鍛えろ!空に浮かぶ為に!
……、身体中の血も体液も何もかも全て抜かれ、カサカサに乾いた黒スーツの骨皮が、カコンと倒れた路地裏の隅っこ。
アーハハ、アーハハ。と笑い声がしたとか、しなかったとか。
ピロリーン♪
メールの着信音がひとつ。
「あれ?私、何時、戻したんだっけ?」
やらかしちゃった。明日会社行きたくないなぁ、お通夜の席で着信音鳴らしちゃった!、マナーモードか電源を切れって、一言あるのに。終わってから、時間見るのに入れたかな。先輩のせいで覚えてないよ。
ピロリリーン♪
メールの着信音がひとつ。
立ち止まり、黒い鞄の中から取り出そうとしていた女。
先輩かな。先輩の気がする。うん、きっとそう。慌てて電源落としたけど、社会人の常識は?な目の先輩が鬼の様に怖かった。
ピロリーン♪
メールの着信音がひとつ。
家に帰ってからでいいや、歩きスマホはダメだもん。
日が落ちて尚、蒸される暑さに包まれた、ザワザワ、ガヤガヤ、ブーブー、パパァ、ガヤガヤ。喧騒がBGMのマチナカを、葬儀会館から家に向かって歩いている。
「あっつ。夕方降ったのにそんなの関係無し、コンビニの肉まんになった気分、ふう。アイスでも食べよ」
ピロリーン♪
メールの着信音がひとつ。
24時間、高原の空気が満ちている、明るいコンビニエンスストアの中に入る時に重なる。
うー。既読無視してるけど。後でいいや。涼しーい!ちょっと涼んで行こ。
重ねられたレジカゴを手にすると、ゆっくり店内を歩く女。雑誌のコーナで何かないかと、眺める。
ピロリーン♪
メールの着信音がひとつ。
「ううう。流石に立て続けだし、先輩だったらヤバいよね」
ゴソゴソと携帯を取り出した女はその場で固まる。
「あれ?電源、入ってな、い……?」
ピロリーン♪
メールの着信音がひとつ。
故障?ゴクリとこみ上げる何かを飲み込む、明るいここなら大丈夫、店員さんもいるし。震える指先で、電源ボタンを押した。
しばらく。
「あ、やっぱり消してた、故障してるのかな、で、これ誰よ」
画面に記されている着信履歴は1名からのみ、その名前は。
『わたしメリーさん』
?イタズラ?昨日ランチの時、サチコから怪談話、聞いたんだけど。『わたしメリーさん』の新しいやつだって。どうしよう。よく覚えてないよ。
ピロロロ♪ピロロロ♪ピロロロ♪
呼び出し音が鳴る。
「きゃっ!あ!先輩だ。はい、もしもし……」
ホッとした顔で、喋りながら明るい店内から、外に出た女。ペコリペコリとお辞儀を繰り返し、しばらく話をしていた。
そして。
「はい!わかりました!今日はすみませんでした!」
ふう。終わった、アイスはいいや帰ろう、明るい店の前から離れる女。その時。
ピロリーン♪
メールの受信音がひとつ。
先輩かな?ろくに画面を見ずに、スクロールした女。
『ワタシメリーさん、今 後にいるの』
ええ?立ち止まり目を皿にする女。その上に
『ワタシメリーさん、今 コンビニのちかくなの』
その上に。
『ワタシメリーさん、今 横断歩道なの』
累々と続くメッセージ。ど!どこから?どこ?どこからなの?
開いちゃった、見ちゃった!後ろにいる!朝まで逃げないと!
女はガタガタ震えながら携帯を握りしめ、めくら滅法にマチナカを逃げるために走った。
真っ直ぐ!真っ直ぐ!真っ直ぐ!後ろを見てはいけない、真っ直ぐ!前だけを見て!
