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短編

悪気しかなかったJKの顛末

作者: 猫宮蒼



 とあるファーストフード店。学校帰りにそこに居座った女子高生二名は、そろそろ帰んないとなぁ……なんて思いながらもなんとなくダルくて席を中々立てないでいた。

 居心地がいいのが悪い。

 それでももうちょっとしたら、混む時間帯だ。それまでは、もうちょっと。


 そんな感じでいかにもギャルです、と全体で訴えているハルは、すっかり冷めてしまったポテトをつまんで思い出したように言った。


「そーいやさぁ、マキ学校にこなくなったんだけど」

「そうなんだ」


 向かい側に座っているのはギャルとは縁遠そうな地味な――それこそ制服を着崩してすらいないしスカートも折って短くもしていない、初期アバターですと言われたら信じられそうなくらい地味な女子高生だった。制服を着ているからかろうじてJKだと判明するが、もし私服であったなら果たして二人が同年代だと思われたかも謎である。


「そうなんだ、ってでもあれ原因アンタっしょ? 何したん?」


 ギャル系JKであるハルと地味としかいいようのないJK。二人の組み合わせはどう見ても仲良しな友人には見えなかったが、これでも二人は幼馴染なのでそれなりに仲が良い。

 学校は同じだけれどクラスが離れているので、ハルはどうやら事情を知らないが故に情報を知りたいらしかった。


 地味系JKの名を、ミキという。

 ハルと違いメイクで顔面をこれでもかと武装しているわけでもなく、だからこそハルと一緒だと余計地味に見えるがハルは知っている。ミキだって元はそれなりにいいのでメイクをすればもっと可愛くなることを。

 ただ、校則だとかで教師に目をつけられるのが面倒だから、という理由で可愛さを放棄しているだけだ。ハルとしてはそんなん無視すればいいのに、と思うところではあるのだが、ミキにはミキなりの考えがあると知っているのでハルは一度だけそう言ったっきり、それ以降は口を出していない。


「マキはあれよあれ、失恋したからでしょ」

「失恋? え、何それ」

「うーんと、マキが私に絡んでたのは知ってる?」

「それはうん。一回だけウチがいたときに絡んでたもんね。その時は言い返したけど。えっ、あれ一回だけじゃなかったの?」


 ちがうよー、なんてゆる~く答えて、ミキは残りわずかになってしまったシェイクをずぞーと一気に啜った。冷たいうちはともかくやっぱり温くなると微妙だな、なんて思いながら。


「ほら、私トモくんと付き合ってるじゃん」

「そういやそうだったね。アレ知った時ビックリした」

「で、マキはトモくんに片思いしてたわけ」

「は、つまりは嫉妬? そんで彼女に嫌がらせして別れさせたら自分が付き合えるとか思ってたっていうアレ?」

「多分そう。他にもそう思ってるのいるみたいでマキに便乗して嫌がらせしてきたのもいたけど、まぁ、面倒になってきたからさ。本当だったらもうちょっと穏便に済まそうと思ってたんだけど、見せしめでいいかなって事でマキには犠牲になってもらった」

「へー、何したん?」

「別に何も」

「へ?」


 ふるふると首を横に振ったミキに、何もしてないとか嘘でしょ? とばかりにハルは食いつく。


 ミキが付き合ってるトモくんというのは、一言で言うならイケメンである。

 おおよそ非の打ちようのない整った顔面。すらりとした体躯。外見だけならどこのモデルだと言いたくなるような、だからこそそれなりの女子にキャーキャー言われるようなタイプだ。

