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恋愛小説が書きたくて

作者: 木村典々

 「秋の文芸コンクールで恋愛小説を書いてみたい」


 そう呟いたのは、放課後、文学部の部室で、僕の対面の机で黙々と執筆中である文学部部長の松原さんであった。


 僕は、上村大樹、対面に座る松原優奈と同じで文学部に在籍する高校2年生だ。9月の残暑厳しい中、扇風機1台回して黙々と小説を読んでいる。夏休み前までは3年生の先輩が3人いたが受験に向けて全員引退し、部室は今、松原さんと2人きりの状態だ。


 「ねえ上村君、聞いていたでしょ?恋愛小説を書きたいのよ、私は」


 「書きたいなら書けばいいじゃないの。でも松原さんは推理小説やヒューマンドラマがメインだったよね?」


 松原さんは才能に溢れて、彼女の書く小説は文芸コンクールでよく入選や優秀賞をとっており、夏のコンクールでは審査員特別賞を受賞している。彼女の小説は人物像の描写がとても巧いのが彼女の作品の魅力だ。


 「書けないのよ…。私、恋愛経験無いから…」


 そう言った文学少女の松原さんだが、腰まで伸ばした綺麗な黒髪、丸顔にクリっと大きな眼、すーと通る鼻筋、それでいてプロポーションも抜群で明らかな美少女である。


 「松原さん、もてそうだけど…」


 「…恥ずかしいけど、これ中学の私」


 松原さんが差し出したスマホの画面を見ると、顔を髪で隠し、瓶底メガネをかけていて見るからに根暗そうな少女だった。松原さんとは高校の文学部で知り合ったけどクラスは別々で今まであまり接点がなかった。


 「私、高校デビューしたけど内向的な性格まで変われず恋愛に向き合ってこなかったの。高校に入って男子からラブレターや告白されたこともあるけど、お互いのこと全然知らないのに好きって言われても、見た目だけで決められている感じがしてなんか嫌だったから…」


 「そうだったんだ」


 「ところで上村君は彼女いるの?上村君こそ、もてそうじゃない」


 「いないけど…てか、彼女いない歴=年齢です」


 松原さんからの唐突な質問の意味が分からなかった。悲しいが僕は彼女どころか女の子とデートというものをしたことがない。


 「そっか、お互い恋愛初心者か…。上村君とは、この部活で1年以上一緒にいるでしょ。私、内気な性格だから気兼ねなく話ができる異性が少ないの。彼女いないなら、上村君がよければ…明日デートに付き合って欲しい。異性と一緒にいてドキドキしたりする恋愛している感情を書きたいのよ」


