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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第12話 スパイ大作戦 ①

 ひらりと白のレースが舞った。幾重にも重なった艷やかな生地は、重さを感じさせないふんわりとした質感で少女の体を包み込む。白い生地にきゅっと結ばれた碧いリボンが目に鮮やかだった。

 不安そうに揺れる瞳にはしかし、強い意志が宿っている。背筋をぴんと伸ばした美しい立ち姿で、カナリアのような可憐な声が言葉を紡いだ。


「ナターシャと申します。皆様とは違い未熟な身ではございますが、どうか私を末席に加えてはいただけないでしょうか」


 場は少女の持つ凛とした空気に支配され、その場に居合わせた誰もが気圧されたように口を噤んだ。


「……すげぇ。本物のお嬢様だ」


 ややあってぽつりとフォルテが呟く。無遠慮に白いフレアワンピースの少女を指さして、その場に居合わせた全員の顔を見回した。


「ナニあれ。()()()()()()()()()()?」

「いや知らん……(コワ)……」

「何がどうなったらこうなるわけ……?」

「うん……少なくともいつもこうでは、ないかな……」


 少女がつかつかと歩み寄ってきて、質の良い服を着せられたフォルテの額を形の良い爪でぴんと弾いた。


「こら。貴方は私の世話係なのですから、もう少し態度を改めなさいな」

「へーへー、オジョウサマ。んでも俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだろ。多少()()()()()方がいーんじゃねーの」


 ふっ、と少女を取り巻いていた凛とした空気が解ける。紅い目が楽しげに歪んだ。


「なってなくても恩義とか敬意があるんだよー。プロファイリングが甘いぞー少年」

「初回から速攻で役に入りきれるかよ。こちとらアンタのギャップにびっくりすんのに忙しーの」

「ふふん。いいだろーコレ」

「うん。良すぎて怖いわ」


 くるりとナギが回転し、フレアワンピースの裾が軽やかに広がるのを見てフォルテは半眼で頷いた。


「お嬢様、髪が」


 丁寧に梳いてハーフアップにまとめた白く艶やかな髪の、僅かに乱れて肩に掛かった一房を掬い上げて、黒いスーツに身を包んだ少女が言った。肩につくかつかないかといった長さの空色の髪が揺れる。


「あら、シルヴィア。ありがとう」


 即座にお嬢様モードに切り戻ったナギが、そうされるのがさも当然であるかのように微笑んだ。シルヴィアと呼ばれた相棒(シエロ)を、ユウがじろりと見る。


「シエロはシエロで、何でそんなノリノリなの? ナギのアレにも全然驚かないしさ」


 シエロは得意げな表情を作ってみせた。


()()()()()()()()()()()()()()。普段から食事の所作も綺麗ですしね。えぇ、役柄はとても気に入っています。お嬢様を守るボディガード! 頂いた兵装も生かせるってもんですよ。ね、ユリウスさん?」

「え? あぁ、そうね……」


 楽しげに同意を求められたユリウスが、フォルテの髪を整えてやりながら曖昧に頷く。


「で、あっちが……」

「おい、動くなよ。俺もこういうの慣れてないんだから」


 頭ごと視線を向けかけたフォルテの頭を、ユリウスが掴んで引き戻す。フォルテが視線を向けかけた先には、この場で一番居心地が悪そうな人物が立っていた。


「ねぇ、僕本当にコレでいいんですか。何もかもが間違っている気がするんですけど」

「そんなことないよハイドラ君、()()()()()()()()!! もうちょっとでわたしが完璧に仕上げてあげるからね……!」


 いつもザクザクに切りっぱなしの赤錆の髪は綺麗に切り揃えられ、丁寧に丁寧に梳かれて艶の出たそれを、クピドが鼻息荒く編み込んでいる。困惑と羞恥と拒否の感情を1:1:1で混ぜ込んだ黄金(きん)の目が、自分の身体を包み込む若草色のワンピースを落ち着かなそうに見下ろした。


「なんで僕、()()なんですか? 普通に弟でいいのでは……」

「そりゃあハイドラ、女のコの服のほうが隠すとこがいっぱいあるからさ」


 ナギがにやりと笑ってフレアワンピースの裾を持ち上げる。白い腿に巻かれた黒のタクティカルベルトにはコンパクトな武器がずらりと並んで、凶悪なコントラストを描いていた。ハイドラが目の前に突き付けられた白い腿からサッと目を逸らす。その耳がほんのり赤く染まっているのを見て、フォルテが呆れたように割って入った。


「ちょっとー、お嬢サマー。はしたねーですよー」

「へーきへーき、これを見せるときはお嬢様は営業終了だもん」

「そーかそーか。じゃあ純情な少年がカワイソーだからやめて差し上げろ」

「何言ってるんだよ。ハイドラだってボクと同じ装備するんだぞ。あー、着けてから着せればよかったな。まーいっか、よいしょっと」

「わぁあああ!?」


 ぺろん、と無造作にナギに若草色のワンピースの裾をめくられたハイドラが、素っ頓狂な叫び声を上げて布地を押さえる。少年の上体が大きく揺れ、赤錆の髪を編み込んでいたクピドがくわっと叫んだ。


