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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第18話 宙《ソラ》への道を拓いて ①

「クソっ、奴ら撤退したのはこれのせいか!」

 

 浮遊車(ホバー)を急停止させたフォルテが、蠢く肉塊を睨みつけて呻く。


「あーらら。制圧する気もないのかなー? だぁれも居ないじゃん」


 わざとらしく額の上に手をかざして、ナギが辺りを見回した。中型と言っていいサイズの肉塊の他に動くものはなく、時折響く粘性の音だけが広い空間を支配している。

 腕の兵装を元に戻しながら、シエロが顔をしかめた。


「あのサイズだともはや白兵戦で対峙するのは無理なのでは?」

「それはそう」


 ナギは持っていた狙撃銃をハイドラに投げ渡すと、するりと腿のホルスターからレーザー銃を抜き出した。

 サイドを軽く覗き込んでバッテリー残量を確認してから、すっとそれを掲げて――引鉄(トリガ)を引く。

 

「ばっ――――」


 細い白光が無数に蠢く眼球の一つを弾けさせる。ぎょろりとすべての目がこちらを向いて、肉塊が大きく跳ねた。


「馬鹿野郎なにしてんだ――――っ!!!」


 ハイドラがまん丸に目を見開き、フォルテが絶叫する。猛然とこちらに向かってきたアザトゥスから逃れるために、泡を喰って浮遊車(ホバー)を急発進させたフォルテが捲し立てた。


「お前が白兵戦無理だっつったんじゃねーか! 1分前に言った事も忘れちまったのかよ!?」

「それ言ったの私ですよ、フォルテさん」

「じゃかーしい! 同意してたろーがよソイツも!」


 がしゃん、と浮遊車(ホバー)の床にレーザー銃のバッテリーカートリッジが落ちる。新しいバッテリーを銃床から差し込みながら、ナギは薄く笑って見せた。


「白兵戦で勝てないなら、()()()()()()におびき出すしかないだろ?」

「……っ、そういうことかよ! 先に言え先に!」


 拡張視界(オーグメント)に透過モードで3Dマップをオーバーレイしてフォルテは舌打ちする。"目的地"は反対方向だった。


「搬入エレベーター! 大型のほう! だな!?」

「ご明察ぅ!」

「ご明察、じゃねーんだわ! あのデカブツの横すり抜けるなんて無理だぞ!? 下手に横道入って行き止まりだと詰むしどーすんだ!」

「一瞬足を止めてやればいいんじゃないですかね。まあ私は()()()()ので皆さん頑張ってください」


 後部座席に伏せるようにして兵装を構えながら、シエロが事も無げに言う。


「足を止めるったって……。いや待て、()()って何処に?」

「本体にですけど。艦に出撃要請はしますが、私が直接出ればノータイムで来れますからね。義体は自律行動モードにしていきますのでよろしく。では」

「いやちょっと待てよ今は後ろのアレを先に――」

「もう行ったね」

「……クソが!!」


 フォルテが苛立たしげに足をホバーの床に打ち付けた。


「カリカリすんなよ、アドレナリンも出ない電脳(カラダ)のくせにさー。タンクのある氷殻上のあのせっまい生存可能区(ハビタブル・ゾーン)で暴れられてみろよ、ドームが壊れたら流石のボクでも死んじゃうぜ。そっこーで出撃()れて状況も分かってるシエロが来るのが一番だろ」

「なあケンカ売ってる!? 分かった、わーったよ! とりあえず"今"何とかするアテはあんだよな!?」

「もっちろん」


 自律行動モードに切り替わったシエロが背後の肉塊を撃ち始めたのを見て、ナギはレーザー銃をホルスターにしまう。そして両の手のひらを上に向けて重ねると、にっこり笑ってトントン、と軽く打ち合わせた。


「じゃ、みんな残弾だそっか☆ アレだけとは言わせないぞ、()()()()()()?」

「言い方が! 裏街のゴロツキなの!」

「はい出して出して」


 すごく嫌そうな顔をして、フォルテは渋々義体のカーゴパーツから手榴弾を取り出す。それを掻っ攫おうとしたナギの手をひょいと避けて、進行方向を向けたままの顔をしかめた。


「作戦共有ちゃんとやるまで渡さねーぞコラ。もうホントにこれっきゃねーんだ、こいつを渡すってことはアンタに()()()()ってことなんだからよ」


 ナギは紅い目をまん丸にしてから、ぱちくりと瞬いた。


「わぁ。この状況でキミもわりと余裕だね?」

()()にはちょっと自信があるんで、ね!」


 浮遊車(ホバー)がぐん、と左に傾いた。中型から伸ばされた肉の触手が、車体を掠めて唸る。バランスを崩して転げ落ちそうになったハイドラをナギが引っ掴んだ。


「わぁお、後でシミュレータ戦やろうぜ!」

「操縦に自信はあるけど状況に余裕はねーよ! そーゆー誘いは後にしてくれ!」


 降ろしたハイドラのスカートの裾からちゃっかり弾薬を拝借しながら、ナギはくすくす笑った。再び伸びてきた触手を、艶のある素材のタイツに覆われた脚で蹴り払う。触手が掠めたハイヒールから青の色が削げ落ち、金色の光が零れ落ちた。肉塊に向かって、白い少女が哄笑する。