 「…デートのお誘いだよね…なるほど、芸人と同じで遊びは芸の肥やしって訳ですか」


 「…まあ、一言で言えばそうだね。作品のレパートリーを増やす人助けだと思って手伝ってくれない?」


 そう言った松原さんは不意に僕を見つめてきた。……美少女に見つめられ、しかも部室に二人きり、僕の陥落はあっという間だった。


 「明日は特に用事ないけど…何処に行くの?」


 「ありがとう。うーん、まだ決めてないの。上村君、何処かデートスポットの候補ない?」


 「デートの定番なら映画、水族館、カラオケ、ゲームセンターかな」


 「まあ定番といえばそんなところだね。ねえ、明日天気良さそうだから動物園に行かない?」


 「動物園?カップルより家族連れで行く場所じゃないのかな」


 「…そう?でもいきなり二人で映画やカラオケよりもハードルは低いと思うよ」


 そうか、彼女も照れているんだ。それに僕も薄暗い映画館やカラオケに松原さんと2人でいても気まずいだけだ。


 「そうだね。僕も動物園でいいけど…待ち合わせ場所と時間はどうするの?」


 「動物園行きのバスがあるから10時に駅前で待ち合わせよ」


 「10時駅前ね」


 復唱した僕を笑顔で見ていた松原さんが可愛く思えた。


 「じゃあ、明日楽しみだね」


 部活を終えて僕達だが、松原さんと家の方角が違うので自転車置き場でお別れとなる。この日部室で読んでいた本の内容がほとんど頭に入ってなかった。


 家に帰った僕は、デートの服装や会話を盛り上げるネタをネットで探しまくった。だが、女性とデートしたことない僕にはよく分からず結局いつもの自然体で行くことにした。


※※※※※


 翌朝、見た目だけでも良くしようとクリーム色のコーチジャケットの下に白のTシャツ、紺のデニムパンツにスニーカで駅前に向かった。


 「おはよう、上村君。なかなかお洒落だね」


 挨拶をしながら現れた松原さんは、白のブラウスを身につけていた。袖のあたりはフリル付きで胸元にリボンがあしらわれている。下は紺のプリーツスカート、ブラウスと合わせて清楚な文学美少女の印象を受けている。


 「おはよう、松原さん。そういう松原さんこそ凄く似合っているよ」


 えへへへっと、笑って返事する彼女が小動物みたいでとても可愛い。


 「それじゃ、行きましょう」


 2人でバスに乗り込み他愛もない話をしながら15分、動物園に到着した。バスを降りるとアスファルトを照り付ける日差しが眩しい。


 「やっぱり日差しが凄い。日焼け止め塗ってきて正解だった」


 「さすが花の女子高生。暑さ対策万全だね」


 「私インドア派だから色白いでしょ。外で遊ぶこと本当に少なくて…動物園に行こうと言ったのも外で遊びたかったのと内気な自分を少しでも変えたくて…」

 

 「それで動物園だったんだね」


 「それに動物の動きは特徴的で作品にも影響しそうって思ったから…」


 そう言いながらチケットを買った僕達は園内に入り、まずはスネークハウスに向かった。


 「見て、ヘビのあの動き方、特徴的でしょ。ヘビは肋骨で動くみたい、まるでキャタピラみたい」


 「松原さんよく知っているね。ヘビとか爬虫類苦手な女子は多いと思うけど」


 「うーん、私見た目で判断するのは嫌かな。ヘビやトカゲだって進化の末にああなった訳でしょう」


 やっぱり特別賞をもらう文学女子は他の女の子より視点が違うな。彼女の新たな一面を知った僕達はスネークハウスを出て、ペンギン広場に向かった。


 「ペンギンって見ているだけで癒されるよね」


 「そうだね。あのヨチヨチ歩きの集団が崖に登るみたいだね」


 「あ、それ知ってる。天敵から逃げる為にあえて崖で子育てするんでしょ。確かファーストペンギンだったっけ?」


 「そうそう、他にもペンギンは一生パートナーと共に過ごすみたいだね。夫婦の絆は強くて、離婚率は低いらしいよ。純愛を貫くって感じだね」


 ついそう言って松原さんを見たら顔を赤くして俯いている。なんだか言った僕も恥ずかしくなって俯いた。空気を察した松原さんが、


 「…あのさ、上村君、読み専じゃない。よく読んでいる、なろうでは恋愛小説で人気ある作品はどんなのが多いの?」


 「現代恋愛じゃ学園ものが人気だね。陰キャラの主人公が美少女幼馴染や小悪魔後輩に惚れられるってものが定番かな。異世界恋愛なら婚約破棄や貴族廃嫡から恋愛するものが人気あるね」


 「へぇー。他には?」


 「あと人気なのは家出中のJKを拾って同棲するやつかな」


 「犯罪の臭いしかしないじゃない」


 「ラノベの良さはありえないけど、もし現実であれば嬉しいことを読者が想像していくのが最大の魅力だよ。普通は美少女、小悪魔後輩、イケメン幼馴染、家出JKを拾うとかまずありえないだろ」