 内面など知らずとも、遠目で見ていいもの見たな、と思われるような。お近づきになろうと思わなくとも観賞用としてのイケメンであるので学校内での知名度は高い。


 バスケ部に所属し、それなりに実力があるので見学に来ている女子にキャーキャー言われ、ファンクラブも存在している。

 更には勉強もできるし、性格もそれなり。


 そんなイケメンと是非とも付き合いたいと思う女子はそれなりにいるのである。

 だが、そんなイケメンとして名高いトモくんと付き合っているのがミキだ。

 キラキラしいイケメンの彼女もまた同じく美少女であれば、周囲は表向きお似合いだと言っただろう。内心で悔しがる者がいようとも。


 けれども、ミキは基本的にパッとしない地味目JKなのである。

 そうなると、なんであんなのとトモくんが付き合ってるんだろ、みたいな陰口が発生する。


 トモくんから告白しているのだが、仮にトモくん自らそう言っても自分に都合の悪い部分を信じたくない一部の女子はそれらを頑なに聞き入れず、何か卑怯な手段を用いてミキがトモくんに強引に迫って無理矢理付き合ってると思い込んでいるのである。弱みを握っただとか、無理矢理迫って体の関係を持っただとか。根も葉もない噂たっぷりだった。

 イケメンのトモくんが悪いはずがなくて、悪いのはブス。そういう認識なのであった。

 ミキは別にブスでもなんでもないのだが、ほぼすっぴんで制服だって真面目に着ていて髪も染めていないような地味極まりないお洒落さからは程遠いとなれば、お洒落に制服を着崩しつつメイクでお顔も可愛くしている女子からすればブスなのである。


 そうして自分より下だと判断した時点で、トモくんを狙う女子からはそれはもう色々とやられそうになっていたのだが。

 大抵はトモくんが近くにいるので大っぴらに嫌がらせはできなかった。呼び出して、さっさと別れろブス、なんて言おうにもその機会が中々訪れず、スクールカースト上位に存在しているマキはそれでもどうにかミキにそれを告げたのだ。

 自分の言う事は絶対で、こいつが逆らうなんてあり得ない。そんな傲慢な思い込みで。


 このブスがいなくなれば、彼と付き合うのは自分だとマキは信じて疑ってすらいなかったのである。


 少女漫画にありがちな展開ならば、マキは完全に当て馬とか単なる悪役である。けれどもマキはそれなりに学校内での立場が強かった。といっても、生徒会に入っているだとかではなく、あくまでもギャルとして、クラスの中ではそこそこ好き勝手できる、というだけなのだが。家が権力を持ってるとかでもなく、まぁ普通の家庭であるので立場が強いといってもたかが知れていた。


 とりあえず面倒だったミキは、トモくんが一緒にお昼食べよ、って事で約束してたので教室に迎えに来てもらった時点で、

「ね、トモくん」

「うん? なに?」

「別れよ?」

 さっくりとそう告げた。


 マキが見ているだけではない、他にも教室には大勢いた。

 そんな中での別れ話。一瞬だけ騒めいた教室は、しかし次の瞬間しんと静まり返った。


 マキはまさかこんなところで言うとは思わなかったし、けれども同時にわかってんじゃんと満足そうに頷いた。マキと同じグループにいない、大人しめのグループなんかはマキが別れろなんて言った事を知らないので、突然の別れ話に完全に硬直しつつも様子を窺っている。


「ミキちゃんは、俺の事キライ?」

「うぅん好きだよ。でも別れよ?」

「そっか。でもヤダ」

「そっかぁ。じゃあ仕方ないね」

「別れるとか有り得ないからもう言わないでね」

「うん。ごめんね?」

「いいよ」


 突然の別れ話は、さらっと何事もなかったかのように受け流された。

 あっ、そうだ購買行こ、なんて言いながらトモくんはミキの手をぎゅっと握りしめて教室を出ていった。


 これに対して事情を知らないグループは、何か知らんがまるくおさまった……やめろし昼食時に修羅場とか、なんて気持ちを抱きながらも、特に揉め事にならなかったので何事もなかったかのように先程までしていた会話の続きに戻ったが、内心穏やかでなかったのはマキである。


