表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
123/232

第16話 エウロパ内部海中都市潜入戦 - Phase 4:氷海の底にもろびとこぞりて ②

 ステンドグラスが七色の光を振りまく礼拝堂に足を踏み入れた一行を、中に居た人々が一斉に振り返った。熱に浮かされたような、それでいて何処か虚ろな機械の視線が突き刺さる。

 ハイドラが怖気付いた様子でナギの後ろに隠れた。ナギは視線を集める事がさも当然であると言わんばかりの変わらぬ姿勢で、正面の壇に向かって歩を進めるアイザックの後をついていく。


「ナターシャさん。少しこちらでお待ちいただけますか」


 礼拝堂の中ほどで立ち止まったアイザックは、そう言って近場の空き席を指し示した。軽く頷いてハイドラとフォルテを先に座らせようとしたナギを軽く制して、アイザックはフォルテを手招く。


「ああ、フォルテ君はこちらへ。アダムが待っています」


 フォルテは怪訝そうな顔でアイザックを見てから、許可を求めるようにナギを見た。ナギが小さく頷くと、おずおずと差し出されたアイザックの手を取る。アイザックはその顔に喜色を浮かべると、フォルテの手を引いて歩き出した。シエロが心配そうな顔をしてその背を見送る。


「一人で大丈夫でしょうか」

「ええ、フォクスならきっと大丈夫よ」


 人々の視線はフォルテとアイザックに移っていたが、周りの数名の視線はまだ自分たちに向けられていた。ナギはその一人一人に微笑んで頭を下げながら、それらの位置を頭の片隅に残していく。


 フォルテとアイザックが壇上に上がった。壇の中央に置かれた巨大な椅子の傍らにフォルテを残し、アイザックが椅子の後ろへと姿を消す。ほどなくして人型の肉塊を伴って戻ってきたアイザックに、礼拝堂がわっと沸き立った。

 マスク越しの視界をぐっとズームさせる。知性のない動きで忙しなく動く眼球の群れが、拡張視界(オーグメント)の中にくっきりと像を結んだ。人の形をしている以外はコックピット越しにいつも対峙している(アザトゥス)と何ら変わりのないその姿に、さすがのナギの口元にも引き攣った笑いが浮かぶ。

 だが見た目はともあれ、ある程度制御出来ているというフォルテの報告にも間違いはなさそうだった。侵攻初期に地上部隊として何度もアザトゥスとは対峙しているが、とにかく人間を見ると襲いかかってくるのがアザトゥスという生物だ。喰って殖えて膨らんで、辺り一帯を覆い尽くす。それが基本行動のはずであった。


(――侵食する気もあんまりなさそうだ)


 アザトゥスは有機物のみならず無機物にも侵食するが、無機物でも自然物より人工物を好む傾向があった。戦闘機の外装を喰らい尽くすような連中だ。だが金属でも齧りつき噛み砕き、覆い被さって侵食するいつもの姿は見られない。アダムの右足のふくらはぎのあたりには口のようなものが露出して歯をがちんがちんと噛み合わせているが、それも齧りつこうとしている様子ではなかった。

 無機物の侵食スピードが有機物のそれと比べて遅い事から、今までもこのような部屋にアザトゥスを閉じ込めて研究しようとしていた例はある。ナギは過去に読み漁った戦闘記録を頭の中でめくった。研究所でも軍事基地でも、最終的には収容に失敗し溢れ出たアザトゥスにより甚大な被害が出た上で殲滅戦に発展している。こうも大人しいのは少し異様な感じがした。


「皆さん、こんにちは」


 男と女の声に、錆び付いたアクチュエータの音を混ぜ込んで泡立たせたような声が礼拝堂に響き渡る。それと同時に、さざめくような人々の声がぴたりと止んだ。呼吸もしない人格コピーたちが口を噤むと、広い空間に耳に痛いほどの沈黙が満ちる。

 自分を見ていた気配もすべて壇上に向いたことに気付いて、ナギも思考を止めて壇上に意識を向けた。アダムの言葉を引き継ぐように、フォルテの肩に手を置いたアイザックが口を開く。


「今日は皆さんに、新しい同志を紹介させてください。皆様の同志であり、アダムのよき友であるフォクス君です」


 高らかに宣言したそうアイザックの顔と、自分をじっと見つめるアダムを交互に見てから、フォルテは躊躇いがちに口を開く。


「あの、すみません俺だけではないんですが」

「いいえ、君だけですよフォクス君。君を連れてきたあの未複製者(オリジナル)たちに従う必要はもうありません。……捕えてください」


 アイザックの顔が優しく微笑んだ。それと同時にナギたちの周りに座っていた人格コピー達が一斉に立ち上がり、3人に銃口を突き付ける。ナギはそれに構わず立ち上がると、凛とした声を張り上げた。