 「普通はないわ。イケメン幼馴染もまずいないわね」


 「そうそう。けど松原さんが目指す文芸コンクールは純愛のほうが読み手にウケがいいんじゃないの?」


 「そうなの…それで困っていたのよ。恋愛経験ゼロの私がどうやって純愛を書くのよ。女の子の心境や男の子との距離感も分からないのに…さあ、次はサル園に行きましょう」


 サル園に移動したが、サル達は暑さでだれており、ぐてぇーと寝そべっているだけだった。


 「あちゃー、サル園は秋とか冬のほうがよかったね。サルは寒いとよく仲間とハグをしているから」


 「ああ、それはちょっと見たかったかな」


 「残念だけど…次はアフリカパークの広場に移動してお昼ご飯でもどう?」


 「賛成。何か買ってこようか?」


 首を横に振りながら松原さんがバックから何かを取り出した。


 「じゃーん、優奈特製手作り弁当でーす」


 「…おおー、なんかカップルっぽいね。デートしているなぁって、実感するよ」


 「そうでしょ。この卵焼き今日は上手く焼けたんだ」


 弁当箱を開く松原さん、唐揚げ、卵焼き、タコさんウインナー、ナポリタン、おにぎりと美味しそうだ。


 「上村君の好みが分からないから定番の物にしました」


 「何か凄く嬉しいよ、ありがとう。そしていただきます」


 まずは上手く焼けたといった卵焼きに箸を伸ばす。パクっと食べるが旨い。


 「美味い、適当な塩加減と甘みが絶妙なハーモニーでとっても美味しいです」


 「ぷっ、上村君口調がなんかピコ麻呂っぽい」


 続いておにぎりや唐揚げに手を伸ばすが美味で箸が止まらない。何だ、この唐揚げは下味も上手だし、おにぎりも中に鰹節を混ぜてある。ナポリタンも美味だし、適度な大きさのタコさんウインナー、無限に食べられるぞ、この弁当。我を忘れてあっという間に弁当を平らげてしまった。松原さんはキョトンとしながらこっちを見て、


 「上村君…」


 「ごめん、美味しかったから。気づいたら無我夢中で食べていた。こんな美味しい弁当初めて食べたよ。ご馳走様でした」


 「お粗末でした。上村君が夢中で食べている姿を見ていたら色々書けそうだよ。彼氏に美味しいと言ってもらおうと必死で料理を作る女の子の心境が良い感じに思い浮かんだよ」


 「そっか、少しは協力できたかな」


 「次は公園でデートしよう。また優奈特製弁当作るから」


 「…僕は嬉しいし凄く役得だけど…松原さんはいいの?」


 「私の我儘に付き合ってもらっていますからそれぐらい構わないよ。それに上村君の食べている姿を見ていたら作り甲斐があるし」


 満面の笑みで答えてくれた松原さんと二回目のデートの約束をした僕は、この後アフリカパーク、アジアンエリアの動物を見たがよく覚えておらず、それくらい浮かれていた。帰りのバス内で、


 「上村君、明日の用事は?」


 「明日は朝から夕方までバイトだよ。駅前の『三津家』ってラーメン屋で」


 「あ、知ってる。いつも行列が出来ている豚骨ラーメンの有名店だよね。やっぱり忙しいの?」


 「11時から13時過ぎまで厨房は戦場だよ。その分時給はいいし賄いも付いているからね。下っ端のバイトは14時まで昼飯食べられないけど…」


 「賄い飯?ラーメン屋の賄い飯ってどんなの?興味あるわ」


 「うーん、大体残りものが多いけど店で出せないチャーシュー丼や炒飯、残った煮卵が多いかな」


 「へぇー。ラーメン屋って女の子一人じゃ入りにくい場所なの」


 「僕でよければいつでも付き合うけど…」


 「本当!?やったー!じゃあ、いつか一緒にラーメン屋に行こう!」


 昨晩、デートについて色々調べたのが馬鹿らしくなった。松原さんといると何気ない会話でも楽しいし、気兼ねなく会話ができる。無理に自分を繕う必要もない。そんなことを思いながら話を続けていたが、あっという間に駅に着いた。バスを降りたら、


 「じゃあ、ここでお別れだね。今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう」


 「こちらこそ初めて女の子とデートだったけど凄く楽しかった」


 バイバイっと言いながら自転車で去っていく松原さん、僕は歩いて帰宅した。夜に松原さんから再度今日はありがとうってRINEがきたのでこちらこそありがとうと返事した。ずい分前からお互いのアドレス知っていたのに初めて連絡し合った。