 あのブスが言い寄ってトモくん迷惑してるだろうなと思ってたのに、別れ話が出たらさぞ喜んで別れるだろうと思っていたのに。

 実際はマキの想像と逆の結末になってしまったのである。

 しかもあの様子を見る限り、ミキよりもトモくんの方が惚れているといってもいい。


 なんで!? とその場で叫びださなかった事だけは良かったと言えよう。


 だってそんなことを叫んでいたら、先程の別れ話に関わっているとバラすようなものなので。

 けれども、クラスの一部は薄々何となく察していた。

 だってトモくんの人気はそれなりにあって、そのせいで彼女であるミキの陰口は違う学年でも一度くらいは耳にした事があるくらいだったので。


 あぁ何かミキに言った奴がいるんだろうなぁ、今回のはそれだったのかなぁ、なんて一部は誰に確認するでもなくそう自己完結させていたのである。



 そんな、別れ話? 何それ受け入れるわけないじゃん俺が、とでも言いそうな感じで終わりを迎えた別れ話未遂事件は、お昼時の目撃者がそれなりに多い事もあって、そこそこの勢いで広まった。

 一部はトモくんべた惚れじゃんと草でも生やしてそうな口調で揶揄ったりしていたし、お互いラブラブですなぁ、と二人を見守る側にシフトしたりもした。

 付け入る隙があれば諦めきれずに二人を別れさせて……なんて思うようなのが出たかもしれないが、あまりにラブラブですというのを見ただけで知らしめるような二人に割って入るようなのはそこまで現れなかったのである。

 というか、彼女がいると知った上でそれでも告白した剛の者も出たけれど、結果はいずれも惨敗であった。

 むしろ「無理」と一言で切って捨てられ恋する乙女のハートはズッタズタである。

 それでも更に追いすがろうとした相手には「二度と話しかけんな」と地獄の底から声でも出してます? みたいなひっくい声と蛆虫にだってもうちょっと慈愛に満ちた視線向けるんじゃないか? と言えるくらいの視線を向け、ガチで凹みまくったJKの成れの果てが出来上がった。



「大体さ、付き合ってる人がいて、特に問題もない状態でさ、他の誰かに告白されても嬉しいってなるわけないじゃんね。は? ってなる。今の付き合ってる相手より自分の方が上だと思ってるのも自分を客観視できてなくてウザいけど、それで靡くと思われてるのマジ無理すぎる。何、好きって言ってるけどお前私の事見下してるの? みたいな気持ちにならん?」


 すっかり冷めてしなしなになったポテトをハルからもらい、そう言ったミキの口調は普段より若干崩れていた。それだけ腹に据えかねていたのだろう。


 言われてハルも考えてみる。

 あまり頭を使うのは好きではないが、ミキの言いたいことはわかる。

 自分だってカレピといい感じの時に、全然興味ない男に好きだなんて言われてもウゼェとしか思えないし、ましてやお前それ言ってアタシが靡くとでも思ってんのか? という気にしかならない。

 自分が告白すれば今いる恋人などあっさり捨てて自分のところへ来るとか思われてるの、どんだけ自意識過剰だよってなる。


 あぁ、そうか。

 そりゃそうだな。トモくんだってそうなってもおかしくないのか。

 しかも自分の恋人をブスブス陰で言いまくってるような連中だもんな。そりゃ無理だわ。


 大体、メイクとかしてないからパッとしないだけでミキはちゃんと可愛い顔をしているのだ。地味すぎてよーっく見ないと可愛いとわからないけど。でもメイクとかしたら間違いなく化ける。だからこそハルだってミキにメイクとかしないの? って一応声はかけたのだから。

 先生がめんどくさいからやらない、と断られたけど。

 でも、大学か就職したらきっとミキもメイクをするようになるのだろう。

 その頃には高校でミキの事悪く言ってた連中と会う事はないだろうけど、同窓会とか何年もあとになって……なんて考えて、先の長い話だったわ、とハルはその考えを途中で強引に打ち切った。


 さて、そんな感じでトモくんに告白し玉砕したJKはそれなりにいたし、それらを見て無理だと諦めた者たちもかなりいた。

 けれども一人、諦めなかったのがマキだ。


 それだけトモくんの事を好きでいる、というその気持ちだけならハルだって報われない恋~~~~! めっちゃ少女漫画~~~~! なんて言いながらも応援したかもしれない。応援するだけで報われてほしいとは思わないが。マキとミキならハルはミキの味方である。


