)はパイロットスーツを着込んでいる。出撃に備えてずっと待っていてくれたのだろうか。だがキャノピーを開けて彼を迎え入れ、シートベルトを締めるのを待つ時間が今は惜しかった。

 ()()()()()1()()()()()()。根拠の無い確信に急かされて、シエロはトーンを下げた声で告げる。


「ユウさん、行ってきます。梯子、外してくださイ」

「……でも」

「時間が無いんでス」

 

 RAMのマニュピレーターが梯子を引っ張った。バランスを崩したユウが、半ば落下するような形で飛び降りる。ユウの両足が床に着いたのを確認するや否や、RAMが梯子を外した。斜めになった梯子を支えた形のまま、インジケータライトがふっと消える。

 エンジンが唸りを上げた。慌てて後ずさったユウの目の前から、銀の矢と化した機体は宇宙(そら)へと解き放たれていった。


  * * * 


「見えたぞ、エレベーター!」


 エレベーターがあるのは礼拝堂のほど近くだった。蠢く肉の絨毯は、床のみならず壁や天井にまで這い上がり始めている。


「止めるぞ!!」

「おっけい!」


 ナギは急減速した浮遊車(ホバー)から飛び降りた。びち、と肉と粘液が飛び散る。叩きつけるようにしてエレベーターのボタンを押して振り返ると、猛追してくる肉塊が自分に向けて進路を取ったのが見えた。


「ハイいらっしゃいお客様、()()()()()()()()()()!」


 にっこりと笑ったナギの手を離れた手榴弾が、肉の表面で爆ぜる。だがそれでも突進の勢いは止まらず、飛び退ったナギの髪を掠めて肉塊はエレベータの扉がある壁に激突した。浅く抉られたその傷口に、間髪入れずに次弾が爆ぜる。数秒でそれを5回繰り返し、ついに蠢く肉の奥にわずかに核が顔を覗かせた。


「ご注文、はいりまーっす!」


 ぱす、と軽い音がしてハンド・グレネードランチャーの砲口から薄く煙がたなびく。劣化ヴェネクス榴弾が核組織を抉り取り、おぞましい咆哮が悲鳴じみて響いた。チーン、とタイミング良くベルの音が鳴って、エレベータの扉が開く。


「フォルテ、デリバリーをよろしくぅ!」

「クッソ、余裕ぶっこきやがって! 降りてろハイドラ、先に行け!」


 こくりと頷いたハイドラが、シエロ義体の手を引いて浮遊車(ホバー)を飛び降りた。自律モードの義体とハイドラが小型エレベータへ駆けて行くのを尻目に、フォルテが浮遊車(ホバー)で中型に体当りする。苦悶の叫びを上げながら、車体に肉の腕が絡みついた。


「どっ……畜生がぁああああ!!!」


 操作用のケーブルを挿したまま、フォルテは浮遊車(ホバー)鼻先(ボンネット)に躍り上がる。抉り取られて僅かに震える核組織に炎を浴びせると、中型はたまらず身をよじった。そのバランスの崩れを利用して、メキメキと軋む浮遊車(ホバー)ごと一気にエレベータの内部へと押し込む。転げるように雪崩込む直前、めきりと二つ折りにされそうになった浮遊車(ホバー)を強く蹴って飛び退りながら手の中のボタンを握り込む。浮遊車(ホバー)に仕込んでいた爆薬が爆ぜ、爆風に煽られてフォルテはごろごろと肉まみれの床を転がった。


「フォルテ!」


 間髪入れずに立ち上がり、ナギが投げ寄越したハンド・グレネードランチャーを片手で掴み取って大型エレベータに飛び込む。閉めるボタンと氷殻行き(G)のボタンを殴りつけた。ドアが閉まり、肉塊ごと少年の姿がナギの視界から消える。