※※※※※


 翌日、早朝のランニングを終えた僕はバイト先の『三津家』に向かった。

 休日の有名ラーメン店の厨房は戦場である。バイトの僕は同じくバイト仲間の上井と洗い場で器をひたすら洗う、食洗機にかける作業をこなしていた。お昼の修羅場も乗り切り先輩達が次々と休憩を取り始めていると突然大将が、


 「大樹、彼女が来ているから6番テーブルに行け!」


 と言ってきた。彼女?と思い6番テーブルを見ると、松原さんが座りながら僕を見て手を振っていた。慌てて松原さんのいるテーブルまで駆け寄って、


 「いきなりどうしたの?」


 「昨日大樹君がいつでも付き合うっていってくれたからラーメン食べに来たよ。迷惑だった?」


 松原さんが僕の呼び方を変えていた。彼女役をやってくれているのか…。


 「……全然迷惑じゃないよ」


 「あっ、少し間があった、迷惑と思ったでしょ。この時間なら大樹君空いているかなって思って、あの怖いオジサンに大樹君食事終わりましたか?って、聞いたの。そしたら彼女さんかって、勘違いされて…そのごめんなさい」


 「昨日の今日だからまさか来るとは思わなかったよ…それに彼氏役になって少し驚いただけ…あの怖いオジサンはこの店の大将だよ。それより優奈は何にするの?お勧めはチャーシューメンかな」


 僕も松原さんに合わせて呼び方を変えてみたが少し恥ずかしい。松原さんもはっとして、顔を少し赤く染めながら、


 「じゃあ、チャーシューメンで…」


 ニィーと笑う松原さん。先輩が注文を取りに来たのでチャーシューメンを2つ頼んだのだが…チャーシューメンの他に大将が気を利かせて賄い用の半チャーシュー丼を2つ追加してくれた。早速出てきたラーメンをすする松原さん。


 「美味しい。豚骨ラーメンって濃厚で脂ギッシュなイメージがあったけど、パワフルで中毒性があるね。それにこのチャーシューも良く煮込んでいて美味しいし、ソースがご飯と良く合うね」