 うーん、なんだろ。自分の方が可愛いのに名前が似てるだけのブス――マキの主観である――がトモくんと一緒にいるのが気に食わないにしてもなぁ……とハルはそんで? と話の先をミキに促した。


「え? あぁ、その後も何かちょいちょい嫌がらせっていうかこう、ギリ聞こえる範囲で悪口言ってクスクスしたりしてたけど、正直負け犬の遠吠えだなとしか。取り巻きもご苦労様ですとしか思わなかったし」


 見た目が地味だけど、中身までそうというわけじゃない。大人しくて注目を集めるのが苦手で、クラスの隅っこのほうでひっそりしてるタイプなら、そういうので心を病んだりもしたかもしれない。けれどもミキからすれば、マキのそういった微妙な嫌がらせはどれもこれも負け犬がなんか頑張ってるとしか思っていなかったようだ。アタシの幼馴染つよい……!


「で、何かトモくんが部活終わるまで待ってる時にさ、懲りもせず絡んできたのね。

 これをやればあなたも立派な三下に! みたいな教科書でも読んできたんです? みたいな感じで。

 だからさ、ここだけの話なんだけど……って言ってやったの」

「言ったって何を?」


「トモくんね、B専だからって」

「ぶっほ……!」


 真顔で言ったミキに、ハルは笑いをこらえるので必死だった。


「だから皆の告白断ってるのよって。でもあまり大っぴらに言わないであげてね。絶対部活の人たちにいじられちゃうから、トモくん。

 って言っただけ。まさか真に受けるとか思わなくて」


 マキからすれば、なんであんなブスと付き合ってるんだろうと思っていたし、何かの弱みでも握られてるんじゃないかと疑っていたというのに、そのブスからそう言われればさぞ説得力があったのだろう。

 何度も言うが別にミキは不細工ではない。周囲のJKと比べれば地味なだけで、よくみれば顔はそこそこである。地味すぎて地味という印象しか残らないだけで。


 だが、マキにとってのブス直々に言われれば納得するしかなかったのだろう。


 ブサイク専門という言葉は、その瞬間マキにとってはとんでもない説得力を持ってしまっていたのだ。

 事実無根の、ミキの口から出まかせだというのに。


 そうしてマキはやらかした。


 メイクもしないすっぴん状態で学校へやってきて、トモくんに告白したのだ。それも朝一、それなりに周囲に人がいる中で。


 最初、友人たちはマキの事をマキだと気づくのに時間がかかった。

 何故ってすっぴんだったから。

 マキはメイクで盛りに盛って顔面を作っているタイプだった。

 某動画のメイク講座なんかで、メイク前とメイク後のビフォーアフターが激しいタイプと言えば多分大体の人は理解してくれるだろう感じであった。


 ある意味女の武装とも言えるメイクをしないままやってきて、周囲はちょっと騒然とした。

 えっ、あれマキ……? マジで? えっ、顔全然違うじゃん……と困惑していた友人や、騙された……なんて言ってる男子だとか。やべぇな圧倒的にブスじゃん、なんて言ってるのとか、えっあいつあんなブスなのに人の顔の悪口言ってたとか完全なる自己紹介じゃん、なんて草を生やしまくったような嘲笑まで。


