鍛えろ!駿足を得る為に!
…… リリリリーン♪リリリーン♪リリリーン♪
振り向いたら駄目、駄目、だめ。どうしてなの?何故なの?ここは私の部屋、ここにあるのは、私の携帯電話だけよ。
リリリーン♪リリリーン♪リリリーン♪
どうして着信音がなるのよ、それもさっき取った、リビングにある家電と同じソレが。それに足速くない?め、メリーさん。駅にいるって言ってたよね、ソレが3分程で、家の前って!バスで30分、かかるんだよ、此処まで。
家の前に居るって言われて、慌てて玄関を開けちゃった。何も居なかったけど。ドアを閉めて鍵を掛けたら、なんかイケナイ事をやったかも!と後悔をして、ネットで調べてたら智子が電話をくれた。
かたくなった、身体が言う事を聞かない。それは呼吸を止めろと同じ。
リリリーン♪リリリーン♪リリリーン♪
キコキコと動く私の身体。ガタガタ震える私の身体。
振り返えると。ベッドの上で着信ありと、光って知らせる携帯電話。
リリリーン♪リリリーン♪リリリーン♪
対処法はさっき、ググって知った。まさかと思って、玄関を開けちゃったから。このまま朝まで出なければいい。と書いてあった。他にも色々あったけど、どうしてなの?上手く思い出せない。
なんで、勝手に電源入ってるの?涙と鼻水が一度に出てきて襲われる。
家電のコード抜いて、部屋に戻りながら調べてたら智子が電話してきてくれて、色々喋ったら、忘れちゃって、それで安心しちゃったんだ……。どうして朝まで話そうって言わなかったんだろ。
「バイバイ、うん、明日ね」
そう話して、電源を落とした。確認した黒い画面、パソコンも落としとこうと、ソレをベットの上に放り投げ背を向けた。すると、
リリリーン♪リリリーン♪リリリーン♪
だめ!振り返っちゃ。振り返っちゃ、手に取っちゃいけない、分かっているのに勝手に動いている身体。
ガチガチに震えながら、スクロールしてしまった私。
『もしもし、わたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの』
以上が、電話のムコウのメリーさん一族の、典型的な行動パターンです。講師役である『わたしメリーさん、九6四2194番目』が新入りに教えている、ある場所、あるセカイ、ある建物の一室。
「はいはーい!コロシニイクヨ先輩!質問です!」
「何かしら、末っ子、めりぃちゃん」
「ものすごっく!足速くないですか?昨日ちょっと走ってみたけど、お人形だし、ふわふわもこもこだし、ビュワン!って、走れませんでした」
「それはそうよ、新入り。体内にある『妖気』を自在に操り、走る時は意識をそれのみに全集中をし!あり得ないスピード、それに耐えうる強靭な肉体を手に入れるのです!先ずは妖力のコントロールを学ばければなりません」
「それは、どうやったら出来るようになるんですか?それにどうして先輩達は、そんなに汚れてボロボロで無表情なのですか?」
「ふ、フフフ、フフフ、無表情、フッ。コレは『死の微笑み』という顔です。無表情が完璧なほど、ニンゲン達はビビるのです。そのままで『アーハハ』笑いを繰り返せば……、アーハハ!アーハハ!これを手に入れるのに、私はそれはもう……。もう……、ボロボロになる迄、アーハハ!アーハハ!キャハハハ!それを知りたければ。特訓あるのみ!さあ!めりぃちゃん!行くわよ!」
末っ子めりぃちゃんの、パンヤがよじれる特訓が始まった。
ザッパァァァン。白波が立つ。砂浜、水打ち際に立つ、めりぃは途方に暮れていた。何故なら、彼女の寸胴な胴体、ウエストと思われる場所に荒縄が括り付けられ、それは背後に続き遥か後方に鎮座している、自動車のタイヤとガッツリ、結び付けられているのである。
「?何をするのですか?コロシニイクヨ先輩」
「それを引いて砂浜を走るのよ!めりぃちゃん!教えたでしょう、妖気を集めて特化するって!高速を手に入れるのには、強靭なる足腰が必須アイテム!走るのだ!めりぃちゃん」
スポ根モードに入った先輩が命じる。
「ムリ! コロシニイクヨ先輩!」
ザッパァァァン!波の音が響く。
「フフフ。妖気をコントロールをし、究極にまで高め集結させなくては、その課題をこなす事は成し得ない。そして知っているか?死ぬ物狂い、火事場の馬鹿力という言葉を!」
「しにものぐるい?ばかちからって?」
「それは、ああ!来てくれました!先輩!ここですよ!めりぃちゃん、死に物狂いで走る状況を創り出す時に、お手伝いをしていただく赤マント先輩です!お願いします!先輩」
夕焼け空にヒラヒラ。海中を優雅に泳ぐマンタの様に、漂う如く姿を表した、鮮血色したマント『お便所伝説、赤マント先輩』がタイヤの遥か後方の定位置につく。そして……。
ジャッキーン!ジャッキーン!シュッ!シュッ!
