魔王の仕業だな!!(※違います)
蘇生寺院の扉を蹴破り、外に転がり出る。
揺れは街全体に広がっているようで、割れた花壇や窓ガラスの破片が散乱していた。
人々は叫びながら逃げまどっている。
真昼の空は夜のように暗くなり、夜の帳よりも深く、黒々とした闇に塗りつぶされていった。
『全―――世界―――に告ぐ。我―――々は』
やがて空いっぱいに浮かび上がってきたのは、ローブを着た怪しげな男の巨大な幻影。顔は見えないが、声はしわがれている。ローブの裾から覗く手にも、亀裂のように深い皴が見て取れる。だんだんと幻影から発せられる声が、クリアになっていく。
『全世界に告ぐ。我々は、≪イグニートの眼≫。至上の存在たる魔王、イグニート様に仕える聖従である。全世界に告ぐ。我々は、これよりイグニート様の名のもとに、宣戦布告を行う』
ぬるりとして汗が、首筋を伝って落ちていく。
補助スキルしか使えない俺と違って、強力な攻撃スキルを幾つも持っていた皆が消息を絶った理由。そしてほぼ同時に行われた謎の組織による宣戦布告。
点と点が、今繋がった。
カイゼル、カイン、エレナ、エリザベッタの4人は、迷宮の奥深くで、復活した魔王と遭遇してしまったに違いない。そして、力及ばず倒されてしまったんだ。
全身に悪寒めいた怖気が立つ。攻撃と防御、支援に特化したS級冒険者パーティが、文字通り束になっても叶わない相手が復活した。
その事実が、俺には恐ろしくてたまらなかった。
『抵抗は無駄だ。2つの道を我々は指し示そう。イグニート様に絶対の忠誠を誓うか。あるいは、犬のような死を迎えるかだ』
ローブを着た男の演説は続いていく。揺れそのものは治まったが、まだ皆怯えた顔で家屋の物陰から空を見つめている。
『―――だが、道を示すには見せたほうが早い! 我々の力の一端をお見せしよう!!
≪迷宮≫よ! 真の姿を現せ!! 絶滅の門となりて、世界を包み込むのだ!!』
高笑いが響き渡ると同時に、迷宮の方面から光の柱が上がった。太陽や月の光のような優し気なものではなく、おどろおどろしい不気味な閃光が柱となって空へと伸びていく。
「こ、この音は!?」
先ほど起きた揺れとはまた異なる揺れが、足元を通して俺の全身に伝わっていく。それと共に、雪崩のような轟音が響き渡る。何かの大軍が、物凄いスピードで押し寄せているような、そんな揺れと音が街全体に広がる。迷宮の方から噴煙を巻き起こしながらやってきたのは。
「モ、モンスターの群れだぁ!?」
「逃げろ、逃げるんだ!」
「だ、誰かっ!! 助けてくれー!!」
1000や10000では足りない数の、それこそ王国全体を埋め尽くすようなモンスターの群れが、家屋をなぎ倒しながら押し寄せてくる。
(サイクロプスに、ミノタウロス........ワイバーンまでっ!?)
群れを構築しているのは、特殊ボスモンスター、あるいはそれに匹敵する力を持つボスモンスターだった。
殺意が、群れを成して殺到している。あのローブを着た男の言葉を信じるなら、これでもまだ『本気』ではないのだ。
本腰を入れたらそれこそ、一瞬で世界を滅ぼせる何かが解き放たれるかもしれない。
「―――祝福魔法スキル発動!! ≪聖女の天空城塞LV.2≫!!」
モンスターの群れが街の中央部に到達する寸前、祝福魔法スキルが展開された。街全体を守る障壁が張られていき、天高く頭上まで覆う。
対モンスターの障壁魔法だ。それも、かなり高位のスキルで発動されたもの。
「くそぅ、目の前で古代遺物は金塊になるし、モンスターが攻め込んでくるし......今日は厄日だっ!」
「皆さん! 急いで避難してください!! できるだけ遠くへ!!」
障壁はシャルロッテの持つ盾を起点にして張られていた。強力な障壁魔法の触媒になるくらいだ。かなりのレア装備だと理解できる。
「祝福魔法スキル発動っ! ≪陽光の補助幕≫!」
「我々もお手伝いいたしますよ!」
「障壁を強化しろぉ!!」
そこに、蘇生寺院の蘇生師たちや街にいた僧侶たちが祝福魔法スキルを重ね掛けし、シャルロッテの張った障壁の強度を底上げしている。これでしばらくは保つだろう。さすがは君主。レア職業といいつつ死に職業の弓使いとは大違いだ。
「シャルロッテに、蘇生師さん!」
「ユウマさん......! ご無事でよかった。......でも、街が......」
きゅっと唇を噛み、シャルロッテは障壁の向こう側に広がる光景を見つめる。
目元飾るヴェールのような美しい睫毛が、悲し気に揺れる。
彼女の隣にいたあのがめつい顔した蘇生師も、頭を掻いて項垂れていた。
「いやはや.......蘇生師としてこの町で20年働いてきましたけど、まさかこんなことになるだなんて」
魔王を信奉する謎の組織。
障壁を破壊しようとしている無数のモンスターの群れ。世界を揺るがすような大事件に遭遇するなど、妄想も空想もしたことがない。
つい昨日まで潜っていた迷宮が、こんなに恐ろしいものだったと思うと冷や汗が出る。