「ちょっとハイドラ君動かないで!」

「で、でも……」


 めくるのを邪魔したせいでワンピースに頭を突っ込んできたナギがごそごそと動くので、ハイドラは泣きそうな顔で抗議した。その様子を指差して、再度フォルテが訊く。


「ナニあれ。いつもあんな感じなの?」

「いつも通りだな」

「いつも通りね」

「いつも通り……かなぁ……」

「あ、あのナギさん! 自分でやるので」

「それじゃ時間もったいないだろ。だいじょーぶ、髪やってる間に終わるよ」


 ハイドラの傍らに転がされていたベルトや武器が、次々とスカートの中に消えていく。スルスルと布地の動く音と、ぱちんぱちんとバックルを留める音がしばらく混じり合った後、ぱっと布地が翻ってナギがスカートを抜け出した。


「おっけい」

「出来た!」


 それと同時にクピドも髪を編み終わる。赤錆の髪は繊細な編み込みに彩られ、線の細いハイドラは見事な女の子に変身させられていた。


「うんうん。すごく可愛いよ、ハイドラくん」


 満足げに仕上がりを眺めて頷くクピドに、ハイドラは複雑そうな顔をした。ぱたぱたと服を整えたナギがその隣に立つ。


「さてと。これでボクとハイドラは()()()()()に見えるはずだよ。チェックよろしくぅ」

「おう」


 頷いたユリウスがメックスーツのヘルメットを被る。ユウも義眼の補助装置のモードを切り替えた。


「おー、ちゃんと非武装の義体に見えてるぞ」

「こっちにも旧式のスキャンモード入れてもらってるけど、大丈夫そうだよ」

「へー、ナノスキンってこんな事も出来んのか」


 興味深そうな顔で覗き込んできたフォルテが発した耳慣れない単語に、ユウは首を傾げる。


「ナノスキン?」

「塗布型のナノマシンだな。仕組みは俺もよく知らねーけど外装カスタムなんかによく使うんだよ。こっちの目(センサ)まで騙せるのは知らなかった。あ、俺の頭も見といてくれな。全身義体だけど(アタマ)だけは俺も生体(ナマ)だからさ」

「……うん、大丈夫だと思うよ。ちゃんと生体判定ゼロだ」

「さんきゅ。してナギさんよ、アンタら服と肌まではいいとして、目が生体判定出てんぞ。さすがに眼球にはナノスキン貼れないだろ、どーすんだ」


 ナギとハイドラの全身を無遠慮にじろじろと眺めまわしていたフォルテが尋ねると、ナギは鷹揚に頷いた。


「顔にはこのマスクをつけるよ。ボクらの行き先は義体しかいない内部海中都市だ。酸素供給を始めとした生体維持環境が整っている保証はないからね。呼吸だけでもできるようにしておかないと」


 そう言いながらナギはハイドラに、白と銀を基調とした目元から口元を覆うデザインのマスクを手渡す。表面に優美な模様が刻まれた機械的なフォルムのそれは、不思議と二人の顔と服装にすんなりと馴染んだ。ご丁寧に、襟元に伸びていくチューブが鎖骨下のコネクタに装着されている風の偽装付きである。


「なんかすげービジュアルになったな。やっぱ()()()ってのは無理があるんじゃねーの?」

「そんなことないさ。ボクらは木星圏上層階級の、死んだ娘のコピーとして残された愛玩機。死んだ娘の代わりに、死んだ娘の意識を引き継いで作られたのに外見は親好みに改造されて、外にも出してもらえない可哀想なお嬢様だ。ボクらは自己同一性(アイデンティティ)を保てなくなって、存在証明のために逃げ出した。だから自分の顔なんて見たくもない。安物の外付けデバイスで顔を隠して、替えの効かない身体を求めて復肉教の扉を叩くのさ」


 フォルテはスプラッタ映画を見せられた子供のような表情でナギを見返した。嫌悪と興味と驚嘆をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた声が尋ねる。


「アンタ本当に地球圏の人? 上層階級の愛玩機なんて俺でも1回しか見た事ねーんだぞ。よくもまぁ、この短期間でそんなシナリオが書けるもんだ」

「今の時代、人間同士の戦争は情報戦だぞー。ネットワークに繋がるところに悪趣味な記録を残してる脇の甘いヤツが悪いのさ。それに()()()()()は別に木星圏に限った話じゃない。どこにでもいるよ、こういう輩はね」

「顔を隠すためのシナリオはいいとして、どうして一般的な人格コピーじゃなくてわざわざお嬢様なんて属性を?」


 兵装の出し入れを確認していたシエロが尋ねる。そのスーツの右腕部分が破れているのを見たユウが小さくため息をついて、予備の入っているバッグを漁った。


「仕事のための人格コピーは木星圏の常識と役割に慣れた存在だろ。そのあたりの知識を今から入れるのは無理だからねぇ。愛玩機(おじょうさま)なら専門知識は要らないし、木星圏の常識から多少ズレていたとしても無知で済むのさ」

「なるほど」


 ユウに上着を脱がせてもらいながら、シエロは納得したように頷いた。その向こうで念入りにハイドラとナギの全身をチェックしていたユリウスが、ヘルメットを脱いでパタパタと頭を振った。


「よし、偽装に破綻はなさそうだぜ。問題ないってアサクラさんに連絡を――」

「待ってください」


 脱いだヘルメットを床に置いてバングルに掛けられたユリウスの手を、クピドの小さな手が止める。


「あの人、昨日徹夜でコレ調整してたでしょう? 今寝てると思うので問題ないなら連絡入れなくていいですよ。あの人、チェック待ちの時は寝落ちしてても気付くように自分にビリって微電流流して起きるので」

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