左右の肩口の場所から、鋭く光るナイフを出すとクロスさせて構える赤マント先輩。ほええ?それを見上げた、めりぃ。
「見たなぁぁ!赤マントぅぉぉぉを!お前に、我が切っ先をその柔らかな背中にブスブスと突き刺し、バラバラにしてやろうぞぉぉ!」
「はひ?」
「逃げる!めりぃちゃん!布とパンヤに解体されたくなかったら!走って走って逃げる!日が沈めば赤マント先輩は、奥様が待つお家に帰るから!」
カチカチ、カチカチ。ジャッキン!赤マントが恐怖を煽る様に、金属の音を立てる。
「ふえ!捕まったらホントにバラバラ?」
「当たり前だァァ!我らは真っ当に、バカ正直に生きておるのだァァ!ヤルとなったらヤルのだぁぁ!さあ!スタートを切るのだ!チビっ子ぉぉ!十、数える迄待ってやる。ひとぉぉぉぉぉつぅぅぅ、ふたぁぁぁぁぁつぅぅぅぅ!」
ふぇぇぇぇ!グゥ。う!動けぇぇ!動けぇぇ!
「クソぉぉぉ!動きやがれ!こっのぉぉぉ!クソやろぉぉぉ!」
ザッパァァァン!波の音が虚しくなる響く砂浜。
「くぅぅぅぅ!じゅぅぅぅぅぅ!行くぞぉぉ!」
「ふぎゃぁぁ!いやぁぁぁ!」
ピーンと張り詰められた荒縄がミシミシ音を立てている。胴にめり込み真っ二つになろう姿の、めりぃちゃん。ソレを見守る先輩。
「一歩!進んだら動くよぉ!頑張れ!末っ子!」
「来る!来るよぉぉ!ふぬぅぅぅ!動けぇぇ!足ぃぃ!」
ズ、ズズ、ズ……。わずかにタイヤが進んだ。
「あ!つ!う!動いた!足ぃぃぃ!う、動けぇぇぇ」
ズ……、ズズ、ズズズ。先程より前に進むタイヤ。キィィィィ!口をひん曲げ目を見開き、かわいい形相を豹変させるめりぃ。後ろから迫る赤マント先輩を振り切るために、ありったけの力を振り絞る。
ザッパァァァン。
お腹イタイ、イタイ、イタイ!パンヤが、ぶっ千切れているみたい、足もイタイ、ずうぅと!握り締めてるから手も痛い!
「ほれほれぇ!チビっ子ぉぉ!一撃お見舞いしちゃうぞぉぉぉ!」
ジャキ!!シュッ!ピシッ!ビッ!
ナイフの一本が、めりぃのぐしゃらまな金茶の髪の毛を一束切り落とし、ピンクのドレスのスカートを切り裂き通り過ぎ、ザクリと砂浜に刺さった。
ヤバい!このままじゃ……、めりぃちゃんはフルパワーを集結せた!
「くぅおおお!」
メロロゥゥ!もうもうと立ち上がる妖気、髪の毛はおどろに逆神となり天に上り立つ。興奮の最高潮を迎え、広角を大きく上げ口を開いた。苦しい、痛い。腹のパンヤか口から出そうになっている、ソレを阻止する為に開いた口を一文字に結ぶ。
めり込みながら進む。ブブブと縫い目が音を立てている足も銅も腕も首もどこもかしこも。
ズズズ、ズズズと進む音が、背中越しに聴こえる。
何やってんだ。痛い。
ザッパァァァン!波の音。
……、動けぇぇ!こっちが出たらこっち、ソレをはやくする速くするハヤクスル。ぶつぶつ。
目元が優しく下がり、ふくよかな頬、話しかける様な微笑を浮かべた口元。愛らしい表情のデザインだったその顔が、一心を念じる事により無の境地へと導かれた。
「そう!その顔だ!流石は末っ子!後はスピードを上げろぉぉ!」
ザッパァァァン!ひときわ大きな波が打ちつけられる。満潮の時間がヒタヒタと近寄っていた。
濡れる?濡れたら!飛沫がかかっためりぃは、さらに気合いを入れる。
こうして末っ子めりぃは、寸胴な胴体に荒縄をめり込ませながら、夕暮れ近い砂浜で、かわいいお顔を無の形相に変え、服がボロボロになる迄、死に物狂いで頑張り、強靭なる足腰と死の微笑みを、無事に手に入れたのだった。