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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第14話 エウロパ内部海中都市潜入戦 - Phase 2:カリプソー ①

 吹き抜けの高い天井が包み込む空間を、巨大な装置が縦に貫いている。規則的に鳴り続けるごうん、ごうんという鈍い音は、まるでこの都市が拍動を刻んでいるようだった。


「……すごい」


 顔を真上に向けて思わずそう呟いたハイドラに、アイザックは少しかがんで目線を合わせた。


「採水プラントを見るのは初めてですか?」


 こくこくと小さくハイドラが頷く。


「エウロパの採水プラントは、ごく初期型のものを除いてすべてこの構造になっています。内部海から吸い上げた海水をこれで水や酸素、水素に精製しているのです」

「都市電源は水素反応炉ですか?」

「そうです。ここには約2万人の義体使用者が暮らしていますが、彼らの稼働電力もこの都市の機能維持も、全てここで精製する水素で賄うことが出来ているのですよ」

「電源は義体の生命線ですものね。そこが握られていないだけですごく安心出来る気がします」


 柔らかな笑みを浮かべながら、ナギは頭の中で昨日叩き込んだカリプソーの3Dマップデータをなぞる。

 カリプソーは二層に分かれているはずだった。上層には採水、精製施設と都市電源の水素反応炉など都市運用に必要な大型装置が鎮座する。対する下層は主に生活区だ。上層には空間的余裕がない。もしアザトゥスを保持しているのだとしたら下層になるだろう。出来れば下層を重点的に探りたいところだった。


(でもその前に……)


 ナギは空間を貫いてそびえる採水施設を見上げた。小さく首を傾げる。


「とても大きな機械ですが……ここで精製されたものはすべてカリプソー内で消費されるのですか?」

「いいえ。ここで精製したものは、汲み上げられて地表にあるタンクに送られます。タンクの内容物は定期的に企業の輸送船が回収していきます。このサイクルを止めない限り、企業側は我々に手出しをしない取り決めになっています」

「地表へ!? 私の義体の深度計が狂っていなければここは地下18kmのはずですが……」

「はは、エウロパの採水プラントはどこも同じですよ。輸送艦の入れる港から内部海経由で運び出すよりは、このほうが効率がいいんです。作業用のエレベーターもあるんですよ。小規模な物資搬入はこちらから行われたりもしますね」


(――来た。脱出するなら多分こっちなんだよな)


 仮面(マスク)の下で、紅い目が鋭く細まる。拡張視界(オーグメント)の端に小さくテキストメッセージが表示された。


[F: どうする、見ておくか?]

[N: 《同意》 ]


 視線入力で肯定のラベルを送信するや否や、勢いよくフォルテがアイザックの手を掴んだ。


「18km上昇するエレベーター!? 見たい……じゃなくて見てみたいです! ね、ナターシャさんもそう思うでしょう!?」

「駄目ですフォクス、ご迷惑でしょう。すみません、アイザックさん」


 ナギはおろおろしたようにアイザックからフォルテを引き剥がしに掛かった。それを軽く制して、アイザックは悪戯を提案する少年のような笑みを浮かべてみせる。


「速いですよ? 少し怖いかもしれません。頑張れますか?」

「こう見えても俺、軍用義体ですから! ね、ね、いいでしょう?」

「もう、フォクスったら……。すみません、我儘を言って」

「構いません、時間も電気もたっぷりありますからね。我々には当たり前の設備ですが、こう興奮されると私もここが出来た頃の気持ちを思い出します。私まで少し楽しくなってきてしまいました」

「ありがとうございます。……ハリエットはどう? 怖かったら待っていても良いのよ」


 ハイドラはナギにすり寄って、掴んでいるワンピースの裾を一層強く握った。小さな声で答える。


「私は、ねえさまと一緒がいいです」


 黙って佇んでいたシエロがその肩に手を置いて、小さく頷いたのを見て、アイザックは微笑んだ。


「ではご案内しましょう。こちらです」


 踵を返して歩きだすアイザックに付いて行く。拡張視界(オーグメント)の端では、しきりに共有ファイル更新の通知が跳ねていた。事前に企業(クリオウォータ)から提供された3Dマップデータを、シエロかフォルテが更新しているのだろう。


 エウロパの内部海には各プラントと地表を繋ぐネットワークが張り巡らされている。カリプソーがこのネットワークを遮断していないかは、本体(のう)からの遠隔操作を行っているシエロを稼働させる上で賭けだった。結果としてはカリプソーもまたエウロパのネットワークに接続されていたため、一行はシエロを介して旗艦フェニックスの艦内サーバの情報にもアクセスできる状態にある。現在、フェニックスはエウロパ近傍宙域にひっそりと停泊していた。


 少し歩いて、大小の扉の前に辿り着く。エレベーターは一基だったはずだ、と思った瞬間に拡張視界オーグメントの端で再び更新通知が小さく跳ねた。

 アイザックが呼び出しボタンを押してから、丁寧に二基のエレベータの違いについて説明を始める。


「大きい方は大型の搬入エレベータ、小さい方がメンテナンス人員用の一般エレベータです。タンクや地表設備の点検に行くためのものですね。今日はこちらを使いましょう」


 下から迫り上がってくるような音に、ハイドラが首を傾げた。


「この下にも何かあるのですか?」

「ええ。カリプソーは多層構造ですからね」


 アイザックがそう言うと同時にエレベータの扉が開き、促されて全員で乗り込む。扉が閉まった後にアイザックがエレベータパネルを操作したが、地上階(G)のボタンを光らせたエレベータは動く気配がなかった。フォルテが怪訝そうな顔になる。


「壊れたんです? 動かないみたいですけど」

「ああ、内部気圧の調整中なんです。すぐに動きますよ」


 パネル上部のオレンジ色のランプを示しながら、アイザックは微笑んだ。オレンジのランプが消え、緑が灯る。すう、と内臓が下に引き絞られる感覚と共に,エレベータが上昇を始めた。パネルのランプをじっと見つめて、ナギが疑問を口にする。


「何故気圧の調整を? プラント内部には酸素も十分に充填されていたように思います。カリプソーには人格コピー……義体使用者しかいないのであればどちらも不要なのではないですか?」

「もともと生体の方も滞在する前提で設計されている施設ですからね。リソースは潤沢にありますから、義体使用者しかいないからと言ってわざわざそこの設定を変えるのも面倒なんです。それに――」


 そこでアイザックは一度言葉を切り、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。


生存可能圏(ハビタブル・ゾーン)が保たれているほうが、()()()()()()()()()? 生体では生きていけない環境下で暮らしていると、人間としての感覚が擦り切れていくんです。いずれ肉体を取り戻す私たちは、生体で暮らせる環境に居るべきだと思いますよ」


[F: 宇宙線すらものともしねーアザトゥスの肉で生体化して、生存環境なんて必要なのかね]


 拡張視界オーグメント上でフォルテの揶揄が跳ねる。アイザックの額にオーバーレイされたその皮肉を黙殺して、ナギは感極まった表情を貼り付けた顔をこくりと頷かせた。

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