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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第8話 密航者 ②

「で、結局なんなんだこのチビッ子は」


 凄まじい目つきの悪さで周りを自分を取り囲んだクルー達を睨みつけている少年を見降ろして、彼を追い掛け回していたクルーの一人は溜息をついた。整備班御用達の強化ワイヤでぎっちりと拘束されて身動きが取れない状態にも関わらず、その目から発せられる闘志は全く衰えを見せない。

 結果的に少年を捕らえた功労者となったハイドラは、答えを持たない問いに眉を下げた。捕物の現場に偶然通りかかってから付き添ってくれていたユリアが、「この子捕まえただけなのに分かるわけないでしょ」とかばってくれる。

 整備班のツナギを着たその男は、もう一度溜息をつくと少年の前にしゃがみ込んだ。


「坊主、こいつぁ戦艦で遊び場じゃねぇんだ。ホラ、今ならお咎めなしで返してやるから、お家に帰ってママにケツでも引っ(ぱた)いてもらいな」

「うるせー黙れオッサン、親なんざいねぇよ! あと俺はガキじゃねー、18歳だ!」


 唾を吐き掛けるような動きをされて、男は咄嗟に身を引いたが何も飛んでは来なかった。顔をしかめている男に、少年は悪態をぶちまける。


「畜生このクソったれの義体め! 唾も吐けやしねー……ぶべっ!?」


 突如座った状態だった少年が、顔から床に突っ込んだ。涼しい顔で振り抜かれたユリアの脚を間近で見ていた男は、引き攣った笑顔でユリアを見上げた。


「あー……ユリアさん? な、なんで蹴ったんスか?」

「ケツ叩いてくれる親がもういないって言うから、その代わりよ。ねぇアンタ」


 ユリアは腕組みしながら芋虫のように床に転がった少年を見下ろした。義体だと明かした少年は、特に痛がる素振りも見せずに自分を蹴り飛ばした女を睨み上げる。


「なんだよ暴力クソ女」

「アンタが今してるのは密航で、今すぐ叩き出されても文句は言えないの。でも聞いてあげるわ。なんでウチの艦に潜り込んだの?」

「……木星圏はクソったれだからだ」


 応えた少年の視線の温度が下がった。ユリアのつま先がとんとん、と床を打つ。


「答えになってないわ。叩き出すわよ」

「痛めつけたって効きゃしねぇよ暴力女。アザトゥス侵攻は人類の危機だ。それなのにここの企業どもはどいつもこいつも金勘定の損得ばかりで人類の存続なんか考えてもいねー。それがうんざりでここに来た」

「戦いたいってこと?」

「それ以外に戦艦に乗る理由があんのかよ」


 そう吐き捨てた少年を、おろおろと見守っていた整備班の男が助け起こしてやりながら気遣わしげに声を掛ける。


「なあ坊主、戦艦ってのは乗りたいからで乗れるモンでもないんだよ。木星基地だって志願は受け付けてるだろ、だからそっちで防衛軍に正式に入ってだな――」

「うるせぇよオッサン、ガキ扱いすんなっつってんだろ。あのハゲデブ(ヘンケルス)が企業にヘコヘコしてるから木星圏はこのザマなんだよ。木星基地って名前がついたお飾りのゴミ捨て場に行くなら、前線に行く船の片隅で干からびたほうがマシだ」

「うう、俺そんなに老けてる? ……待って俺は大丈夫だからやめてユリアさん、暴力は躾じゃなくて虐待ッスよ。"ケツを叩く"は比喩表現だかんね?」


 数度に渡ってオッサン呼ばわりされた男が眉を下げたのを見て無言で脚を持ち上げたユリアを、当の本人が慌てて制した。度重なる罵倒にしょげながらも助け起こした少年の顔を真っ直ぐ見て、なおも優しく諭そうとする。


「まあなんだ、とにかく何事にも順序ってものがある。このままウチに置いてやるわけにはいかねぇんだ」

「いいじゃない、置いてやれば」

「とりあえず降り――って、は? ユリアさん?」

「あん?」


 薄い笑みを含んだユリアの声に、男と少年は訝し気に振り向いた。


戦闘班(ウチ)は人手不足なのよ。死に急ぎたいならちょうどいいわ。私が艦長に話をつけてあげる」


 少年は気味が悪そうな表情になって、ユリアの脚と顔を交互に見る。


「なんだよ人の事蹴り飛ばしたくせに。急に気持ち(わり)ーな」

「そう。降りたいなら降りていいわ」

「……いや。それとこれとは話が別だ。人手不足ってのも冗談じゃなさそうだしな」

 

 ユリアの少し後ろに並んで立つ、自分よりもさらに小柄な二人を見て、少年は皮肉げな笑みを見せた。


「まァ、アンタらもただのお子様じゃねーんだろうけどさ。この義体(からだ)でまさかガキに捕まるとは思わなかったぜ」

「案外小さいほうが小回りが利くから、追いかけっこには有利じゃないですかね。とはいえ、僕もあなたと同じで()()()()()()()ですよ」


 スペック、という単語にクピドは少しいやそうな顔をした。少年はそれを見ないふりをして肩を竦める。


「お互い苦労するよな。()()()()()()()()()()()()()()()()さ。おい、えーっとユリアサン? もう逃げねーからこれ解いてくれよ。こんなに締め上げられたんじゃアクチュエータがいかれちまう」

「あらそう。安心しなさい、優秀な技術者(なおしてくれるひと)ならたくさんいるから。もう少しそのままで反省してて」

「反省ィ? 意気軒昂、戦う気満々の優秀な人材を拾えたんだぜ、感謝して欲しいくらいだね」

「そういうところよ。口の利き方も知らなければ名乗りもしない。これだからお子様は」

「……フォルテだ。何度も言うがガキって言うんじゃねー。これでも18歳だ」

「そう。私は19歳だからやっぱりガキね」

「誤差じゃねーか!!」


 フォルテは目を剥いた。ユリアは膝を折り、フォルテと名乗った少年の眼前にしゃがみ込む。動けないフォルテの顎を細い指で持ち上げて、薄い唇が鮮やかに弧を描いた。


「アンタが役に立つかは分からないけど、そのやる気は気に入ったわ。ようこそ第13調査大隊へ。もう引き返せないわよ。いいのね」


 吸い込まれるような碧眼にフォルテは一瞬たじろいで、それから唇ににぃっと笑みを浮かべてその目を見返す。


「望むところだ。……アンタよく見りゃ美人だな。暴力はやめとけよ、せっかくの女の格を下げるぜ」

「……よく見たら、は余計よ」


 フォルテの顎から指を離したユリアはちょっとだけ頰を膨らませてから、その指で少年の額を弾いた。


1か月で1年分成長するハイドラは、順調に成長中です。

そろそろ色々と悩ましいお年頃。

コーヒー豆は地球産の高級品ですが、「金の使い道のない」大人たちがたくさん仕入れてくれているのでラウンジで誰でも飲めるくらいには潤沢にあったりします。


次回の更新は9/13です。

それではまた、次回。

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