道場破りだ!めりぃちゃん!
ジメジメ、湿度が高い夏の夜。好奇心旺盛な少年が独り。締め切ったリビングには夜でも暑さが戻って来ている。
アチィ。ぼやく声、ピッ!リモコンのスイッチ。エアコンが起動した。ウィィィィン。コォォォ。冷気が生み出され吐き出される。
電話番号……。えっとぉ、あ!ちょいまち!
「名前、そのまま名乗るのは、やめとこう、モシモシ、僕、ユウタロウなんてダサい!モシモシ、わたしメリーさんてなのも、ダサい!なんかこう。かっこいいの!シュピッとして、でも外国みたいんじゃなくて、漢字ばっかりの。えと。カッコイイの。そだ!社会の教科書にのってた人、殺してしまえホトトギスだっけ!『織田信長』にする!コホン、え、コホン。『モシモシ、ノブナガだが』ん?なんか違う、おっさんみたい」
ソファーの上でクネクネ身悶え。しばらく考える少年。
「あ!なんとか『の』なんとか!えーと。えーと、この前映画で見たやつ!そう!式神っての使って、呪い合戦に勝った人。名前……、『あべのせいめい』だ!これにしよう!めちゃ強かった人!コホン、けほん。『もしもし、ぼく、あべのせいめい』うきょぉぉ!ぶあっちり!」
ソファーの上でゴロゴロ転がり、ひとしきり妄想で遊ぶと、起き上がりジュースをひとくち、喉を潤す少年。メモを取り出し、ピ、ピ、ピ、ピ……、押し間違えぬ様、息を殺して慎重に、ボタンを押していく。
……、ピ、ポ、パ、ピ、ポ、パ、パ、ピ、パ、ピ、ぺ。
「おおお。こ、これで通話ボタンを押したら……」
……、ブッ!トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
ふぉぉ!コロシニイクヨ先輩!なんか来ました!来てます!コレって!グチャグチャにもつれた金茶の髪が、おどろに広がるめりぃ。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
「うお!こっちもキタキタキター!て、お菊さん先輩、こういう時、必ず居ますよね」
「ほーほほほ。阿呆の気配」
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
ピピピ、ピリピリ。ピピ!パチパチ!霊力が訪れたモノに反応し、線香花火の様に弾けて光る。ゾゾゾ、ゾゾゾ!意思を持ったかのように、セカイに居合わせたモノ、お人魚たち、それぞれに持つ毛が。
伸びる伸びる伸びる。うねうね、うごご這いずり回るそれぞれ。
『メリーさん九642184番目』先輩が、今チャンネルが繋がっているの!めりぃちゃんと、側にスススゥと身を寄せると教えた。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
「ち、チャンネル?この音?」
「神経を全集中しなはれ!これは呼び出し音や」
お菊さん先輩の声が響く。
……、呼び出し音?集中、集中、集中、全集中、うーんうーん!
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
ザァァァ!逆髪立ち踊る髪の毛を通し、ゾゾゾとしたものが、めりぃに入り込み、背中のパンヤの中をモゾモゾ走る。
ゾゾゾ、ゾゾゾ、ザァァァ!音立つアヤカシ達のセカイ。空で海中のワカメの如く、ゆうらゆうらとうごめく。金茶、黒、亜麻色、桃色、青に紫……。人形の髪の毛達。
「ひ!トゥルルル、トゥルルルが入って来た!なに?コロシニイクヨ先輩、どうしよう、なんか怖い」
「ククク、キタキタキタァァ!道場破りじゃぁぁぁ!金儲けに走ったインチキエクソシストか?強欲坊主か?なんちゃって神官?それとも、まともな霊媒師!それか、一番厄介なオカルトバカ?」
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。
「ほーほほほ。なんやええ気分になってきたわ、誰やろ、お電話かけてきはったん。誰か取るもんおらへんの?」
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、セカイに響く呼び出し音にのり、赤いおべべの袂を、ひらひら揺らすお菊さん先輩。
道場破り、ほーほほほ。ええわぁ、うちが出て、返り討ちにしまひょか?それとも、そやなぁ……。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
「めりぃはん、ちょうどええ、お稽古がてら出てみいへん?」
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
「ふえ?で!出て変なのだったら」
「その時はうちが、サクッとやっちゃる、安心しおし」
意を決しためりぃ。タイミングをはかる。
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
トゥルルル、トゥルルル。
「……、モ」
「モシモシ?つなかったぁぁぁ!ひゃっほぉぉい!僕、え、コホン。あべのせいめい」
甲高い声に先手を打たれた、めりぃ。
ガチャン。ツー、ツー、ツー、ツー。
言いたい事を終えると、通話ボタンを押して終了をした、オカルト好きなユウタロウ、小学六年生。
ホントに通じたよ。くひひ。ごくごく。残ったジュースを一気に飲み干す。喉がカラカラに乾いていた少年。エアコンのスイッチを切り、電話を元の位置に戻す。
ほんのちょっぴり怖かったので、明日の朝早く起きて電気消したらいいよね。リビングの明かりをつけっぱなしで、部屋を後にした。
夏休みの日記に書こうかな、あ!でも先生にデタラメ書いちゃダメって怒られるから、そうだ!
「自由研究にしよう!うん!いい事思いついた!ラッキー」
一方。
「き!切られたぁぁぁ!子どもの声!しかもあべのせいめいって!誰!コロシニイクヨ先輩、知ってます?」
「知らない。お菊さん先輩、知ってます?」
「陰陽師や、昔おらはったんや、うちが生身の頃には、とうに廃れてたけど、書物で読んだことある、悪いことしはるアヤカシは退治されるんやでぇ」
ゾワゾワ、ザザザ、空に残る現世の気配を吸い込む様に、動いているとりどりの色した髪の毛達。
「た!退治?ふええ。これからどうすのですか?何か、ずーと繋がってる気がします!髪の毛がピリピリしてて」
めりぃが頭を振ると、逆髪がピピピと光る。スイっと細い一本が空高く高く、先に先に進んでいた。
「ほほほ、また、お電話かけてきはるわ、めりぃはんにな、どうするかは、よおく考えてみよし」
お菊さん先輩が髪をグイグイ、元に戻しながら、めりぃに話す。
「ふぇぇ。退治されたらどうしよう……」
「その前に、こっちに取り込んで、家まで行ったらいいと思う!頑張って!めりぃちゃん」
コロシニイクヨ先輩が、可愛い後輩を励ましていた。