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8話目 M51

 私はかつて宇宙人と交信していた。

 その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。本当に宇宙バカだったと断言できる。多分今でも宇宙バカだ。多分、だけど。そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。でも、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人物の出現で、私はメールのやり取りを辞めることとなった。


 宇宙人の彼女がその人物である。私はその彼女を火星人だと信じている。宇宙人と火星人のカップルを見るたび私はニヨニヨしてしまう。宇宙人と火星人のカップルが円満なのに比べれば、私のメールができないことなんてどうでもいい。

 まあ、メールの内容は私の八つ当たりが主だったし、特に意味のあるものでもない。だから、宇宙人との交信はそれで終了になった。

 代わりに八つ当たりをする相手は確保した。勿論絶賛八つ当たり中だ。


「那奈ちゃんは悪くない。むしろ素直だよ」


 偽勇者による服装のレクチャーがなくなったせいだろう。男の娘の服装は元のクオリティに戻った。寒くなってきたなと思ってるくらいなのに、どうしてそんなにひらひらの薄い布地のスカートを履いてるんだろうと思ってたら、一瞬何の話をしていたか忘れそうになった。そうだ、八つ当たり中だった。


「……どこが素直なの」


 男の娘を騙してつきあっていた時と違った、むしろ性格が悪そうな雰囲気を隠さない偽勇者を“素直”と評価していいものなのだろうか。


「だって、“私”にもみゃーにも本性を隠す必要がないと判断したから素でいるんでしょ。別にいいじゃない」

「……いや、素だとかどうかじゃなくて。あれは“素直”って言える評価じゃないよ」


 男の娘は首を横に振る。


「だって、“私”のこと気持ち悪いとか、みゃーのこと地味だとか、そんなこと直接言ってくれる人いないよ」

「それは素直って言わない。正直って言うか毒舌で、日本人としては褒められない性質のものだよ」


 そう、素を出すようになった偽勇者は、毒舌の嵐だ。男の娘に直接“気持ち悪い”と言いのけた女子を初めて見た。皆遠巻きにしていて心の中では思っているかもしれないが、直接言ったのは、最初の頃に男の娘に絡んできていた少数の男子くらいのものだったから。私は単に深入りしたくないから言ってないだけだ。


「そう? “私”は好きだな」

「それは自分が彼女のことを好きだからでしょ。ドMとドSでぴったりだね」

「やっぱり? 良いこと言うね!」


 褒めたつもりはさらさらないが、頭の中がお花畑な男の娘には褒め言葉に変換されたらしい。幸せそうで何よりだ。毒気を抜かれた。男の娘には八つ当たりする甲斐もない。


「こんなところで食べてないで、彼女と一緒にご飯食べたらどうなの?」


 八つ当たり相手にもならないなら、もうお帰りいただいてよい。


「今日は学食には行かないって言われた」


 既に接触済みか。……しかし男の娘も諦めないもんだな。私は男の娘と話す気もなくして、窓の外を見た。


「入れて」


 私と男の娘の間にもう一つトレイが並ぶ。ああ、またか、と一瞬思ったけど、違和感が半端ない。


「ケイスケ先輩?」


 私よりも先に視界に宇宙人を入れただろう男の娘の声に、そうだよ、宇宙人だ、と思う。横を見れば、前と変わらぬ様子の宇宙人が座っていた。


「どうしたんですか?」


 私と男の娘の表情を交互に見比べた宇宙人が、ぷ、と吹き出す。


「何? 俺そんなにレアキャラになったの?」


 私と男の娘は二人そろっているはずのない宇宙人を凝視していた。


「だって……半年ぶりくらいですから」


 私の言葉に、宇宙人が怪訝な顔をする。


「俺、夏休み前には会ってるよね? 四か月くらいじゃない?」


 今が十一月であることを考えると、そうなのかもしれない。まあ、正直細かい日数など覚えていないわけで、感覚的に半年くらい会ってないような気がしているだけだ。


「あの、彼女さん……いいんですか?」


 男の娘がきょろきょろと学食を見回す。


「え? 何で俺がここに座るのと彼女が関係するの?」


 え? と私と男の娘が宇宙人を見る。……えーっと、宇宙人の友達情報によると、束縛系の火星人が宇宙人を捕獲したんじゃなかったっけ?