 「ここのラーメン中毒性があるからリピーターも多いんだ」


 「ただ…今日は晩御飯抜きね。摂取カロリー多いもん」


 苦笑する松原さん、結局全部平らげてテーブルを立つ僕達。大将にお礼を言った後、レジでお金を払おうとする松原さんに大将が、


 「彼女さん、お金は大樹のバイト代から引いとくからいいぜ!」


 と強引に話を進めてしまった。彼女はえっと、驚いていたが店を出る前に僕を見ながら、スマホを指さしていたので後で連絡するって意味と受けとった。


 「彼女いないって言っていたじゃないか、大樹!いつの間にあんな可愛い彼女作りやがって此畜生!」


 この後、バイトが終わるまで先輩や上井からウザ絡みされるが悪い気はしなかった。


 バイトを終えてスマホを見ると、松原さんから近くの公園で待っていますと連絡があったので、慌てて着替えて店を出て公園に向かった。


 公園の東屋で本を読んでいる松原さん、美少女は何をやっても絵になる。


 「松原さん!」


 東屋に駆け寄り声を掛けると、彼女はこっちを向いて笑顔で答えてくれた。


 「今日はバイトの邪魔をしてごめん。それにラーメン代ごめんね。お金払うから」


 財布からお金を取り出そうとする松原さんにいいからと言って押し止め、


 「…僕も嬉しかったから。嘘でも松原さんが彼女役になってくれて…実は店の皆に誤解を説いてないんだ」


 「そうなんだ…ねえ、大樹君。二人の時は名前で呼び合おうよ」


 ハニカミながら松原さ…優奈が言った。


 「…うん。名前で呼ぶのは少し恥ずかしいけど…優奈がいいなら…」


 正直凄く恥ずかしかったし、多分僕の顔は紅潮しているはず…。


 「大樹君、少し歩こう」


 立ち上がった優奈が公園内を歩き出す。


 「そういえば大樹君、去年の体育祭凄く足速かったけど中学で何部だったの?」


 「陸上部、中学で100mと200mの選手だった」


 「へぇー。それであんなに足が速かったんだ。最終成績はどうだった?」


 「県大会5位入賞でした」


 「県で5位!?何で陸上部じゃなくて文学部に入ったのよ?」


 「…2年3組にいる陸上部の藤田淳と山下梨花、知っているかな?」


 「知っているよ。学年でも有名なカップルだよね」


 「あの二人と同じ中学だった。当時僕は山下さんが好きだった。最後の県大会で3位以内に入ったら告白しようと思っていたけど…、結果は5位で告白出来なかった」


 「そんな…順位なんて関係ないのに、5位でも充分凄いじゃない!何で告白しなかったの?」


 「願掛けのようなものだったから…大会が終わった後も、今日こそは…明日こそは告白する…って、日延べしていたら淳が先に山下さんに告白して、淳から山下さんと友達から付き合いだしたって聞いた。心底後悔したし、それ以上に不甲斐ない自分を許せなかった」


 「…それで陸上部に入らなかったの?」


 「あの時の後悔をずっと引き摺っていたから。それに好きだった山下さんと淳が一緒にいるのを見るのが耐えられないと思ったから」


 「…文学部に入ったのは何で?陸上部以外なら何処でもよかったの?」


 「…文芸部を選んだのは本を読むのが好きだから。好きなものにのめり込めば山下さんを忘れられると思って。それで陸上は止めたけど毎朝ランニングや筋トレは今でも続けているんだ。こんな自分が、恰好悪すぎて嫌になるよ」


 「だから文学部なのに体格いいのか、…大樹君も青春していたんだね。振られても前に進めば…恰好悪くてもいいじゃない」


 「自分でも臆病だと分かっているよ。ここ一番の勝負はいつもチャンスを逃していたから…振られると思って心の何処かでブレーキが掛かるんだ」


 無言で僕を見つめていた優奈が不意に、


 「…ねえ大樹君、手を繋ごうよ」


 「…いきなりどうしたの?」


 「必死に足掻いて自分を模索している大樹君にとても興味が湧いたから」


 そう言って優奈が手を伸ばしてきたので僕も手を差し出してそっと繋いでみた。ちらりと優奈を見ると顔が赤い…おそらく僕も赤いはず、照れながらとてもドキドキしていた。…気まずい、ただ勇気を出して踏み込んでくれた優奈に申し訳ない気分になったので、


 「…僕は今とってもドキドキしているよ。それに優奈って名前を呼ぶだけでもドキドキするし…」


 素直な気持ちを述べた。


 「…私も同じでドキドキしているよ。何か恋愛小説書けそうな気がしてきた」


 「お役に立てて嬉しいです」


 「ねえ、今も山下さんのこと好きなの?」


 「これっぽっちもないよ。好きというより好きだった、過去の思い出になっているよ」


 「…そう」


 その後恥ずかしさから二人とも無言になりしばらく公園内を散策したけどずっとドキドキしっぱなしだった。駅前の自転車置き場で自然と手が離れたが別れ際にバイバイっと言った優奈のとびっきりの笑顔が凄く眩しかった。


※※※※※


 帰宅すると優奈から小説を書き始めたと連絡があった。


 彼女が今回狙っている秋の文芸コンクールは、お題は何でも構わないが40000-60000文字以内、原稿用紙100-150枚と長編で大作となる。期限は10月12日までで、1か月ちょっとしかなかった。