「ナギさん、僕らも!」


 小型エレベータからハイドラが手招いた。ナギは軽く頷くとアザトゥスをかすめた髪の先をナイフでざっくりと切り落としてから、既にドアが閉まり始めているエレベータに飛び込む。エレベータが上昇を始めるとふぅ、と小さく息を一つ落としてから天井を見上げた。


「氷殻についたら、ドームの上を開けないとだ。ハイドラ、マスクつけといて。あと企業(クリオウォータ)から貰ったデータ漁っといてくんない?」

「は、はい!」

「シエロ! シエロ聞こえてる?」


 ナギが義体の肩を揺さぶるが、星を散らしたコバルトブルーの瞳に感情の光は戻らない。大して期待はしていなかったと言いたげな様子でダメかぁ、とナギが呟いた時、鈍い音と共にエレベータが揺れた。


「あっちゃー、やっぱヴェネクス榴弾1発じゃ間に合わなかったかな」


 そう言っておもむろにハンドガンを抜き出すと、ナギは天井のメンテナンスハッチに向かって引鉄(トリガ)を引いた。シエロの義体を踏み台にして飛び上がり、空気の抜ける音がして歪んだハッチを蹴り上げる。がらん、と鈍い音を立ててメンテナンスハッチの蓋が外れ、シャフトの中を転がり落ちていく。

 重力を感じさせない動きで再び飛び上がったナギが、外れたハッチの縁に手を掛けてエレベーターの上に上半身を捩じ込んだ。向かいの大型エレベータの上には同じくメンテナンスハッチから這い出してきたらしいフォルテが貼り付いている。ハッチから伸びてくる触手を銃撃でなんとか凌いでいるフォルテに、ナギが叫んだ。


「フォルテ! 飛び移れ!」


 はっとしたようにフォルテが顔を上げる。その一瞬の隙に、メンテナンスハッチから這い出てきた触手がフォルテの脚に絡みついた。


「畜生、この――っ!?」


 ナギが手にしたショットガンが吼える。再生力がまだ弱いのか、細い触手が散弾を浴びて千切れ飛んだ。解放され必死の形相で飛び移るフォルテとそれを追う肉の腕を、散弾の雨が襲う。人工皮膚が引き裂かれ、ところどころフレームを覗かせたフォルテはナギと一緒にエレベータの中に転がり込んだ。

 押し倒すような形でナギに覆い被さったフォルテは、一拍置いてから目を剥いて喚き散らした。


「俺ごと!! 撃つなよ!! 助かったけど!!」

「バーカ、義体核(コア)と電脳には当たんないよーにしたろ。そら、もう着くぜ」


 メンテナンスシャフトから侵入してきた触手を、シエロの仕込みガトリングが蜂の巣にする。チーン、と気の抜ける音がして、エレベータの扉が開いた。シエロの義体の手を引いてエレベータから飛び出したハイドラが、数十メートル先の箱を指差す。


「メンテナンスボックス、あれです! あそこから手動でドームの開閉が――」


 言い掛けたハイドラの声が止まる。エウロパの白い氷の上に、影が落ちた。見上げた白銀の機体から伸びる砲身の先は薄っすらと輝き、大型エレベータからまろび出てきた肉塊にぴたりと狙いをつけている。


「なんで、ドームがもう開いて――」


 紫電の閃光が迸る。陽電子砲が、あれほど苦労して連れてきた中型をあっさりと貫いた。抉れ露出した核を、2発目が跡形もなく吹き飛ばす。

 

「ひゅう、やっぱ戦闘機の火力はいいねぇ」


 ボロボロのフォルテが、疲れと解放感を混ぜ合わせた表情で口笛を吹いた。


「なぁ、ナギもそう思――ナギ!?」


 振り返ったその先で、白い身体がぐらりと傾ぐ。第13調査大隊の最強を誇るエースパイロットは、糸が切れたように氷の大地に崩れ落ちた。


お読みいただき、ありがとうございます。


白兵戦ではなかなか苦労が多い相手です。

木製編もあと少し。もう少しお付き合いください。


次回の更新は11/22です。

それではまた、次回。


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