「あの……シロー先輩が……彼女さんが……そのう……ケイスケ先輩といつも一緒に居たがる子だって言ってたんで」


 男の娘にしてはナイスフォローだ! 流石に束縛系なんでしょ、って本人には言えないよね!


「ああ。別にいいよ」


 宇宙人は火星人が束縛系であることは否定はしないものの、本当に何でもないことのように流す。


「先輩はいいかもしれないですけど……。彼女さん的には? ……私とか特にまずいんじゃないですか?」


 束縛系であり友達と遊ぶのすら許可が出ないのに、隣に女子が座るとか許されないことなんじゃないだろうかと思う。女子怖い! 逆恨み嫌! 私はつい最近知った女子の恐ろしさを思い出してぶるりと一度震える。


「先輩、じゃ、私これで……」


 立ち上がろうとした私のトレイを、こともあろうに宇宙人はしっかりと押さえつける。


「まだ食べてる最中だろ。ほら、座る」

「あの……私も命は惜しいんで」


 もうなりふり構っていられません! 言葉を選ぶなんてできない!


「別に命が取られることはないから」


 だって火星人だよ! 私の知らない攻撃方法があるかもしれないから!


「……先輩は女性の嫉妬がどんなものか知らないから、そんなこと言えるんですよ」

「大丈夫だって。単なる後輩に嫉妬するって、どんだけ俺のこと信用してないんだよ、って話だろ」


 冷静にそう話す宇宙人に違和感を感じる。そっと男の娘に視線を向ければ、男の娘もその違和感を感じたようで、神妙な表情になっている。


「……まあ、そうですけど」


 私は諦めてその場に座りなおす。


「あの……ラブラブ……なんですよね?」


 男の娘をさっき褒めたのを撤回したい。なんでそんなストレートに聞いてやるんだ! そっとしておいてあげようよ。きっと何か巻き込まれちゃうよ!


「後輩にラブラブとか尋ねられるのって、痛いな」 


 宇宙人は飄々とそう言いのけると、箸をすすめる。


「……すいません。イチャイチャ、の方が良かったですか?」


 違うよ、男の娘。


「まだお花畑にいますよね?」

「それ、もっと痛いから」


 あー、と頭を抱える宇宙人を見ながら、やってしまった! と思う。ついつい足を踏み込んでしまった! いつの間にか私のDNAには宇宙人を突っ込まずにはいられないDNAが埋め込まれたんだ! 何て呪いだ!


「俺、そういう風に見えたの?」

「ええ、間違いなく」


 既に足を踏み込んでしまったため、もう開き直って以前のように話そうと思う。もう今更だ。逆恨みは怖いけど、しょうがない。


「真顔で言われるとか、ダメージ大きいんだけど」

「いや、でもものすごくいちゃついてました」


 男の娘が更に宇宙人の傷をえぐったらしい。宇宙人が羞恥のためか顔を赤らめる。男の娘よグッジョブ!


「俺、浮かれすぎてたな」


 ぼそりと呟いた宇宙人の言葉に、私はその通りと静かに頷いた。


「分かった風に頷くなよ。めっちゃ恥ずかしいんだけど」


 宇宙人に睨まれたが、私は無視を決め込んだ。恥ずかしいのは自分の行いのせいだ。


「でも、先輩。浮かれるのも分かります。“私”も最初は浮かれました」

「は?」

「タケノシンは、つい最近彼女ができたと思ったら、実は他に本命がいて振られたんです」


 意味が分からない様子の宇宙人に、私は男の娘への礼儀的に小さな声で情報を補足する。男の娘に睨まれたが想定内だ。


「は?」


 どうやらそれでも宇宙人には分からなかったらしい。


「タケノシン、彼女ができたって浮かれてたんです。最初は」


 端的に説明したのに、宇宙人は目を見開いて私を見ている。これ以上どう説明しろと?


「二人が付き合うのかと思った」


 宇宙人の口から出てきた言葉にデジャブを覚える。友達と揃いも揃って勝手に勘違いしてるな!