息を切らせながら、ふと曲がったら?と囁く声。
路地へと駆け込んだ女。そして。
これが新手の技のひとつです!時代に乗り遅れていると、私達はすーぐ!忘れられて行くのです『わたしメリーさん、九6四219番目』先輩が、今日も末っ子めりぃに、教鞭をとっている。
「はいはーい!コロシニイクヨ先輩、どうやってメールとかするんですか?」
「読み上げアプリの利用です、気合と根性を出せば、妖力により打てない事も無いですが、体力の温存のためにおすすめはしません」
「はいはーい!コロシニイクヨ先輩。どうやって、血液抜くんですか?」
「身体の一部を触れば良いのですが、効率を考えると、頸動脈、首筋に掌を当てるのが一番ですね」
「首筋、どうやって?しゃがんで貰うか、よじ登らないと届きません!」
末っ子めりぃの問いかけに、コロシニイクヨ先輩がニマリと笑う。
「浮かぶのです!この方法は、あなたの後ろにいるの、のときにも活用します、我々は背丈が小さいですからね、大きいサイズの視線の高さまで、持って行かなければなりません!その為には!あ!来られましたよ、先輩。よろしくおねがいします」
ススススと垂直に上がり浮かぶと、部屋の後ろに向い、すそが擦り切れたドレスで、カーテシーを取るコロシニイクヨ先輩。
スゥゥゥ。めりぃの頭の上を、赤いべべ着た市松人形が通り過ぎた。
「めりぃちゃん、お菊さん先輩です!妖力を放ち浮かぶだけで、恐怖のオーラをハンパなく醸し出す先輩ですよ、今日は飛行の特訓の為に、来てもらいました」
「ほーほほほ、ほーほほほ、よろしゅぅ、めりぃはん」
「お願いします!お菊さん先輩」
ほな、海岸に行きまひょか。場所を変えたお菊さん先輩。
ザッパァァン!今日も今日とて波の音。
「はい?またコレを引こずるのですか?コロシニイクヨ先輩」
あの時と同じ荒縄が寸胴な胴体に巻かれ、タイヤに結び付けられている、めりぃ。
「ほや、走るんよりも、飛ぶ方のが身体が柔いと、あきまへん、とりあえず、浮かんでみまひょか、身体の力をオベベの下に集めるんや、ほんで、ウーン!シュボッ!てやってみ」
集めて、ウーン!シュボッ……。キョトンとする、めりぃ。
「はよやらな、うちが後ろから追いかけるえ、うちの髪に捕まると、妖力ぬかれるでぇ、大きいおひとはんは、生気を抜くんや、カスカスになるまでな。ほーほほほ、ほーほほほ。ほれ、ただのボロ人形に戻りとうなかったら、ちゃっちゃとやれ」
ヒィィィ!めりぃは見た!
スゥゥゥと垂直に上がり浮かんだ、お菊さん先輩を。それだけでも充分に怖いのだが、これぞ『無表情』の顔に妖気が集まる。そしておかっぱサラサラヘヤーが、
うねうね、うねうね、轟々、轟轟、うねうね。
妖気を放ちながら、四方八方に伸びて伸びて、うねって広がる。
ズゴゴゴゴゴ。空気が響く、ほーほほほ、ほーほほほ、笑い声。
ザッパァァァン!ひゃっほぉぉぉい!
大きな波に乗り、サーフィンボードの付喪神が乱入をしてきた!
「なんや?阿呆がおる、丁度ええわ。みときなはれ、めりぃはん」
シュ!蜘蛛の巣の様に広がった髪の毛が一束、槍の様にひゃっほぉぉぉい!な付喪神へ一直線。
ズゴッ!憐れひゃっほぉぉぉい!な付喪神の土手っ腹に命中。ジュルジュル、ズゴズコと喜びうねる黒髪。
「ふえ!ひゃっほぉぉぉい!がぁぁ!板っきれになっちゃった、……こ、怖い!お菊さん先輩恐いです!ヒィィィ!」
ウーン!シュポッ、ウーン!シュポッ!ウーン!ウーンウーン!
唸るめりぃ、ほーほほほ、そろそろいこか、うち、いらちやさかいと、サーフボードを木っ端にした、お菊さん先輩が動く。
「めりぃちゃん、上上上にっ!念じろ!浮きすぎて落下しても砂浜だ!バラバラにはならん!思いっきり上がれ!ボロとパンヤに戻りたいのか!」
コロシニイクヨ先輩が激を飛ばす波打ち際。
「はい!上!うえ!上にぃぃ!ウーン!シュポッ!ウーン!ウーン!シュポッオオオオ?!ウキャァァァ、上がったァァ!グェ!オエッ!ヒィィィィィ!」
ビュワン!と、胴に結ばれた荒縄と共に、上空高く吹き飛ぶ様に上がった、めりぃ。
シュルルルル!ビン!
荒縄がピンと貼る、そしてミシリと軋んだ後、昇った勢いのまま地上に戻る荒縄。
ずしゃり。
砂浜にめり込み、めりぃ、無事に帰還。