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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第10話 復肉教 ①

「何の警報よ!? 種って何のこと!?」


 戦闘機の向こうへと消えていく背中に、ユリアは慌てて声を掛ける。それに返事はなく、格納庫の奥からは走り回る足音と何やら怒鳴り合っている声だけが聞こえてきた。

 追い掛けようとしたつま先が数度躊躇って、それからだん、と苛立たしげに床を叩いた。


「なんなのよ、もう!」


 理由(ワケ)もわからず管制室にコールする。


「こちら管制室(フリプライ)。……ユリア? どしたー」


 コールを受けた管制スタッフはのんびりとした声で応じた。寄港中も一応管制室に人は詰めているが、これといった仕事もないので緊張感は欠片もない。


「警報出して! 場所は左翼7番格納庫!」

「警報ゥ? 何の警報だ」


 相変わらずのんびりとした調子の中にわずかな困惑を混ぜ込んだ応答に、ユリアは歯噛みした。何の警報かなんてものはこっちが知りたいくらいだった。だがフォルテのみならずクロエが血相を変えて走っていったのが引っ掛かる。木星圏特有の現象が何かあるのかもしれない。


「……なんかいたのよ! いや、その私は見てないんだけどフォルテ……いいえクロエ少尉が警報を出せって」

「なんかって……基地停泊中に連中(アザトゥス)の侵入があるわけでもないだろうし、何をそんなに慌てて……待て、7番格納庫?」

「そう。左翼7番」

「今火災検知アラートが飛んできた! 何が起きてる?」

「火災?」


 ユリアは顔をしかめた。その鼻をわずかに焦げ臭い匂いが掠める。


「あんのバカ……一体何やってるわけ!?」

 

 こっちに来るな、とフォルテは言っていたが律儀に待っている場合ではなかった。格納庫に飛び込む。それと同時にけたたましいアラート音が艦内を満たした。

 明滅する警報ランプが規則的に赤く彩る格納庫を駆け抜ける。銀色の戦闘機(アヴィオン)の機体にオレンジの色が映えた。黒ずんだ煙が吹きあがる。何かが焦げる匂いと、甘く倦んだ生臭い匂いが混ざり合って、暴力的に嗅覚を殴りつけた。


「アンタ、何して……うっ、ゲホッ、ゴホ」

「馬鹿ユリアお前何で来た!」


 怒鳴りつけようとして、酷い匂いの煙を吸い込んで(むせ)る。振り返ったフォルテが目を吊り上げて叫んだ。その腕は一部が変形して、オレンジ色の炎を吹きだしている。格納庫奥に積み上げられた資材の一部には火がつき、細かな火の粉が舞い上がっていた。


「おお、生身でこっち来ちゃいかんぞ」


 そう言ってフォルテの向こうから顔を覗かせたクロエは簡易マスクを咥え、ゴーグルを掛けている。返事をしようにもまともに息が吸えなかった。ジャケットの袖口で何とか口元を覆って細く息を吸い込む。

 刺激の強い煙に眼球を舐められ、涙で滲んだ視界の向こうに白光が迸った。クロエが流線型の見たことのない形の銃器を構え、炎の隙間からまろび出てくる小さな肉団子を撃ち落としている。アヴィオンのレーザー砲を極限まで縮小したような光が肉団子を貫くたび、それはばしゃりと弾けて床に肉色の液体をまき散らした。その液体をフォルテの炎が丹念に舐めていく。熱気が顔に吹き付けた。ぱりぱりに乾いた唇を舐めると同時に、くら、と頭が傾ぐ。

 視界が、涙で滲んでいるのか、煙で霞んでいるのか、よく、わからなくなって。


「ユリア!」


 崩れ落ちそうになった身体を、力強い腕が抱き留めた。ガラン、と重いパーツが床に転がる。火炎放射で(あか)く熱を孕んだ片腕をクロエに向けて蹴り飛ばしながら、フォルテが叫んだ。


「おっさん、1分頼む!」

「おうよ、頼まれた! うわ(あっち)ゃあ!」

「おい立てユリア! ……クソッ!」


 虚ろな目をしたユリアは答えない。右腕は切り離(パージ)してしまったので、左腕のみで一回り大きいユリアの身体を引きずる。オートバランサーの警告が視界を遮った。ウィンドウを振り払う事も出来ず、転げるようにして燃え盛る資材から距離を取る。格納庫の入口付近まで移動したところで、ユリアが目を白黒させながら大きく息を吸い込んだ。


「っは……なに……はっ……ぜぇっ……」

「馬鹿、軽い一酸化炭素中毒だ。だから来るなっつたろーが。ゆっくり息吸え」


 ユリアが自分の腕で身体を支えたのを見て、腕を抜いてフォルテは立ち上がる。少年が踵を返そうとしたのと同時に、格納庫にユリウスが飛び込んできた。


「ユリア! 無事か!?」

「だい、じょう……ぶ、げほっ」

「一体何が……うわ、なんだこの煙!」


 ユリウスを追って飛び込んできたユウが顔をしかめる。フォルテが怒鳴った。


「"種"が発芽してたんだよ! ママで入る気なら換気してくれ!」

「それはまずい。手伝います」

「シエロ!? 種って何!?」


 踵を返して格納庫の奥へ駆けていくフォルテの後を、シエロが追う。ユウは状況を理解できずに困惑しながらも、格納庫の手動コンソールにアクセスして操作を換気システムを除染用のハイパワーモードに切り替えた。ほどなくして、消火剤を抱えた整備班の面々がどやどやと駆け込んでくる。

 

「おいユウ何が起きてる!」

「俺も来たばっかりで何が何だか……!」

「アザトゥスが中に……う、げほっ」

「は!? 何処から来たんだ!? おい火炎放射器持って来い!」

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