「どんな思考回路したらそう言う結論になるんですか」

「そうですよ。“私”に失礼ですよ!」


 男の娘がむっとしている。分かる。男の娘にも選ぶ権利はある。勿論私にもな!


「いや、いい理解者だから……なぁ、とか思ってた」

「すいません。私はこれっぽっちもタケノシンを理解した気がしないんですが。未だに謎しかない生き物ですけど」

「そうなの? 仲いいだろ、二人」

「どこをどう見たらそう思うんですか」


 はぁ、と大きくため息をつけば、宇宙人が肩をすくめた。


「まあ、そういう風に見えるってこと」

「まあ、先輩たちもものすごくいちゃついているバカップルにしか見えませんでしたしね」

「ちょっと、みゃー! 先輩にバカップルとか言わない!」 

「はい、すみませんでした」

「先輩たちは単に人目をはばからずいちゃついてただけだから」

「タケノシン、お前俺に恨みがあるんだな」


 宇宙人が男の娘をジト目で見る。


「先輩たちがイチャイチャしてるの見てて彼女欲しくなって騙されたから、逆恨みくらいしてるかもしれないですよね」


 一応男の娘を援護してみた。


「……そうか。悪かった」

「ケイスケ先輩あんなにイチャイチャしといて、何が不満なんですか」


 私の説明にむっとした男の娘が、遠慮を忘れたようで核心をつく。


「不満……なのか? 何か……ずっと違和感があって、それが気になって仕方なくなってきたってところかな」

「何が違和感なんですか」


 私は追及を男の娘にまかせ残りのご飯に箸をつける。違和感、ね。


「彼女ともう何年も前からメールのやり取りだけはあったんだけど、そのやり取りって、すごく不思議な感じだけど……何と言うか居心地のいい距離感があったんだよ」


 へー、と男の娘が相槌を打つ。私もそうなんだ、と思いながら、宇宙人の言いたいことは何となく分かる気もする。踏み込まないけれど、適度な距離だったと思う。だから、あんな風に長い間私たちのメールは続いたのだ。


「彼女からアプローチされた時には、そのメールのイメージと違ってて、それがギャップ萌え? って言うのかな。あんなメールの内容しか送ってきてなかったのに、実際に会うとこんな感じなんだ、って思うとなんか……まあ、好きになったんだよ」

「……それで、違和感ってそのギャップってことですか?」

「そうだな。その時は気にもならない違和感だったんだけど、付き合えば付き合うほどそのギャップが乖離していくみたいな感じで……俺の知ってる“みはる”とは全く別人みたいに思えてきた」


 それはそうだろう。まあ、真実を知っているのは私と火星人だけだが。


「それで……冷めて来ちゃったんですか?」

「冷静になったって言ってくれる?」

「じゃ、まだ彼女さんのこと好きなんですね?」

「……多分、好きだと思う」


 宇宙人の返事に、男の娘が開きかけた口を閉じた。


「俺が昔から知ってる“みはる”じゃないなら、本当のこと言って欲しいって気持ちはある」


 きっと今なら宇宙人も許してくれると思う。火星人が真実を言うなら、きっとこのタイミングだろう。


「でも……本人かもしれないじゃないですか」


 男の娘の言葉に、宇宙人は首を振りながらスマホを取り出した。


「付き合い始めるときに、メルアドは変えたから、って言われたんだよ」


 宇宙人は何かの画像を開いた。


「それ、何ですか?」


 男の娘が覗き込む。


「M51の画像。……彼女はさ、メールの画像はスマホを変えたから残ってないって言い張ってるんだ」


 なるほど、嘘を成立させるためには、更に嘘を重ねる必要が出てくるわけだ。M51は子持ち銀河と呼ばれている。だが、それ以上の意味があるとは思えないけど。ここでこの銀河の画像を出す意味は?