 けれどもそんな状況下でマキはトモくんに告白した。


 トモくんがブサイク好きだというのなら断られるはずもないと自信すら持っていた。

 だが結果は。


「え、ごめん無理」


 惨敗であった。


 え、え……と何を言われたのか理解するまでに時間がかかり、マキの口からは言葉にならない音がでる。

 だってこんな……すっぴんまで晒したっていうのに。


「ごめんブスは無理」

 言われた途端、マキは頭を殴られたような衝撃に駆られた。

 ブスは無理。

 その言葉が何度も頭の中で巡っていく。


 だって、B専って……あのブスが言ったのに。

 だから絶対晒したくない素顔まで曝け出したのに。


「大体人の彼女に嫌がらせしといて何でそれでOKされると思うの。無理だよその人間性。

 正直気分悪いから二度と話しかけないでくれる?」

 本当に不愉快そうにトモくんは言って、それ以上はもう何も話す事はないとばかりにマキから視線を逸らした。


 次にマキの耳に聞こえてきたのは、うわ、とかまぁそうだよな、だとかの言葉と、堪えきれずに漏れたプッという嗤い。直後の爆笑。

 中には、もしかしたらせめて笑い飛ばしてこの場を軽くどうにかしようと思った者もいたかもしれない。けれどもマキの耳にはそのどれもがマキを嘲笑うものにしか聞こえなかった。

 かろうじて、涙は零さなかったがその場にいられなくて、マキは脱兎のごとく教室を出ていって――


 それから、学校に来なくなった。


「以上がマキが学校に来なくなった一連のやつ」

「トモくんマジでB専なん?」

「まさか。でもマキがあんまりにも私の事ブスブスうるさいからさ、トモくんがB専って言っとけば私と付き合ってるのもあぁ~って納得するかなって思っただけなんだけど。

 まさか私以上のブスを晒して告白するとまでは思ってなかったよ。まぁ、やると想定しても精々一割の確率だったんだけど」


 手についた塩を拭って、ミキは事も無げに言う。


 これっていじめになんのかな? とふとした疑問が浮かんだけれど、誰が悪いかってなったら……誰だろう?

 大体学校に来なくなった時点でマキがまるで被害者だけど、でもそのマキが恋人のいる相手に告白なんてしなければ。それ以前にその恋人に嫌がらせしたりしなければよかっただけの話だ。

 ミキの事を散々ブスブス罵ったりしなければ、トモくんに告白したとして玉砕するにしても、もうちょっとマイルドだったかもしれない。

 そしたらマキは友達のところに戻って、あーんやっぱり駄目だったー! と泣きついて、それで済んだかもしれない。傷心のマキを友人たちが元気だしなって、と慰めパーティーとかしたかもしれない。


 ミキに絡んだりしなきゃ、ミキだってトモくんがB専だなんて言う必要はなかった。そもそもB専ですらないが。


「ま、ジゴージトク? ってやつか」

「そだね。仮に虐められて、とか言ったとしてもマキと私だったらどっち信用されるかって話よ」


 言われて、そりゃまぁ、ミキのが信用されるだろうなぁ、とハルは考えるまでもなく思った。地味極めし者であるミキは教師からの信頼が篤い。仮にマキや、その両親が学校に乗り込んで何か言ったとしても最初に仕掛けたのはマキだし、ミキは自衛でトモくんはB専とか言ったに過ぎない。それに前に脅されて別れるように言われた、とか言えばまぁ、マキに勝ち目はないなと思う。

 マキの両親がモンスターペアレントじゃない事を祈ろう。

 まぁ、仮にそうだったとしても、ミキがトモくんと別れる事もないし、ましてやお詫びにトモくんがマキと付き合えなんて言われるはずもない。もし言うようなら、今度はマキがトモくんの人権を踏みにじっているだとかの壮大な話になってしまいかねない。

 双方の親が出たとしてオオゴトになったとしても、マキが恥をさらすだけだ。


「そろそろ帰ろっか」

「そだね。私買い物して帰らないと」


 ガサガサとテーブルの上のごみを纏めて、トレイの上に乗せてそのまま回収ボックスまで移動する。ごみを捨てて、トレイを返却して店を出て。


 ミキとハルは家の方向が途中までは同じだが、この店を出て少しいけば別方向だ。

 だからこそ、手を振ってそこでお別れした。



 ――トモくんの名誉のために言っておくが、彼は本当にB専ではない。じゃあ可愛かったら誰でもいいのかと言えばそれも違うだけで。


 マキに絡まれた時、何であんたなんかがトモくんと付き合っているのか、と言われた時にミキは一瞬本当のことを言おうか考えたのだけれど。

 別にわざわざ言う必要がないかなぁ……と思ったのだ。

 というか、トモくんの家の事情も絡んでくるので流石にそれを全部語る必要を感じなかった。


 トモくんのご両親は、約束されし呪われしメシマズであった。お父さんはお仕事で稼いでくるしお母さんも働いているので、お金に余裕はある。家事は二人で協力してやっていたようだが、掃除洗濯は問題なかったが、料理だけがとにかく悲惨であった。

