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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

別の世界ではただの日常です

長生き

作者: 茅野榛人

 最近嫌な夢ばかり見る。

 俺の母親が倒れる夢だ。

 倒れる音がしたと思い、部屋を出て一階に降りると、母親がもがき苦しんでいて、救急車を呼ぼうとした瞬間、目が覚める。

 倒れる音がしたと思い、部屋を出て一階に降りると、母親が頭から血を流して倒れていて、救急車を呼ぼうとした瞬間、目が覚める。

 倒れる音がしたと思い、部屋を出て一階に降りると、母親が大量の血を吐いて倒れていて、救急車を呼ぼうとした瞬間、目が覚める。

 実に嫌な夢だ。

 特に嫌なのは、救急車を呼ぼうとした瞬間に目が覚める事だ。

 まるで、母親を助ける事が出来ずに死なせてしまったかのように思えて、とても苦しくなる。

 こんな夢を、最近頻繁に見る。

 何故こんな夢ばかり見るのか、俺には分かっている。

 俺の母親は、今年の誕生日で九十八歳になったのだ。

 しかし俺は未だに部屋に引きこもったままで、まだ人生で一度も働いた事が無い。

 父親は、俺を産んだ直後に失踪した。

 九十八にもなる母親を、未だに働かせている、その為、幾ら俺みたいな人間でも、何時倒れてもおかしくないと言う考えが頭をよぎる。

 しかし、どうしても働きたくないと言う気持ちが抑えられない。

 働いたら、社会の闇に触れるかもしれない。

 働いたら、もう自分が自分ではなくなるかもしれない。

 働いたら、食べ物の味が分からなくなるかもしれない。

 働いたら、夢を忘れるかもしれない。

 働いたら、人生に汚点を残すかもしれない。

 働いたら、今味わえている幸せを投げ捨てなければならなくなるかもしれない。

 働いたら、後戻りが出来ないかもしれない。

 この事を、俺は未成年の時からずっと考えて来た。

 しかし年を重ねるにつれ、不安による言い訳から、引きこもりを続ける為の言い訳に変化して行った。

 はっきり言って、異常だとは思うのだが、俺は今の生活が人生で一番幸せだと思っている。

 異常だと、分かっていても、幸せだと思っている。

「うう!」

 一階から、母親の声がした。

 慌てて一階に降りると、浴室の方からシャワーの音が聞こえて来た。

 嫌な予感がした俺は直ぐに浴室に向かった。

「母ちゃん! 開けるよ!」

 扉を開けると、そこには、包丁で手首を切って、倒れている母親がいた。

「母ちゃん! 母ちゃん!」

 俺は直ぐに救急車を呼ぼうとした。

 その時、目が覚めた。

 また夢だ。

 こんなに頻繁に嫌な夢を見ると、流石に疲れる。

 しかし、今回は新しいパターンだ。

 母親が、自殺を図っていた。

 その時、母親の泣き叫ぶ声が聞こえて来た。

 俺は、まだ夢の中にいると思い、無視した。


 今日、母親は百歳になった。

 本当に長生きな母親だ。

「T? 今日さ……一緒に旅行にでも行かない?」

 恐らくは百歳の誕生日を祝って欲しいのであろう。

 しかし俺は、今オンラインゲームで忙しい。

「ねえT……」

「行くかよ! 外の空気は部屋の窓から吸えるわ!」

「……ねえT……今日位は私のお願いを聞いてくれない……」

「うるせえんだよ! さっさと去れよ! 俺みたいな馬鹿を産んだ奴とは話したくねえよ!」

「……分かりました」

 母親は扉の前に朝食のトレイを置き、泣きながら一階に降りて行った。

「うう!」

 一階から母親の悲鳴が聞こえた。

 恐らく夢だ。


 朝食のトレイを回収しに来ない。

 俺は妙な胸騒ぎを覚え、一階に降りて行った。

 浴室からシャワーの音が聞こえて来た。

 嫌な予感がした。

「母ちゃん? 開けるよ?」

 扉を開けると、そこには包丁で手首を切っている母親の姿があった。

「母ちゃん!」

 夢であろうと思っていたが、救急車を呼ぶ事にする。

 すると、いつもは呼ぼうとしたタイミングで夢から覚めるのだが、今回は覚めない。

 これは現実だ。

 俺は慌てて救急車を呼んだ。

 しかし、母親は既に亡くなっていた。

 絶望した。

「ああああ!」

 俺は家を飛び出し、小学生時代に来た事があった橋にやって来た。

 母親と言うライフラインを失い、金を稼ぐ方法を知らない俺は、もう生きる事が出来ないであろう。

 俺は橋の柵を乗り越え、飛び降りた。


 俺は……まだ生きているのか? あれ……身体が普通に動く……痛くない……一体……どういう事だ? あれ……何だこの痕……。


「戻りました」

「おう、ちゃんと生き返らせたか?」

「はい、問題無く生き返りました」

「うん、ありがとう、それにしても悲惨だよな……母親は百歳の誕生日の前日にノルマをクリア……翌日に手首を切って死亡……そして息子は絶望して飛び降り……」

「本当に悲惨ですよ……息子も」

「ああ……そうだよな……引きこもってたから……まだ全然ノルマ残ってるよなあ……」

「計算してみたんですが……その息子が最速でノルマをクリアできる年齢は……三百二十二歳です」

「三百二十二歳! マジか……身体の自由が利かなくなるから日付が増えちまったのか……」

「幾ら人口低下が進んでいるからと言って……秘密裏に開発された……どんな怪我や病気でも治せてかつ生き返らせる事が出来る薬を注射して……定められた人生のノルマをクリアさせるなんて手段……私は好みません」

「俺もだ……人生ノルマなんて……」

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