「お味はどうかな、ガラスの靴ならぬヴェネクスの靴だぜ? タイツも繊維様ヴェネクスを織り込んでるから()()()()だろー?」

「ナギさん、大丈夫ですか!?」


 ナギが蹴り払った触手を、自分の触手で絡め取って引き千切りながらハイドラがあわあわと叫んだ。


「へーきへーき! これ木星圏の金持ち向けの"オシャレな護身用品"らしーんだけどさ、意外と効果あるじゃん! 防衛軍にも配備してもらおうぜ」

「目ぇ飛び出るような値段するヤツじゃんか!! その費用を企業から捥ぎ取ったのは正直スカッとするけどよ……じゃねぇ作戦! はやく! この通路だって無限に続くわけじゃねーんだぞ!」

「オッケーオッケー。キモは2点だ。まずはUターンしてエレベーターに向かう事」


 跳ね回りながら猛追してくる中型の、無数の目玉だけを正確に撃ち抜きながらナギは指を1本立てる。極細のレーザーに撃ち抜かれた目玉は、すぐに内側からぬるりと現れる別のそれに取って代わられた。だがその再生は触手の生成をわずかに阻害するらしく、わずかに追撃の手が緩む。

 銃床から落としたバッテリーカートリッジを片手で掴み、それを迫る触手に向かって投げつけたナギは2本目の指を立てた。


「もう一つはエレベーターにヤツを押し込む事だ。押し込んだらエレベーターを壊させずに上までいかなきゃいけない。ここで核を傷つけて大人しくさせたいね」

「中型だぞ、手持ち武器程度で核までぶちぬけるのかよ」

「出来なくてもやるしかないのさ。ま、そんなわけで反転(Uターン)に使えるのは手榴弾1発が限界だなー。何秒欲しい?」

「このスピードじゃ曲がり切れねー。減速コミで10秒は要るぞ」


 ふむ、とナギは頷いて、手の中の手榴弾を弄ぶ。


「減速して追いつかせよう。アイツがボクらを喰おうと大口開けたところに手榴弾を放り込む」

「そんな上手く行くか!?」

「行く行く。なんなら少し齧らせてやったらいいんだよ。ボクが囮になろうか」

「おい正気か!?」


 そう言ってひょいと浮遊車(ホバー)を飛び降りたナギに目を剥いたフォルテの後部視界に、ぷらんとハイドラの触手を脚に巻かれてぶら下げられたナギの姿が映る。


「ダメですよ、ナギさん。それをやるなら僕です」

「おや?」


 ぽい、とナギの身体が浮遊車(ホバー)の床に放られると同時にハイドラが身体を宙に投げた。若草色の布地がひらりと舞う。その動きに惹かれたように、無数の目が一斉にハイドラを見た。

 座席に巻きつけられた触手の1本を見て、ナギが声を張り上げる。


「フォルテ、減速!!」

「だー畜生!! 事前共有しろっつった意図が1ミリも伝わってなくて泣くぞ俺は!!」


 急減速した浮遊車(ホバー)に肉塊が迫る。巨大な口腔がぱくりとハイドラを呑み込むために止まった数秒を利用して、フォルテは車体を急旋回させた。


「つか喰われてんじゃん!! 喰われそうじゃん!!」


 若草色を肉の(いろ)で覆い隠して、真横をすり抜けようとした浮遊車(ホバー)を噛み砕かんと新たな口腔を開いた中型の姿にフォルテが悲鳴を上げたその瞬間。

 肉の一部が内側から爆ぜた。飛び散る肉と血のシャワーが浮遊車(ホバー)に掛かる直前にフォルテが慌てて焼き払う。粘液と肉片をまき散らしながら赤錆の髪がなびき、座面に巻き付けた触手を手繰るように爆発した肉の合間から飛び出してきたハイドラが浮遊車(ホバー)に飛び乗った。


「ふぅ、上手くいきました」


 汗でも拭うかのようにぬぐった粘液を車外に払い捨ててから、ハイドラは少し困った顔で身体を覆う半分以上溶けた若草色の布地を見下ろした。進行方向を向いたまま顔を引き攣らせているフォルテに遠慮がちに声を掛ける。


「すみません、ちょっと炙ってもらっても」

「いやなんかもうちょっと言う事ないか!? つかお前生身よな!?」


 拡張視界(オーグメント)の後方視界で状況をつぶさに視ていたフォルテの声が裏返る。


「"核なし"だけど組織汚染です。僕は侵食を受けないけどナギさんに触っちゃうと危ないので、とりあえずこれをなんとかしないと……わぷ」


 しょもしょもと喋るハイドラの顔に、たっぷりのレースが重なる白い布がぶつかった。


「それで拭いてポイしちゃいなよ。どーせ浮遊車(コイツ)は乗り捨てだし、キミの身体ならそれでじゅーぶんだ」


 すっかり短くなったスカートを揺らして、ナギが笑う。曖昧に頷いたハイドラの、血と粘液と肉の混合物にまみれたワンピースの残骸を、ナギは銃床で軽く小突いた。


「これも捨てなよー。替えはあるからさ」


 バッテリーカートリッジを使い果たしたレーザー銃を床に投げ捨てて、ナギはシエロのカーゴパーツをごそごそと漁る。手のひら大の円筒形の筒を取り出し、表面にある小さなボタンを押すと、ポンと弾けるような軽い音がして中から布があふれ出た。ナギが手早くシエロの腕に巻き付けた薄手のその衣類は旗のようにはためき、ちょっとした冗談のような光景になる。

 ナギは脱出時にしれっと回収していた銀色のマスクを装着した。拡張視界(オーグメント)に3Dマップデータを呼び出す。浮遊車(ホバー)の進路を確認してから、薄く笑んだ。


「さて、あとはこいつを(ソラ)に連れて行くだけだぜ」


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