【魂の向かう場所】
遥か昔、この世界にいくつもの空間が生まれた。
そこからはいくつもの道が伸び、その上に生命が生まれた。
生命を乗せる道の名を、【無限覇道】という。
無限覇道の支配者は全ての生命を支配して、いつの時代も世界の頂点に君臨した。
しかし、それは一人の人間が生まれるまでの話だ。
王座を降ろされた王は新王に強い憎悪を募らせる。
その憎悪は世界を飲み込むほどに、巨大だった。
【人界歴3045年】
一人の少年が荒廃した街を歩いている。ポケットに手を入れたまま、虚ろな顔で空を見上げる。
錆び切ったビルと、剥がれたアスファルトで出来たこの街には、親がいなければ金もない、そんな子供たちが大量に住み着いている。
この少年もその一人だ。
ため息をつくのと同時に、石ころを蹴飛ばした。不安定に揺れながら前に転がる石ころが何かにぶつかって止まった。
女の子だ、銀髪の。
「おい! 大丈夫か?」
少年が駆け寄ると少女は泣いていた。何事かと慌てていると、白い羽毛のようなものが風に乗って顔まで飛んできた。
「これは……なっ!!」
少女の背中には翼が生えていた。天使の翼といえばよいのだろうか。それくらい美しいものだ。よく見れば顔だって、艶のある白い肌にそれと同じくらいに白くて長い髪。
あまりの美しさに息をのんでしまう。しかし、そんなことよりも救助が先だろう。そう思った少年は仰向けに倒れている少女が立ち上がれるように手を差し出した。
少女が手を握った瞬間、雷鳴が走った。
激しい雷のような音と共に視界が真っ黒になった。
見えるのは少女だけ。それ以外は何も見えない。繋がっている二人の手がまばゆい光を放ちだす。光が一気に広がった瞬間に、意識は現実世界に戻った。
「なんだ! 今のは……」
(勘違いか……?そんなことない……! 今のは、手が触れたときに……)
少年が少女のほうを振り返ると、少女はまだ泣いていた。何が起きたのか分からず、ただ茫然とする中で頭の中に文字列が浮かぶ。
キ ミ ノ ナ マ エ ハ
「君の名前は……?」
ぽつりと少年が呟いた言葉に少女は答える。
「私の名前は……メアリー」
少年は驚いた。少女に名前を聞いたつもりはなかったが、自分のつぶやきに反応して名前を名乗ってくれた。驚きのあまり、少し黙り込んでしまったが、返事を返さないのは失礼だろう。
「俺はエース・レッカだ」
少年は親指で顔を指して、そう名乗った。
メアリーはそれを見て少し微笑んだ。その時、空に巨大な亀裂が入った。光のようなものがこちらに振り落ちてくる。
光の塊がすぐそばに着弾した。立ち込める砂煙の中に、何者かの影が薄く見える。
「やぁ、初めまして」
煙の中から男の声がした。煙が風に飛ばされて男の姿があらわになる。金色の髪に、メアリーと同じように背中に翼をはやしている。
気さくに話しかけて、男はエースに握手を求めるように右手を差し出す。
「あっ……ああ」
「だめ!近づいちゃダメ!」
驚きながらも手を握り返そうとしたエースをメアリーの叫びが遮った。エースはピタリと止まる。訳が分からず男のほうを見ると、男は不気味な笑みを浮かべている。
「どうしたんだい、メアリー?人が殺されるのはもう見たくないのかい?」
メアリーは顔面蒼白になり、後ずさりする。
「君にその力は使いこなせない。僕のものになるべきだ」
男は腰に携えた剣に手をかける。剣先をメアリーに向ける。
「死ね。これで終わりだ」
剣の先が電気を帯びて、物凄い速度で雷が放たれる。
「いやぁ!!」
メアリーは死を覚悟した。思い出すのはいつの日か庭で食べたサンドイッチ。これが走馬灯というものなのだろうか。時間がゆっくりと流れていく。視界が影で覆われた。
「ぐっ……!」
エースがメアリーの身代わりに雷を食らった。
「え……」
「なっ……人界人が舐めた真似を!」