 一日3000文字書いても15日から20日かかり、誤字、脱字、手直しを考えると日数の余裕はほとんどない。


 得意な推理やヒューマンドラマを書けばいいのに、それでも彼女は恋愛小説を書こうと決めたのなら、出来る限りサポートしよう。そうRINEで返事しておいた。


※※※※※


 小説を書き始めた優奈は部室で終始喋らず、パソコンと睨めっこをしている。時折腕組みをしたり頭を掻き毟ったりして、見ていて楽しい。1年半も一緒の空間に居ればちょっとした彼女の動作で順調かスランプかすぐ分かる。彼女は今回初めて挑戦する恋愛小説に悪戦苦闘しているようだった。


 普段、僕は彼女の邪魔にならないように黙々と本を読むが、優奈の不調が長いようなら売店でお菓子とコーヒーを買ってくる。金曜日、今週3回目の売店でお菓子を購入し、優奈に渡しながら声を掛けた。


 「苦戦しているようですね」


 「そうなのよ。…やっぱり2回程度のデートじゃまだまだ分からないわ。大樹君、明日もデートに行こう。いや今月の土曜日は全部私とデートして…いや土曜日だけじゃ足りない。日曜日もバイト終わったら少しでいいから遊ぼうよ」


 そう言った優奈は上目遣いで、僕の返事を待っていた。美少女からの頼み事で上目遣いは反則、どんな無理難題でもOKしたくなる。彼女をサポートすると決めた僕は、


 「いいよ、土日も遊ぶの。明日はどうする?」


 「11時に公園、優奈特製手作り弁当付きで」


 「完全に僕の役得だよ。…それにバイト先で大将に言われたんだ、彼女とのデート代しっかり稼がないとなって」


 「じゃあ、来週は映画、再来週は遊園地だね」


 そう言って、フフフっと優奈が笑った。


※※※※※


 文学部の僕達はカラオケやゲームセンターに行くより、公園や図書館のほうが落ち着くのだが、作品のボキャブラリーを増やす為、九月中は定番のデートスポットの公園、映画館、遊園地、カラオケ、ゲームセンター、ファーストフードと色々回った。

 

 いつからか分からない…いやラーメン屋に来てくれた時から一緒にいて楽しい彼女に僕はとっくに惚れていたが、今の関係が崩れるのを恐れて相変わらず想いを伝えきれないまま、十月になった。


 いつもの優奈なら2週間前に書き終えて、誤字、脱字、手直しの作業に掛かっている。しかし今回は書き終えておらず、パソコンの前で腕を組んで睨めっこをしたままで、


 「書けない…書けないよ」


 と呟いていた。彼女をサポートしたいがこればかりは作家の独創性なのでどうしようもない。焦る優奈を黙って見守り2日経過した。


 次の日、僕は明日の体育祭での学年別クラス別対抗リレーのアンカーなので、5組のクラスメイトと練習してから部室に向かったが、パソコン画面を開いたまま優奈は何処かに行っているようだ。恐らく屋上だろう、彼女は行き詰ると屋上でぼーと外を眺める癖がある。


 優奈に悪いが何処まで出来ているか画面をスクロールして作品を読み始めた。




 タイトルが『告白出来ない鈍感な彼』、…僕に身に覚えのあるタイトルだった。


 しばらく読み進めるが……これ主人公どう考えても僕じゃないか、それにヒロインは優奈で間違いない。名前こそ変えているが今まで優奈とデートした場所が描写され、ヒロインが鈍感な彼は私の気持ちが分からないと書いている。


 体育祭の学年別クラス対抗リレーでアンカーの主人公が陸上部のエースと競い合って勝利し、主人公がリレー後、ヒロインを体育館裏に連れ出したところで途切れている。


 ……えーーーーー!!


