第6話 REBOOT、あるいはREBIRTH ②
「……義体の感度設定を諸々下げたよ。どーぉ、落ち着いた?」
「はい、すみません。お見苦しいところを」
作業台の上に腰掛けたシエロは、感覚を確かめるかのように両の掌を軽く握ったり閉じたりした。そのたおやかな指の動きを眺めながら、ユウは先ほどシエロに捕まれた手首をさする。
「腕が抜けるかと思った……」
「やぁ、まだ力加減がよくわかってなくて。すみません、ユウさん」
謝罪を口にしているはずのその声はうきうきと明るい。ユウは複雑そうな表情でその姿を眺めた。
「しばらく身体が無――じゃなかった、義体を初めて繋ぐなら感度は高めがいいって義体屋が言うからさ。馴染み具合はどう?」
ユウの隣で共に起動を見守っていたユリウスが、鏡を手渡しながら尋ねる。シエロは鏡を受け取って覗き込むと、眉を寄せて首を傾げた。さらさらとした空色の髪が揺れる。
「うーん。なんだか若干しっくりこないんですよね。なんだろう、これじゃない感というか……。ちょっと落ち着かないな、なんだか細いし」
シエロは鏡を傍らに置くと、ぺたぺたと両手で身体をあちこちまさぐる。細い指が薄い病衣のみに包まれた身体を撫で回す様は妙に官能的で、ユウは思わず目を逸らした。ユリウスに出した注文について、ちょっぴりの後悔が心臓をきゅっと締める。
「んー? シエロ、性自認逆だった? 最近はボイス、女性ばっかり使ってるじゃない」
ごそごそと器具を片付けていたアサクラが、ひょこりと顔を向けた。シエロはぺたぺたと身体を触っていた手を止めて、星が散るコバルトブルーの瞳をしかめる。
「AIにそんなモノあるわけないでしょう。ボイスライブラリが偏向しているのはただのケイさんの趣味ですよ」
今回のコレは誰の趣味ですか、と巡ってきたコバルトブルーの視線から、ユウとユリウスはさっと目を逸らした。その様に大袈裟に溜息を零して見せてから、シエロは堪えきれない様子でにまーっと笑う。
「まあ誰の趣味でもいいです。2Pカラーみたいな配色も、まあ目を瞑ります。個人的にはこう、プリセットを再生せずに溜息をつけるのが最高ですね!」
「……そこなの?」
「音声出力って結構面倒なんですよ。音声出力タスクなしに喋れるの、控え目に言ってかなりいいです」
「思考がダダ漏れになったりしないのか、それ」
ユリウスのもっともな指摘に、シエロははたと首を傾げた。
「あれ、音声出力タスクもないのに確かにそうですね。……何でだろう?」
「口の動きが音声出力に同期してるんだよ。口を思考に合わせて動かしている時だけ出力されるみたいだねぇ」
アサクラの言葉に、シエロはぴたりと口を噤んだ。視線を鼻先に集め、しばらく百面相を繰り返しいている。どうやら思考が勝手に出力されないかどうかを試しているらしかった。
「…………。 ホントだ! うわ、面白いな〜」
「無意識なのか、それ。よく馴染んでそうだね」
「ユウの義肢よりだいぶ性能よさそうだよぉ。この第7世代型義体核の仕組みは面白いなー。僕も1体買おうかな」
「やめてくださいよ。マッドサイエンティストが機械化して人類滅ぼすやつの序章じゃないですか」
「買うなら男性型にしてください。使ってみたいので」
「……そんなに嫌だった?」
ユウは眉を下げた。シエロは再度左右の手を眺めてから、肩を竦めてみせる。
「いや、だって戦闘機械としてどうなんです、これ? もうちょっとこう、戦うためのカタチみたいなものがあるのでは?」
「ウチの隊で近接戦闘最強なの、たぶんナギだよ。というかその義体日常生活用だし、シエロが戦闘するのはアヴィオンでだろ?」
困惑を深めたユウの視線と、困惑を始めたシエロの視線が絡み合う。シエロはつ、と何も無い空間に手を滑らせた。その動きには覚えがある。パイロットスーツのHUDに表示されているウィンドウを動かす時の動作だ。
「……今、私の仮想HUDに大量に表示されている兵装モジュールの初期設定画面はなんですか?」
「待って。何だそれ聞いてない」
ユウは人体改造における第一容疑者のアサクラを見た。アサクラは肩を竦めて首を左右に振る。ユウは目を瞬かせた。買い物を頼んだ友を振り返る。
「……ユリウス?」
「いやだって仕込み武器ってロマンじゃん!! やめろそんな目で見るな。兵装モジュールは全部俺の金で買ったんだからいいだろ!」
「……使用者の意志は?」
「お前は喜ぶと思ったんだけど」
うーん、と唸ってシエロは顎を撫でた。次の瞬間、その姿が掻き消える。ガチャリ、と男心をくすぐる変形の音と共に、ユリウスの顎に冷たい金属の感触が触れた。
「うお!?」
後ろから抱きすくめるような形で、手首と膝に仕込まれた銃口をユリウスに押し当てて、コバルトブルーの瞳が妖艶に笑う。
「かぁっこいいですよ? 気に入りました、ありがとう」
「……そりゃよかった」
苦笑いして銃口を手で押さえたユリウスに、シエロは素直に兵装をひっこめた。滑らかな肌の下に人を殺せる機構が吸い込まれていく様を、ユウは複雑そうな表情で見つめる。
皴の寄ってしまったユウの額を、細い指がこつんとつついた。少し眉を下げた優しい表情で、義体は相棒の顔を覗きこむ。
「そんな顔をしないで。感謝してます。コックピットから動けなかった私に自由をくれたことも。この貴方たちにより近い身体をくれたことも」
華奢な指先が、生身の右手のそれと絡まる。人工皮膚に覆われた手は、じんわりと温かった。左手を取る。右手と同様に感じる、柔らかさと暖かさ。
ユウの脳裏を、オセアニアの風が吹き抜けた。地球を出発する前に、モニター越しに見せた最後の景色を思い出す。随分と遠くまで来てしまった。
きっともう地球には帰れない。あの風の心地良さも、吹き抜けていく草の香りも、きっとシエロはもう感じられないのだろう。その事実が、ひどく歯がゆい。
「喜んでもらえて、よかった」
内心を押し隠して微笑んで見せたユウに、かつて、いやきっと今も恋をしている少女の顔は、とびきりの笑顔で答えた。
「ええ。ありがとう」
シエロの義体は遠隔操作なので、生体脳の維持装置が不要です。その分の空きスペースに、兵装と弾薬が詰め込まれている情緒ゼロのロマン仕様。ユリウスのばか!