 ご両親のご両親、トモくんから見て祖父母は父方母方どちらも遠くに住んでいて気軽に会える距離ではない。だからこそ、トモくんの味覚はとんでもなく偏ってしまったのである。

 不味いご飯に耐性はある。

 そもそも自炊で駄目ならお店で買えばいいだけの話だが、気付けばそれも大分偏っていた。


 そんな偏った食生活でもあんだけスクスク育つんだから、人体って謎に満ちてるなぁ、なんてミキは常々思っている。お店で買ったもの、またはお店で注文して食べるご飯は美味しいけれど、家庭料理は基本的に不味くて当たり前のもの。それが、トモくんの中での認識だった。


 それを覆したのがミキである。


 本当にたまたまだった。

 トモくんがたまたま購買でお弁当争奪戦に負け、菓子パン一つしか購入できなかった一年のある日。

 ミキは元々自分のお弁当を自分で作って持ってきていたのだが、その菓子パンが前から食べたいと思ってたものの中々買う機会がなかったやつで。


 体育会系の部活に所属しているのに菓子パン一つでお昼絶対足りないよなぁ、と思ったのもあったし、一年の時は一緒のクラスでなおかつ隣の席だったのもあって。

 ミキはお弁当と菓子パンのトレードを持ち掛けたのだ。


 まぁ多少の下心はあった。これでちょっとよく思ってくれれば、もうちょっと仲良くなってトークアプリなんかで気軽にお話できる程度になれたら。別に恋人の座を狙っていたわけじゃないけれど、一石二鳥を狙う程度のノリ。


 トモくんは最初躊躇っていたけれど、菓子パン一つじゃカロリーはとれても腹持ちは悪い。ミキのお弁当は見た目は美味しそうだったのもあって、とりあえずトレードに関しては交渉成立した。


 お店以外の誰かが作った食べ物で、初めて美味しいと思えたのがミキのお弁当である。

 小学校や中学校の時の調理実習でも散々な結果だったトモくんは、素人の手料理なんてそんなものという認識で生きていたのでとんでもない衝撃だったらしい。


 料理屋とかやってる家? と聞かれてミキは首を横に振った。普通の家だけど。


 その返答に更に衝撃を受けたらしい。

 普通って、何?

 その日自分の普通が打ち砕かれた瞬間であった。


 そこからは早かった。

 材料費払うんでお弁当作って下さい。

 えっ、いいけど。

 そんなやりとりから、割とすぐにトモくんはミキに告白し、恋人をゲットしたのである。


 お惣菜とかは買ってくうちに自分の好みに偏って毎回同じようなものになるので、家での食事は飽き飽きしていたのもあった。

 そんな話を聞かされれば、ミキも一応それなりに工夫して毎回違う感じのお弁当にしたし、そうなるとますますトモくんは喜んで一杯食べた。

 もうこのまま結婚を前提に付き合って……と言われたのは二年の春である。付き合って半年後の事であった。即断即決にも程がある。


 えっあのトモくんそれ別に私じゃなくても料理上手な人なら他にも一杯いるよ? と言ったがトモくんの意思は頑なであった。


 ついでに両親にも紹介されて、ついでに手料理を振舞う事になった結果、トモくんの両親の胃袋までがっちりキャッチしてしまった。お付き合いは両親公認である。ついでにトモくんはミキの家にいって親に挨拶している。外堀を埋めようとする速度が圧倒的だった。

 トモくんは部活で速攻しかけるのが得意、と言っていたが、何もここでまで仕掛けんでも……というくらいの速さだった。


 付き合った以上は……とミキもそれなりに真面目さを発揮して栄養バランスを考えて美味しい料理を作るようになったので、以前までの食生活と比べてトモくんの体調はパッと見そこまでわからないが、それでもかなり改善されたのである。何があっても絶対手放さない……! とトモくんがミキに執着したのは多分ここら辺からだ。