「これはどういうことですか。説明を求めます」

「白々しい演技はもう結構です。貴女たちが生体であることは既に把握しています。その白髪の娘をこちらに連れてきてください」


 銃口を突き付けたまま、数人の人格コピーがナギの身体に掴みかかる。腕の仕込み武器を開放してそれを阻止しようとしたシエロを、ナギは押しとどめた。素早く耳元に口を寄せて小さく囁く。


「いいよシエロ、待っててくれ。……退路を頼む」

「ナギさ――」

「ハイドラを頼んだぜ!」


 乱暴に引きずられていくナギが、お嬢様(ナターシャ)の仮面を脱ぎ捨てて叫んだ。アイザックが含み笑う。


「これはこれは、とんだお嬢様がいたものです。彼女は何者です?」

「聞いて驚けよ、超強い軍人サマだぜ?」

「軍人……ね」


 両脇を抱えられて壇上に連れてこられたナギをアイザックは冷たい目で見下ろすと、数歩近寄って仮面を剥ぎ取った。不敵に笑む紅い目が(あら)わになる。


「随分と丹念な偽装でしたが、スキャン方法を変えればそれも無意味ですよ」

「長々とボクらの演技に付き合ってくれたことをまず感謝するよ。いつから気付いてた?」

「"表"行きのエレベータに乗っていた時ですね。空間内の酸素濃度に僅かな低下が見られましたので」


 紅い瞳孔が一瞬拡大した。いつも飄々としているその顔に、僅かに悔しげな表情が覗く。


「随分と細かいところまで見てるじゃん。空気も自前のを吸っときゃ良かったよ」

「酸素は火を使う時にも大切ですから。常日頃からチェックを怠らないだけですよ」

()()()を炙るのかな? 良かったらそいつと一緒に手伝うぜ、それがボクら防衛軍の仕事だからね」

「黙れ」


 フォルテを指して楽しげに揶揄ったナギに、アイザックは常にまとっていた余裕をかなぐり捨ててぴしゃりと言い放った。


「もう戯言に付き合うのはうんざりだ。貴女に興味はありません。フォクス君を解放していただきますよ」

「やだね。そもそも解放しなきゃいけないよーな関係じゃないしぃ」

「フォクス君……いや、フォルテ君ですか。もうこんな(ニンゲン)の言う事は聞かなくていいのです。私たちと共に――」

「わりーな、アイザックさん。勘違いさせてて悪いが、俺も(アタマ)生体(ナマ)だぜ。あちらさんのお仲間なの」


 肩を竦めて自分の頭を指さすフォルテに、アイザックは眉をひそめる。


「はい? 君の()()は電脳ではないですか。君の義体のどこにも生体部品はありません」

「あーはいはい、俺も偽装してるからな。外からはそー見えるかもな?」

「そこの軍属の偽装は、今の私の目には完全に無効化されています。君の中身も私には()()()()()()()()

「言ってろよ。俺は複製品(コピー)じゃないぜ、なぁナギ。 ……ナギ?」


 いつもは打てば響くように返ってくるナギの明快な返事が戻ってこない事に、フォルテの表情が強張った。アイザックが蔑んだ目で膝をつかされたナギを眺め下ろす。


「何が解放しなければいけないような関係じゃない、ですか。真実すらも隠しているくせに」

「ナギ……頼む、違うって言ってくれ」

「全てを(つまび)らかにするのがそいつ自身の為にならない事もある。隠していたのは知るべきじゃなかったからだ」


 ナギがアイザックに言い返した言葉が否定ではないことに、フォルテの表情が歪んだ。その手が無意識にポケットに潜り込む。ずっと一つの心の拠り所だった小さな鍵に触れようとした指は、ただ布地だけをまさぐった。


「あ……あれ……」


 帰るための楔にユリアに渡したその鍵が今は手元に無い事を理解しているのに、思考を越えたところにある魂がそれを拒む。パニックになったように何度も何度も指でポケットの内側の布を擦るフォルテを見て、ずっと黙っていた泡立つ声がぽつりと呟いた。


