雨の日【短編ホラー】
その日は、雨の降る日だった。
「あー疲れた」
仕事を終えて家に帰り、電気を点けると、部屋は一人暮らしの男性らしくゴミや床に放置された衣服で溢れていた。いや、一般的にするのは失礼か。
「……またか」
初めてそれが起きたのは、今日と同じように、雨の降る日だった。築年数20年を超えたこの1kのアパート。雨に加えて吹く風で窓はガタガタと音を鳴らし、錆びた雨どいはギィギィと不愉快な音を立てる。だが何よりも気になっているのは、真上から聞こえる、ポタポタと規則的に落ちる雫の音だ。どこか雨漏りをしているのかはしらないが、ここは2階。アパートは2階建てなので、上の階に住む人の出す音ではないことは間違いない。
「家賃安かったからなぁ」
都会ではない、田舎でもないここに来たのは、転職の為だった。先行きも見えず貯金も少なかったため、なるべく節約のために、と選んだのがこの部屋。築年数の割には綺麗で、即決したのだが……雨が降るたびにこの音だ。一時気になりだすと、もう無視できない。
「これだけの為に引っ越すのもなぁ」
大家に行って何とかしてもらおうか。けど、不動産会社を挟んでるから連絡めんどくさそうだし……
「雨の日だけだし、我慢できるか」
ヘッドイヤホンをつけ、テレビやPCの音でその音をシャットアウトする。これで、気にならない。
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半年ほどが経過した頃。その日は来た。
「うわ、雨やばいな」
その日は朝からすごい豪雨で、一部地域には避難勧告が発令されていた。幸い、このアパートは高台にあり、近くに高い山もないため浸水や地滑りの心配は無かった。念のためいつでも避難できるように荷物をまとめていた時。ポタ、ポタというあの音が気になり始めた。
「はぁ」
元々していた音だが、意識し始めるともうダメだ。イヤホンをし、いつものようにシャットアウトする。けど……
「あ」
部屋の中が突如真っ暗になった。テレビも消えており、リモコンのスイッチも反応しない。停電だ。
「くそ」
イヤホンを外し、部屋を出て玄関横のブレーカーを上げたり下げたりするが、反応はない。
「どこか雷落ちたのか?」
あまりに復旧が遅れるようなら、どこかに出かけようか。仕事が休みだってのについてない。時間はまだ昼前。昼飯もついでに食べに行こうかと考えていると。
「………」
ポタ、ポタという音。そうだ。この音があった。段々とイライラしてくる。神経質になりすぎているのかもしれないけど、気になるものは仕方がない。いい機会だ。雨漏りを直してやるか。私は雑巾と懐中電灯を持ち、押し入れの天板を押し開ける。
「かび臭いな……」
懐中電灯で照らされた天井裏は梁やらなにやらで狭く、埃だらけだ。長居したい場所ではない。いつも音のする場所は見当がついている。ベッドの上の天井だ。そこへ向かって這って進む。
「……なんでこんなことしてんだろうな」
我に帰りかけるが、ここまで来てしまったらやるしかない。すぐにそれらしき場所に到達し、原因を知る。
「この穴か」
天井裏の更に天井に隙間があり、ポタポタと雫が落ちてきていた。屋根の瓦が割れているか無くなってるか、はたまた腐って劣化しているのか。原因はどうであれ、ここを塞げば済む話だ。とりあえず雑巾を隙間に押し込む。応急処置だからすぐに雑巾も落ちてしまうかもしれない。ここから先は大家に言おう。原因も分かれば、向こうも動いてくれるだろう。
「戻るか」
再び這って天井裏から脱出する。服が埃だらけだ。押し入れの天板を戻し、服を脱いでシャワーを浴びよう。そういえば、まだ電気は復旧しないのか? ブレーカーを確認するも、ダメだ。
「仕方ない」
外出しよう。けど、その前にホコリを何とかしたいからシャワーだな。着替えを取るために部屋に戻ると。
「……え?」
昼前だが雨で薄暗い室内。誰かが、部屋の隅に立っていた。
「だ、誰だ!?」
黄色いレインコート。小さい。子供だ。長靴。びしょぬれ。そんな断片的な情報が脳裏を駆け巡る。その一瞬で、子供は消えてしまう。
「え……」
今のは何だったんだろうか。怖くなり、車の鍵を持って外に出ようとするが。
「う、嘘だろ……!?」
アパートの外に出ると、サイレンが鳴り響いていた。何の音だ? いや、何でもいい。車に乗って逃げるんだ。そう思い、車に向かう途中。車道の先が視界に入る。
「え!?」
ここは高台。街に降りる道は1本しかない。その道を倒れた電柱が塞いでいた。道理で電気も復旧しないわけだ。
「うわ!?」
歩きで行こうにも、風が強くて立ってられない。嫌だけど、戻るしかない。
「………」
家に戻ると、別の場所のような感覚に陥る。妙に寒いし、あれだけの豪雨の音が完全に聞こえなくなる。
「……え」
ふと、何かが服から落ちる。シャツに貼り付いていたようだ。拾い上げると。
「………」
読めない文字に何やら意味深なマーク。見たことは無いけど、明らかにそれは、お札だった。服に貼り付いていたということは、まさか天井裏で……
「ひっ!?」
ポタ、ポタというあの音だ。部屋の中からだ。玄関からでも聞こえるほどの音。こんなに大きく聞こえたことなんて初めてだ。震える体で恐る恐る部屋に入ると。
「………」
黄色いレインコートを着た、子供がまた部屋の隅に立っていて。
「あ………」
子供がこちらを見る。普通の男の子だ。でも、俺を見た瞬間、両目から水があふれだし、床に水たまりを作る。
「うああああああ!!」
逃げ出そうにも、足が動かない。ポタ、ポタという音が部屋中から聞こえてくる。子供は徐々にこちらに近づいてきて……
「なんで取ったの」
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数日後。会社からその部屋に住むうちの社員と連絡が取れないからと、大家が様子を見に来た。鍵を開けると、中はかび臭く、妙なにおいが鼻についた。部屋の中には……
「うあああああああ!!」
雨も降ってないのに、雨漏りがしており、住民であろう男性が、ベッドに横たわっていた。その体は溺死体のように膨張しており、すでに絶命していた。死後硬直し、固く握られている右手の中には、一枚のお札。結局なぜそうなったのか原因はわからず、すぐにアパート住民も気味悪がって退去し、そのアパートは取り壊された。
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「このマンションは最近建ったばかりの新築ですから、おすすめですよ」
「え? ああ、前まではアパートが立っていましたが大家が管理できなくなったため手放し、アパートも老朽化が酷かったのでこうして建て直したんです」
「災害? 高台なので洪水の心配は無いですよ。ただ、昔の話ですがこの山を切り崩す前に一度だけ地滑りがあったそうです。まぁ今は山も完全に無くなりましたし、前のアパートが立つ前なので昔の話です。少し前にあった豪雨でもこの辺は電柱が倒れて一時的に停電になったくらいで問題ありませんでした」
「はい、ご契約ありがとうございます! それでは、2階のこの部屋でお話、進めさせていただきますね!」
完