「でもさ、本当に好きだって思ってる相手のメールを残さないって、あるかな?」


 なるほど、その時点で既に破綻していたわけだ。だけど、きっと宇宙人はそれには目を伏せていた。それが違和感が大きくなるにつれて、確信となって行ったんだろう。宇宙人が滑らせていた指を止めた。


「ほら、このメルアドは生きてる。彼女がメルアドを変えたって言うのは嘘だ。……嘘を重ねたって何もならないって……分かってほしいんだけどね」


 きっと私のスマホには宇宙人からのメールが届いてしまっているだろう。何しろ私はメルアドを変えてないし、変える必要も感じていなかったからだ。ただ、宇宙人のこの感じからするに、きっと火星人さえ素直に謝りさえすれば、二人が別れることはないだろう。火星人は宇宙人に嘘を認めて、メールをしていた“みはる”と違う人間なんだと証明するだけでいい。

 間接的とは言え火星人に手を貸してしまっていた私としてもほっとしたし、宇宙人の心の広さに私は妙に感心していた。


「何で俺こんな話してるんだっけ?」


 はた、と宇宙人が我に返った。


「知りません。勝手に彼女がどれくらい好きか惚気始めたんじゃないですか」

「……ちょっと待て。俺、今惚気た? ……違うよな、タケノシン?」

「いや、先輩結局彼女が嘘ついてたって好きなんだって、惚気てましたよ」


 男の娘が大きく頷く。


「……いや、そんなつもりで言ったんじゃなかったはず」

「無自覚で惚気るって、ものすごく迷惑ですね?」


 とどめを刺すと、宇宙人は耳を赤くする。


「自覚して惚気るのも迷惑だろ?!」

「どっちもどっちですよ」

「いや、絶対自覚して惚気る方が迷惑だ!」


 私は首を横に振る。


「そもそも先輩。自覚して惚気る人間なんて、誰かに嫌味言いたい人以外いませんよ。それとも何ですか。先輩は独り身の我々に嫌味が言いたかったんですか。私は別に気にもならないですけど、タケノシンはきっとショックで寝込みますよ? なにせ振られたばっかりですからね」

「ちょい、タケノシン。会わない間にこいつの口が更に悪くなってる気がするんだけど」


 宇宙人が私を指さしながら男の娘に助けを求める。


「みゃーは元々こんな感じじゃないですか」

「いや。絶対口が悪くなってる」

「ああ、最近ものすごく素直な口の悪い友達ができたんで、その影響じゃないですか」

「何でそんな友達ができたんだよ」


 いや、友達とは認めてないんですけどね?


「私の元カノで、私の好きな人なんです」

「……タケノシン、もう少し好きになる人間選ぼうよ」


 確かに、私も同意したい。


 *


「ね、あなたでしょ。圭介さんに余計なこと言ったの」


 なぜに私はトイレで追い詰められてるんでしょうか。しかも、火星人に。火星人を間近で見られた! とニヤニヤなんてできそうにもない。

 ここ、理学部のトイレですけど、火星人って学部違うんじゃないっけ? 学部で見たことないんですけど。トイレが鬼門か。鬼門なのか。

 秋にもなると、トイレには冷たい風が入り込むようになる。今の私の気持ちみたいだね。


「何も言ってないですけど?」


 本当に何も余計なこと言ってないですよ? イチャイチャしてたね、とか、お花畑でしたね、とか、そういうからかいはしたけど、二人の関係について余計なこと言った記憶なんてないんだけど?


「だって、あなたと学食で一緒にいた後、圭介さんおかしいのよ。俺が知ってる“みはる”じゃないんだろ、って。何で私がそんなこと言われないといけないわけ?」


 だって、メールしてた“みはる”じゃないのは本当なわけだし。結局M51が間違いなく私のメールに届いてましたよ。二つも渦巻いてる星雲選ぶって、かなり宇宙人困ってない?

 ……と言うことは、火星人はもしかして嘘を認めてないってこと? えーっと、あれから一週間くらいは経ってるから、それで追い詰められて私を襲撃に来たの? って言うか、私が宇宙人と学食にいたって、何で知ってるの? まあいいや、とりあえず誤解は解いておこう。とばっちりなんて嫌だ。


「あの時、もう一人男子がいたんですよ? 私と先輩の二人きりでいたわけじゃありませんから」

「そんなことどうでもいいのよ! 圭介さんに変なこと言ったんでしょ!?」

「あの、その男子と一緒に説明しますから。とりあえずトイレから出ませんか?」

「嘘ばっかり! 一緒に居たもう一人も女子でしょ! 騙そうとしないで」


 こんなところで女子認定されてる! おめでとう男の娘! でも、すごく今迷惑! 女装すんなメンドクサイことになってるだろ!