「この結末が、フォクス君のためだったんですか? 真実はいずれ明らかになるのに、嘘で誤魔化しても問題を先送りしているだけじゃないですか」


 アダムの感情に反応しているのか、壇上に登場した時は穏やかだった様子の肉が、ざわざわとひどくさざめき始めている。


「へぇ。()()()()()()()()()()()()?」


 思わず心情を漏らしてしまった様子のアダムを、ナギはせせら笑った。


「ボクらはフォルテの秘密を墓まで持ってくつもりだったぜ。暴いたのはそっちだろ、お返しにボクも暴いてやろうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()をさ」


 ざわ、と沈黙を保ち続けていた礼拝堂がさざめいた。だがアイザックは勝ち誇ったように笑う。


「無理ではありませんよ。希望はいつか現実へと辿り着く。今日はその為の大きな一歩を踏み出せる日です。――みなさん」


 アイザックは壇上を見つめる人々の群れに向かって大きく両手を広げた。


「この人間を生贄に、我らは今日また一歩、肉体への回帰に歩を進めます!」


 再び礼拝堂が沸き立った。自失したままのフォルテが、ぼんやりとアイザックを見上げる。アダムがたじろいだように一歩下がった。


「待ってアイザック、生贄ってなに?」

「人を喰ったアザトゥスが人間に擬態する。ならばそこの人間を喰えばもっと君は人に近づけるはずでしょう、アダム」

「だ……駄目だ。それは駄目だよアイザック。どうしちゃったんだよ、キミは踏みつけられて取って代わられるのが嫌だったんだろう。同じ事をしてどうするんだ」


 泡立つ声が震える。アダムの身体を包む肉の襞がぶるぶると躍った。忙しなく動く無数の眼球の視線は、無秩序に動きながらもナギの身体に収束しつつある。アイザックはそんなアダムを安心させるように、穏やかな声で答えた。

 

「違いますよ、アダム。これは搾取され続けてきた我々の債権の回収に過ぎない。そこの哀れな少年を騙して働かせ続けていた彼女に対価を支払っていただくだけです」

「……詭弁だ。嫌だ、言葉を取り繕ったってそんなの人殺しじゃないか」


 肉の手がヒトガタの顔の部分を覆い尽くす。覆った手の甲にめきりと眼球が生え、両脇を拘束されたままのナギの身体をじいっと見つめた。泡立つ声が震える。


「僕はそんな事は望んじゃいない。人間にだって別に、人間、人間、ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン」

「アダム?」

 

 アダムの身体が大きく波打った。みしり、と肉のうちから低く篭った音がして、人体の形が崩れる。無秩序に動いていた無数の眼球が、ぴたりとナギを見据えて止まった。


「ニ、ンゲン」


 粘つく声が、ごぼごぼと水底に沈んで行くように止まる。がば、と不定形の肉塊と化したアダムの身体の中央に現れた巨大な口が開き、凄まじい声量の咆哮を上げた。礼拝堂に満ちた空気がびりびりと震える。

 ナギが目を見開き、両脚を蹴り上げた。身体を捻り、するりと拘束から抜け出すと凄まじい膂力で自分を抑えつけていた義体を前へと蹴り飛ばす。そのままの勢いで後ろに飛び退ったナギの白いワンピースの裾を、蹴り飛ばされてたたらを踏んだ義体ごと巨大な口が噛み千切った。


「フォルテ!!!」


 前だけ短くなったスカートの横をびりびりと縦に裂きながらナギが叫ぶ。はっと正気に返ったフォルテが、ぐしゃりと自分を絡め取ろうとしていた触手を飛び退って避けた。

 アイザックが焦ったように叫ぶ。

 

「フォクス君を攻撃してどうするんですか、アダム! 君が喰らうべきは生体の――」


 ばぐん。巨大な口がアイザックの居た場所を薙ぐ。ナギに襟首を掴んで引き倒されたアイザックは、呆然と蠢く肉塊を見上げた。


「あのね、ヤツらに話が通じるなんて本気で思ってる? お友達のアダム君はとっくに化け物の腹の底だぜ」

「馬鹿な、だってアダムはあれを完璧に制御して」

「あー無理無理。殺すか殺されるか、それがヤツら(アザトゥス)人類(ボクら)の関係性だよ」


 ぞろりと肉塊が動く。尻餅をついたアイザックの足元で、ぬちゃ、とぬめった音が鳴った。

 いつの間にか床には、脈打つ肉が融けるように広がり始めていた

普段ふざけた喋りばかりするナギですが、時折スッっと真面目になる瞬間が好きです。

 

次回の更新は11/8です。

それではまた、次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