 まぁ要するに。


 胃袋を掴んでしまったわけだ。トモくんと、その家族ごと。



 別にマキに話してもいいかな、と思わないでもなかった。けれどもトモくんのご両親のメシマズ具合まで話すのはな……とも思ったのだ。トモくんが自分で言うならまだしも、ミキがトモくんのご両親料理壊滅的で、なんて言うのはちょっと違うと思ったので。だってどう考えても悪口になってしまうではないか。ミキは別に悪く言いたいわけではないのだ。誰だって苦手な事はあるし、それがトモくんのご両親に関しては料理だっただけの話で。

 でもそうなると、そこら辺ふわっとしか話せない。

 そうなると多分トモくんの好みが料理上手な子、とかそんな感じになるだけだろう。


 そうなった場合、トモくんにアプローチしようとする他の女子のやる事は目に見えている。

 手作り。

 けれど、その場合大抵は手作りのお菓子――クッキーだとかカップケーキだとか、部活の事を考えるとレモンのはちみつ漬けだとかだろうか。

 別にトモくんはお菓子が好きなわけでもないので――普通に食べるけれど――それだけで決め手になるはずもない。

 仮にどこかで料理を振舞う事があったとして、こじゃれた感じのパスタくらいしか作らないような相手をトモくんが選ぶはずもない。


 そもそもトモくんの舌はすっかりミキの料理に馴染んでしまっているので、それを超える料理を作らなければトモくんだって揺らいだりはしないだろう、と思う。

 ミキの料理の腕だってそこまで凄いわけじゃないけれど。これでもトモくんの健康を考えて色々と勉強して工夫を凝らしてきたのでそう簡単にこの立場を譲ってやろうなんて思うはずもない。


 ミキにとっては超スピードな展開だったけど、ミキだってトモくんの事は好きなのだから。自分が食べる分だけなら、もっとずっと楽な感じで手を抜いている。



 何もしないでトモくんに好かれている、というならまぁ、嫉妬されてもわからなくもない。ないけれど、ミキだって好かれるための努力はしているのだからとやかく言われるつもりはないのだ。


「ホント、なんで勝てると思ったんだろマキは……」


 知らずそんな疑問が口から出てしまう程度には謎でならない。


 だって自分の方が可愛い! なんて言ってたけど実際のすっぴんは別人かってくらいブスだったし。顔面全部メイクで作りました、っていうのがとても向いてるくらいの顔ではあったけれど、本来の素顔があれなのになんでそれで私の事あぁまでブスって言えたんだろう。

 自分が絶世の美女だとか思いこんでたにしたって、ミキだって自分の顔を悪く言われていい気などしない。

 しかもそれでこっちに嫌がらせまでしてたんだから、性格だってブス。

 それでどうして好かれると思えたんだろう。


 ブサイクでも愛されるのって、パグとかブルドッグだとかのブサかわって言われるような感じの生き物だけだろうけど、マキにはその可愛い要素がどこにもない。


 こっちに悪意を散々向けてきたから、だからちょっとお返ししただけ。

 なのでまぁ、自分が関わらない状態であんなことになっていたら、マキ可哀そう……って同情したかもしれないが、悪意を向けられた側であるミキはこれっぽっちもマキに対して可哀そうだなんて思わなかった。むしろざまぁみろとすら思っている。



 ともあれ。

 足りなかった食材を買い足して、よし、と一つ頷くとミキはもうマキの事なんてすっかり忘れて家路についたのである。

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― 新着の感想 ―
とも君は有能だな
[良い点] 彼氏と義両親まとめて胃袋掴んじゃったかー。 彼氏側の一途さもいいですね。 内面までイケメンか。 動く亀と動かない亀とじゃ勝負にすらならない、って事ですね
[一言] 面白かったけどこれは恋愛に分類されるのか? のろけでもないしノンフィクション?
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