 この展開どう考えても告白の場面だ…それで、彼女は書けない、書けないと呟いていたのか…見なかったことにしよう…。

 部室で優奈を待っていたが結局帰って来なかったので一人で帰ることにした。


 家に帰り部屋で優奈の作品を思い出しているが、リレーに勝って告白…いや、自分の気持ちに素直になるべきか。


 リレーの勝敗の問題ではなくて、僕はとっくに優奈に惚れている。あの後悔だけは2度としたくない。今日優奈が帰って来なかったのも僕に作品をあえて見て欲しかったからだ。ここ数日、彼女はずっと僕からの告白を待っていたのだろう。


 「本当にタイトルどおりの男で嫌になる」


※※※※※


 翌日の体育祭、午前中の騎馬戦に参加した後、午後のクラス対抗リレーまでフリーとなる。この時間に2組にいる松原優奈を必死で探しているが見当たらない。


 「優奈、何処に行ったんだよ」


 結局彼女を見つけられず午後の学年別クラス対抗リレーの時間となった。各クラスで選抜した男子4人、女子4人の計8名が競い合うので盛り上がる。

 アンカーの男子は、サッカー部、バスケット部、野球部、陸上部と強豪揃い、文学部の僕を見た陸上部の藤田淳は、


 「久々に大樹と競争だけど、手を抜くなよ」


 「800mメインの淳がスプリンターに勝てると思う?」


 「元スプリンターだろ」


 バチバチ火花を散らしていた。


 スターターピストルが、バーンと響き学年別クラス対抗リレーが始まった。学年は全部で7クラス、どこも選抜メンバーだから一進一退の攻防が続く。


 3組は、7人目が陸上部の山下さんで2位に繰り上がり淳にバトンを繋ぎ、5組はバスケット部の大場さんが5位で繋いでくれた。


 1位との差は15m程度、アンカーはトラック1周走るので200mあれば逆転出来る。


 中学時代僕のベストタイムは100m11.1秒あの頃より0.2秒くらいは縮めたはず、スプリンターで重要なのはフォームと歩幅、バトンを受け取った僕はトップスピードに乗り4位、3位のランナーを一気に抜き去った。


 「行けー、大樹!」

 「上村君!」


 5組のクラスメイトが大声で声援してくれている。前にいる淳が1位のランナーを抜き去るのが見えたが、背中を捉えた。


 直線で2位のランナーを抜き去り、淳の背中に迫るが残り100mを切って、カーブに差し掛かる。淳もこの1年でタイムを縮めたはず、昔なら一気に抜けたのに差が徐々にしか詰らない。万事休すか!


 「大樹君!大樹君!大樹君!」


 この声は優奈、声援で地面を蹴る力が更に強くなり、淳に迫る。残り10mを切ったが後1歩に捉えほとんど並んだ。


 「「ウオオオオー!!」」


 ほとんど同時にゴールした僕と淳。結果はビデオ判定と体育祭では異例の出来事が起こった。固唾を呑んで成り行きを見守る3組に対して5組のクラスメイトはお祭り騒ぎで大樹!大樹!大樹!と騒いでいた。


※※※※※


 判定の結果、胸差で3組が優勝、5組は2位だった。一気に騒ぎ出す3組、5組はお構いなしに騒いでいる。


 「くそー、今回は大樹に勝てると思ったのに。毎日走っているだろ、大樹!」


 「まあね。悔しがる淳の顔が見てスッキリしたよ。リレーでは負けたけど内容的には僕の勝ちだろ」


 淳とクラスメイトに解放された僕は、優奈のいる2組のテントに向かった。


 「優奈!」


 彼女を見つけた僕はつい大声で叫んだ。


 「大樹君…」


 テントにいた彼女は虚ろな表情をしていて僕と目を合わさなかった。


 「話があるんだ」


 そう言って優奈の手を引っ張りテントの外に連れ出すと2組の同級生からからかわれた。


 「強引でごめん」


 「…いや、私も大樹君に話があったから」


 「体育館裏でいいか?」


 そう言うと、優奈はハッとした表情になった。体育館裏に移動する僕達、幸い誰もいない。


 「悪いと思っているが、優奈の書いている作品ここまで読んだよ」


 「知っているよ、パソコン画面そのままにしていたから」


 「そうか…。リレーでは負けたけど自分の気持ちはもう誤魔化さない」


 「それでどうするの?」


 「本当にタイトルどおりの男で自分が嫌になるけど…気兼ねなく話せる優奈と一緒にいれてどこか安心していた。この関係がずっと続けばいいのにって、…けどそれじゃあ駄目なんだ。自分の気持ちを言葉にしないと優奈に伝わらないから」