「ねえ、一緒に居たの、本当に男子よ? 女装で有名な八代君、目にしたことくらいあるでしょ? この子と仲いいから」


 トイレの個室から出てきたのは、まさかの偽勇者だった。


「な、何よ!」

「人を責めるんだったら、そういう情報はきちんと取っておきなさい。そもそも八代君を女子認定した人って遠目からしか見てないでしょ。そんな遠目から見てるだけで、“圭介さん”がこの子に変なこと吹き込まれたかどうかすらわからないでしょ。証拠もないのに責めるって、幼稚」


 偽勇者なのに、すごくまともなことを言っていて驚く。……大変申し訳ないが私の偽勇者の人物評は割と底辺にある。


「だって実際に圭介さんが変わったのは、彼女と会った後なのよ!」

「どんな話したのよ?」


 偽勇者に促されて、私は口を開く。


「先輩が昔からメールをしていた子と、彼女が別人だと思うって話をしてました」

「それを聞いて、あわよくばって、変なことを吹き込んだんでしょ!」

「……あのですね、私は聞いてただけで、ほとんど相槌しか打ってませんから。先輩は、本当のことを言ってくれればいいのに、って言ってました。別れるとか一言も言ってませんでしたよ」


 私の言葉に、火星人の目が揺らめく。


「だから、本当のことを言えばいいだけじゃないですか」

「本当のことを……。そんなの、できない」

「さっさと謝ってしまえば、先輩は許すと思いますよ」

「どうしてあなたが圭介さんのことを知った風に話すのよ!」


 何でそこで怒り出すかなぁ。


「そう思ったからそう言ってるだけです。別に先輩のことをよく知らなくても、そう見えることはあるでしょう?」


 現に私にはそう見えたのだ。……もしかしたら真意が他にあったとしても、私には分かりようもない。


「自分が嘘をついてるのに、それがばれたからって人を責めるなんて最低ね」


 偽勇者の一言に、火星人が唇をかんでトイレから出ていく。ほっと息をつくと、偽勇者にぺこりとお辞儀をする。


「いいわよ、お礼なんて。事実しか言ってないし。でも田崎さん、私に言い返すときにははっきり言ってるのに、彼女にはマイルドだったわね」

「まあ、多少お世話になった先輩の彼女ですし、二人が別れればいいとか思ってるわけでもありませんからね。まあ、マイルドにもなりますよ」

「……嘘ついて付き合おうとする根性の人間にやさしくする必要はないわよ」

「ご自分のこと言ってますね?」


 偽勇者に打って出ると、偽勇者がにやりと笑った。何だか背中がぞわりとしたけど……気のせいかな? 気のせいだよね? きっとトイレに風が吹き込んできただけだよね?


「ね、みゃー。この後授業あるの?」


 偽勇者は唐突に私のことをみゃーと呼びだした。全く許可はしてないけど?


「……えーっと、シロー先輩関係の話になるなら私は忙しいです」

「大丈夫。違う話よ」


 ……一体何を。


「いや、とても忙しいです」

「ああ、暇なのね。じゃ、行くわよ」


 手を洗った偽勇者が、私の腕をつかんだ。


「いえ、忙しいって言ってます!」

「それは暇だけど忙しいふりしてるだけでしょ。本当に用事があったら、みゃーなら即答してるし、ばっさりと断ってる」


 ……何で短期間の付き合いでそんなところまで見破ってるんだ……。


「どこ、どこ行くんですか!」

「買い物よ!」


 買い物。私にはさっぱり何を買いに行くのかが分からない。


「何を?」

「そんなやぼったい格好してるからあんな女に舐められるのよ。行くわよ! 私が目にもの見せてやるから」


 ジーパンにセーターの何が悪い!


「そんなもの必要としてません!」

「あら、さっき助けてやったでしょ? 逆らえるの?」


 お礼はいらないって、代わりに好きにするからってこと? ……どうやら私は今からモルモットになるようだ。

 火星人も侵略者なら、偽勇者もやっぱり侵略者だった!

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