鍛えろ!姿を消す為に!
個室で少女の身体は、ふわりと赤いマントを被せられた様に、真っ赤かに美しく染まっていたそうだ。
キーンコーンカーンコーン、カーンコーンキーンコーン。校舎に4時を知らせるチャイムが響く。続いて流れる校内放送。
残っている生徒は、帰りましょう。
校舎内を先生が歩く。カラリ。無人の教室を覗く。戸締まりを確認、繰り返す。
コツコツ。コツコツ。
階段を上る、音楽室、視聴覚教室、理科室、図工室、家庭科室、順々に、生徒が居ないかを確認。そして図書室。
「こらこら!チャイムが聞こえなかったのか?四年三組、岸田 まゆみさん」
うわ!過ぎちゃった。はーい。帰ります。残っていた生徒とのやり取り。慌ててランドセルを背負い、廊下に出た少女。
「3冊までしか借りれないんだもん、もうちょっとで最後まで読めたのに……」
白い上履きで歩く廊下は、シンと静かで違うセカイに居るような感覚をまゆみに与えた。黙々と廊下を歩く。閉め切られた、目に映る長方形の空間はじっとりと暑い。
早く帰ろ。下駄箱が置かれている場所へと急ぐまゆみ。クラスメート達も先生達もいない階段は、何処かヒンヤリとした空気に満たされていた。
トン トン、フワ、フワ。
下りる、下りる空気が、まゆみをヒヤリと冷やす。
「あー、おトイレ行きたくなっちゃった……」
カタ カタ、カタ カタ、階段をひとつずつ降りると、合わせて鳴る背負うランドセル。
フワ フワ、フワ フワ、冷たい空気がひとつずつ、天井からランドセル背負う彼女に降りる。
一番近いのは、先生達が使う『職員便所』か、その先を行って突き当りのちょっと暗い所にある、
4時を過ぎたら行っちゃだめ便所。
「あそこしかない!ちょっと暗いからこわいんだけど。ぅー!漏れちゃいそう、上に戻ろかな。どうしよう、せんせえの場所、借りちゃだめかな」
どうしよう、どうしよう。考えると行きたくなるお便所。そして使ったらいけませんと、言われている職員便所に行く勇気は彼女には無い。見つかって、また!先生に叱られたら。
「連絡帳に書かれるかも、お母さんに怒られるの、ヤダ!」
子どもらしい理由により、4時を過ぎたら行っちゃだめ便所で、用を済ますことを選んだまゆみ。小走りで向かいながらどうして、行っちゃダメになっているのかを、思い出す。
……、えっと!出るんだっけ?おしっこ終わったら、天井を見たらダメなんだっけ?うん。確かそう。でも何が出るんだっけ……、覚えてないや。絶対、上を見ないから大丈夫。
ドキドキ。痛い程に心臓が跳ねた。ランドセル邪魔だし、ここに置いてこ。廊下にそれを置くと、目的の場所へと入った。
「うん、天井になんにもない」
確認をしたまゆみ。漏れそう!急いで用を済ます彼女。
フワフワ。静かに、しずかに。共に入り込んだ赤マントが、そこにいる事に気がついていない。
見上げる様に仕向けるのは簡単と、アヤカシがほくそ笑む。
何事もいきなりが良い。上には何もないと、安心をしている。用を済ませてホッと気が抜けている。
『マ、ユ、ミ』名前を呼べは上を向く。
見上げたら……、用を終えた個室で、赤マントを見てしまったら……。
笑い声、ソノアトデ天井から落ちてくる刃物、ザクザク刺さる。
そしてまゆみは。
赤く赤い、血の色したマントに覆われる。
S和時代の都市伝説のひとつ、一般的な赤マントの、お話です。
「気配を消して付け狙う、常套手段です。妖気をコントロールすることにより、本体に膜をまとう。防護にも使いますが、光の屈折率を利用すれば周囲の風景と同化できるのです。これは我々にとって必須アイテムです。気配がするのに、開けたらいない、その様な状況を創り出すのにも使いますよ」
「はいはーい!質問です!赤マント先輩、どうして場所が決まってるのですか?他にもお便所ある気がします!」
