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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第16話 エウロパ内部海中都市潜入戦 - Phase 4:氷海の底にもろびとこぞりて ①

「――つまり、そのアダムとかいうのが復肉教の教祖ってわけですか」


 ホテルの部屋に戻ってきたフォルテから一通りの調査結果を聞いたシエロは、ナギの髪を結い直しながら首を傾げた。


 「いや、教祖ってならやっばアイザックなんだろうな。アダムはそういうのには興味がない奴だと思う」


 利害の一致ってやつかねぇー、とハイドラの髪を結っているナギが含み笑う。


「アイザックはとんだ詐欺師だね。ま、宗教なんてそんなもんか~」

「"新興"をつけろよ各所から刺されんぞ。ま、カルトのやり口であることは間違いねーよな」

「まー。何かの拠り所ってのは強固なもんだからね」


 やれやれ、と言いたげな二人の会話に、おずおずとハイドラが口を挟んだ。


「すみません、僕まだ宗教って概念はよく理解できていなくて。ここの人たちはその……みんな充実していそうで、何かに縋らなくてはならないような雰囲気はあまり感じなかったんですけど」

「ああ、そうだな。労働の義務はねーし、怪我や病気、なんなら老衰の心配もねー。ここは一種の理想郷だよ。でも奴ら、今が幸せであればあるほどに忘れられないんだと思うぜ。自分が本物じゃねー、誰かの代替品だってことがさ」

 

 代替品、という単語にハイドラの表情が僅かに歪む。


「オリジナルだということは、そんなに重要なことなんでしょうか」


 フォルテは苦笑した。


「言いたいことは分かるよ。でもな、人格コピーがお前んとこのクローンと違うのは、()()()()()()()()()()()()だってことだ」

「あ……」

「寝て起きたら『おはよう、複製体。それじゃ今日から奴隷な』、状態だからな。そいつの存在意義(アイデンティティ)はすべてオリジナルの中にある。いくら幸せでも、ここで新しい自分を獲得してさえ、消えない傷みてーにそれはずっとそいつを苛むんだよ。もし本当に生体に戻れたとしても、たぶんずっと」

「……? 生体に戻ったら人間であることを取り戻せる、という話ではなかったんですか?」

「希望だよ」


 要領を得ない様子のハイドラに、ナギが吐き捨てた。紅い目がいびつに歪み、淡く化粧を施した唇が(あで)やかに弧を描く。


「じくじくと痛み続けるその傷を治す方法があるかもしれない、という希望さ。死を恐れた人間が天国を作り出したようにね。"生体に戻る"なんてのは()()でしかない。要は救済を謳ってるのさ」


 ハイドラはじっと自分の手を見つめた。手の甲で最近2つに増えた(まつげ)のない(まぶた)が開いて、きょろりと自分を見つめ返す。視界には自分の顔と自分の手が、じんわりと滲んで重なった。


「救済なんかではありませんよ――これ(アザトゥス)は」


 沈んだ声でそう呟いたハイドラに、ナギは笑った。


「言ったろ、"手段"だって。それにね、希望って口当たりの良い毒なんだぜ」


 * * * 


()()()()()()()()?」


 繊細な細工のシャンデリアが彩るホテルのエントランスで、わざわざ一行にモーニングコールを寄越した上で迎えに来たアイザックは、変わらぬ穏やかな声でそう尋ねた。


()()、お陰様で。おはようございます、アイザックさん」


 柔らかな声で応じながら、ナギは仮面(マスク)の下の口元に冷たい笑みを閃かせた。電脳であれば睡眠の必要はないのに、この男は相変わらず人間のサイクルへの執着が強い。


「今日は何を?」

「よろしければ、今日は信仰の話を。フォクス君の新しい友人に、皆様にもぜひ会って頂きたく」

「フォクスの……?」


 怪訝そうに声を潜めて振り返ったナギの顔から目を逸らしたフォルテが、気まずそうな表情でアイザックを眺め上げた。友人を揶揄(からか)うような楽しげな笑みを浮かべたアイザックとフォルテを交互に見て、ナギはため息をつく。

 

「またこっそり抜け出したのね、フォクス」

「叱らないであげてください。子供の好奇心は大切にしてあげなくてはいけませんし、その好奇心が昨晩素晴らしい出会いを引き起こしてくれたのですから」

「……そうですね。何かその方にご迷惑をお掛けしていなかったら良いのですが」


 とんでもない、とアイザックは大袈裟におどけてみせてから、少しかがんでフォルテの前にしゃがみ込み、優しく目線を合わせた。


「ここカリプソーにおいては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私たちは自由なのですよ、フォクス君」


 * * * 


 ホテルのエレベーターの一番下のボタンが、最下層行きのボタンだった。


[F : ウソだろここから行けたのかよ。昨日散々降りられる場所探したのに]

[C : 灯台下暗しってやつですねぇ]

[F : まさかこんなトコが繋がってるとは思わねーじゃんよ]


 拡張視界(オーグメント)の端で、フォルテとシエロが囁やき交わす文字列が躍る。昨日とは違ってすぐに目的階に到着したエレベータから降りた一行を、鈍い銀色の空間が迎えた。

 だだっ広い通路のような空間を滑るように、屋根のない小さな浮遊車(ホバー)が近づいてきた。アイザックに促されて、全員で乗り込む。


「"中央"までお願いします」


 音声入力なのか、アイザックの声に応じてホバーはなめらかに動き出した。何かにつけ雄弁にカリプソーを語っていたアイザックは、行き先を告げた後は何も言わずに真っ直ぐ前を見て座っている。

 ホバーは徐々にスピードに乗り、ハーフアップにまとめたナギの白い髪が空気に嬲られて激しくはためいた。暴れる髪を片手で抑えながら、ナギは広い通路を眺める。ところどころにエレベータの降り口らしき扉が点在していた。この最下層には案外何処からでも出入りできるのかもしれない。


 拡張視界(オーグメント)の端で、共有ファイル更新の通知が跳ねた。


[F : 最下層のだいたいの位置関係が分かったからマップ更新しといたぜ。こいつの行き先が例の"礼拝堂"なんだとしたら、もうぼちぼち着くはずだ]


 フォルテのテキストメッセージ越しに、通路の終端が見えてくる。通路より少し広くなった空間には、いくつものホバーが並んで停まっていた。静かにその列に連なって停まった車体から降り、アイザックに促されて壁に向かって歩を進める。その壁が、音を立てて開き始めた。


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