 僕の顔は恥ずかしさで紅潮しているはずだろう。大きく深呼吸した僕は、しっかりと優奈を見つめて言った。


 「優奈好きだ!大好きだ!僕の彼女になってほしい」


  優奈の大きな目が更に見開いていく。


 「嬉しいよ、やっと言ってくれて。私も大樹君の事大好きだよ…」


 「…本当は『三津家』に来て一緒にラーメン食べた辺りからずっとドキドキして、優奈のこと意識していたんだ。関係を壊したくなくて我慢していたけどもう感情に蓋をしない。なあ優奈、抱き締めていいか?」


 コクンと頷く優奈がとても愛しく抱きしめた。優奈の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、彼女の鼓動伝わってくる。僕の顔を見つめる優奈の顔は真っ赤だが、


 「大樹君、顔真っ赤!」


 僕の顔さっきよりも更に紅潮しているだろう。僕の耳元で、


 「今日の大樹君誰よりも輝いていた。5位だったのにあっという間に3人抜いて、陸上部の藤田君とデッドヒートして手に汗握る走りだった。見ているだけで涙が出てくるくらい格好良かったよ」


 「…ありがとう。優奈の声援を聞いたから、聞こえたから最後まで踏ん張れた。いつだって優奈は僕に力をくれる」


 「私だって同じだよ。大樹君といるとドキドキが止まらない。ずっとこうしていたいけど…ねぇ、そろそろ追い込みを掛けないとコンクールに間に合わないよ。今なら書ける、完結出来そうだから」


 「そうだね。これから部室に行きますか」


 文学部の部室に移動した僕達、優奈はまたパソコンと睨めっこを始めた。タイピングする音が心地よく不思議と聞き入ってしまう。


※※※※※


 二日後、彼女は作品を完成させたがタイトルは、『亀の恋愛』に変わっていた。


 「それじゃ、大樹君。一緒に誤字、脱字しっかり探して」


 「はいはい」


 何度も見直し、彼女も手直しを加えて期限ギリギリで出展できた。


 「どうにか間に合った。コンクールは間に合ったけど次は中間テストに文化祭の準備で忙しいね」


※※※※※


 本当に目まぐるしい日常が続いたが、優奈と過ごすので時が経つのも早く、瞬く間に過ぎ去っていく。中間試験に文化祭を終え、秋のコンクールの結果が発表された。


 「あった、優良賞だ」


 最優秀賞、優秀賞に続く賞だったので彼女も満足気にしている。


 誤算だったのが優奈の奴、タイトルは『亀の恋愛』に変えたが、主人公の名前を『村上大樹』、ヒロインを『竹原優奈』で出展していた。


 優良賞に選ばれたおかげで、学校のHPから作品にアクセス出来て読めるので、誰と誰の恋愛話か一目瞭然、外堀は完全に埋められてしまったのだ。今もクラスメイトに嘲笑されて、告白出来ない鈍感な亀さんと呼ばれている。


 「これで優奈と別れたら皆に殺されるよ…完全に悪者扱いじゃん」


 「仕方なかったのよ。体育祭の大樹君本当に眩しかったから。先に手を打っておかないと女狐達がやって来るから」


 「僕がモテル訳ないだろう」


 「冬はイベント尽くしでしょ。クリスマスにお正月、バレンタインに二人の誕生日もあるじゃない。その辺りも作品の糧にしたいから協力してよ、大樹君」


 「ああそうだった。これから楽しいことだらけだね」


 「それに恋愛小説の醍醐味、性描写の表現も学ばないと…」


 「…進展するってことですか?もっと踏み込んでいいですか?」


 「どうだろう?大樹君、カメさんだからね。それに性描写を巧く表現できたら新たに官能部門も開拓出来そうだし」


 …優奈といると僕のドキドキは止みそうにない。


この度は数ある作品の中から拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、下の☆で応援してくださると嬉しいです。


作者マイページから他の作品にも目を通して頂けると幸甚です。

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