あるセカイ、ある建物、ある部屋で、コロシニイクヨ先輩が、出動している為に、赤マント先輩の授業を受ける末っ子めりぃは、今日も元気いっぱい。
「うう。それは。便所は怪異の場所取り争いが、熾烈なのです!もっともそのお陰で、私は愛しの妻に出逢ったのだが。そして多くの場所は、昔も今もメジャーな妖怪一族『トイレの花子さん』に、網羅されている、我より格上の存在だ」
「へえ。大変ですね。あ!はいはーい!赤マント先輩!先輩は奥様が、いらっしゃるのに女の子をつけ狙ったあと、おびき寄せて先回りをした、女子便所の天井に張り付いてるんですか?」
無邪気な質問が、あまデレ新婚生活満喫中の、赤マント先輩をぶっ刺した。
「ふぐおぉう!そ、それは。やはり、美少年狙いで男子便所の天井の方がイイとなるか?実は花子さん達にも、エッチだと言われているのだが。ラストに、小学校の便所でとどめを刺すのは、決められた理、どうにもならぬ、しかも個室という枷があるのだ、男子便所の個室は……、出逢う確率で考えると、女の子なってしまう」
「ふーん。案外、不自由なんですね、先輩」
「理はどんな矛盾があろうとも、絶対的な支配者。女子児童に対する云々は、その間は視覚も聴覚も閉じている!そう。私は妻の美しい『赤い紙』を心底、愛している」
……、例えるなら君は、清らかで麗しい乙女の中に流るる熱き血潮、鮮やかにトロリと甘い深紅の薔薇の様。我が美しき赤い紙。この愛を受け取って欲しい。
キザで甘い言葉を山程積み重ね、同じ便所怪異の『赤い紙』に、プロポーズをした赤マント先輩。
図書室に潜り込み、折り紙の本から学んだという薔薇の形をその身に創り上げ、夫を待つ愛妻をうっとりと思い出し、ホワァァ、はたた。照れた様に揺れる赤マント先輩。
コホンと咳払いをすると、話を戻した。
「さて、妖気を膜化するには、ある試練を乗り越えたらすぐにできるようになる!辛く苦しい事だが、コレを乗り越えなくてはイケナイ!さあ!行くぞめりぃさん!」
ザッパァァァン。大きな波が打ち付ける水際。
「うきやぁぁぁ!濡れます!濡れます!赤マント先輩!ええ?でも、ちょっといい気持ちです」
寸胴な胴体に荒縄が巻き付けられ、その先に結ばれているのは、砂にめり込んだ鉄アレイである。縄の長さは動きを封じる為に、至極短い。
「神の端くれである、付喪神ならともかく、我らアヤカシは塩水に些か弱い!飛沫といえど、浴び続けスブ濡れになってしまえば、消えてしまうぞ!めりぃさん、膜は防護になるのだ!妖気を口から身体から吐き出せ!吹き出せ!そして薄く大きく広げ、自分を包み込むのだ」
「ほえ?なんか、ちょこっと綺麗で透きとおった、いい気分になって来てたのは?」
「浄化されつつあるのだ」
ハタハタと漂いながら、重々しく答えた赤マント先輩。
ヒィィィ!消えちゃうのいやぁぁ!
ザッパァァァン!ひときわ大きな波が打ち付けた。白い泡の花が飛び散る。めりぃは渾身の力を振り絞った!
身体をくの字に折る、踏ん張りめり込む両足。
口からパンヤが、モコモコ出そうになる。
カッ!目に力が集まる!剥き出しの柔らかなビニール素材の顔がパンパンに硬くなり、目元、口元に切り傷の様な割れ目が走る!
シュゥゥゥゥ、……、シュゥゥゥゥ、……、そこから漏れ出る血の色をした妖気。
ザッパァァァン!波が打ち付ける!飛沫がめりぃに降りかかる。
「グォブァァァァァァ!でぇろぉぉぉ!出ろぉぉぉお!」
シュゥゥゥゥ、シュゥゥゥゥ、口からも音立て、真紅の妖気が出て来て広がる、もつれた金茶の髪がメデューサの如く、ウネウネと動き回る。
濡れる彼女を守る様に包んで行く。膜に当るとチュンチュン音立て、即座に蒸発をする波しぶき。
「消えてたまるかぁぁぁぁ!フッ!シュゴォォォォォ!」
こうしてめりぃは、今日も無事に、課題をクリアする事が出来たのである。