それに、迷宮は世界各地にあるわけだ。他の王国でもこんな異常事態が起きているのだろうか。
「街が、めちゃくちゃだな」
俺は障壁の外にある崩れ去った家屋を見つめた。
街に繰り出して遊んだことはあまりなかったけれど、愛着がないわけじゃない。
行きつけにしていた店だってあったし、駆け出しのころ皆で祝杯を挙げた酒場だってあった。........それが、一瞬で無くなったんだ、跡形もなく。
「ん?」
不意に、瓦礫の山が、ピクリと動いた。藁ぶき屋根の残骸の下で、何かが確かに動いた。もぞもぞと、小さな身体が這い出てくる。
「あれは........」
小さな、女の子だった。体中に痣と裂傷が広がっている。早く治療しないと危ない状態だ。それに、流れ出ている血にモンスターたちが引き寄せられてしまう。
より人の多い障壁の内部を狙ってはいるが、女の子の方に意識が行くのは時間の問題だ。
「ユウマさん!? 何をする気ですか!?」
「まさか、障壁の外に行く気ですか、貴方!? 死んでしまいますよ!?」
2人が叫ぶが、俺は笑って答えた。虚勢を張らないとやってられないくらいには、内心もの凄く怯えている。
「あはは、そのまさかってやつです。ちょっと、助けてきます」
自分はヒーローだ、なんて思ってはいない。でも、目覚めの悪くなることはしないと決めて俺は今日まで生きて来た。だから、助ける。
一体ずつしか倒せない俺だ。囲まれたらあっという間に死ぬだろう。勝率は0。
........だとしても、やらない理由にして自分を誤魔化すには弱すぎる。
(死なないように、工夫するっ!!)
モンスターの群れに加速スキルを掛けて突貫し、錯乱スキルを発動させる。5秒間しか持たない死にスキルだが、こういう時くらいは役に立つ。
眩い光が弾けて、瓦礫の周りにいるモンスターたちの視界を奪った。その隙に、俺は女の子を抱きかかえる。
「うぁっ!? ぐっ........運搬補助スキル発動! ≪羽毛の揺り籠≫!」
しかし、事はそう上手く行ってくれなかった。背中を切りつけられて、激痛が走った。よろめきそうになりながら、俺は抱えていた女の子に運搬補助スキルを掛け、障壁の向こうに投げる。衝撃を吸収するスキルだ。怪我はしないはず。
「........食らえっ!!」
背後にいたモンスターの一体に向けて矢を放ち、絶命させる。加速スキルでその場を離れたいが、そうもいかない。弓使いが死に職業と言われる所以は、全体攻撃ができないことと、職業そのものの使い勝手の悪さにある。
(あぁくそぅ、15秒がこんなに長く感じたのは初めてだ!)
大量の補助スキルや探知スキルを覚えられても、一度に発動できるのはどう頑張っても10個まで。強力なスキルになると再使用までのインターバルも長くなってしまう。弱いスキル程インターバルも短いが、弓使いに限ってはどのスキルも一律で15秒。短所ともいえるし長所ともいえる。........この状況下においては間違いなく短所だ。
「危ねっ!? 空からなんて卑怯だろうがっ!!」
100個のスキル、全部を大盤振る舞いして立ち回る。出し惜しみは無しだ。
回避スキルで攻撃を回避し、跳躍スキルで瓦礫と家屋の上を逃げ回る。空からの攻撃に対応するために、妨害スキルで飛行能力に制限を課す。
「君主魔法スキル発動!! ≪聖騎士の魔鋼鎧LV.2≫!!」
魔力で編まれた鎧が俺の身体を包み込む。君主専用の魔法スキルだ。
一定以上のダメージを無効化する強力な補助スキル。
「シャルロッテ! 女の子は無事か!」
「蘇生師さんが治癒魔法スキルで傷を塞いでくれました! 早くこっちへ!」
障壁の向こうからシャルロッテも援護してくれる。決定的なダメージは未だ与えられないが、拮抗状態には持ち込めた。
(でも、このままじゃジリ貧になる.......! どうにか活路を見出さないと本当に死ぬ!)
シャルロッテの言う通り障壁の向こう側に飛びたい。
でも、殺到してきたモンスターの群れから逃げるのでまだ手一杯だ。加速スキルと回避スキルの併せ技で強行突破するには、数が多い。
迷宮のモンスターだっていうのなら、群れの心臓部であるボスがどこかに必ずいる筈。迷宮から出てきた以上、そのルールには逆らえない。
そいつさえ、仕留められれば!
「雨........?」
背後に、一条の光と共に雷が落ちた。空の彼方で雷鳴が轟き、海の水をそのまま降らせているかのような、大豪雨が降り注いだ。荒れ狂う雲の切れ目から現れたのは、一体の巨大なモンスター。真珠のように輝く純白の鱗を持った、大蛇のようなそれは、巨体をうねらせながら現れ出る。大災害の化身、あるいは神獣として祀られるような神々しさを放っている。
俺は、深呼吸を一つして、HPを可視化する。続けて種別判定スキルを発動させる。種別は、ドラゴン種だ。
「......射貫く!」
弓を構えて、必中スキルの命じるままに狙撃ポイントに走った。
群れのボスモンスターのお出ましだ。悪いが俺は、一体一でなら負けない。
負ける気は、一切ない。神話を越えた領域にあるモンスターだろうが、倒してみせよう。