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10話目 M104

 私は宇宙人と交信している。

 その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。でも、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人物の出現で、メールのやり取りは一時終了した。宇宙人の彼女である火星人がその人物である。

 でも、宇宙人たちの蜜月は、数か月で終わりを迎えようとしていて、その代わりなのか、宇宙人との交信が再開することになった。蜜月が終わる原因はやはり宇宙人が宇宙バカ過ぎて女心の機微に疎いせいじゃないかと思っている。


 年明け、学食で宇宙人カップルが並んで座っているのを見かけたので、雨降って地固まったか、と思っていたのだけど。

 それから二週間もたたないうちに、私は宇宙人と火星人の別れを知った。


 誰かから聞いたわけじゃない。北風が吹きすさぶ中、火星人が宇宙人ではない男子と腕を組んで学食に向かって学内を歩いていたからだ。それを見ていたのは私だけじゃなくて男の娘もだった。男の娘は迷わず宇宙人の友達に連絡して、その事実を確認していた。


 確認しようがしまいが、目の前にある事実はひっくり返りそうにもないのだが。宇宙人カップルが付き合いたての時のように、目の前の火星人と新しい彼氏はイチャイチャしている。寒さが更にいいスパイスになっているのかもしれない。どうやら火星人はイチャイチャするのが好きらしいと、どうでもいい火星人の生態を知る。

 宇宙人と火星人のイチャイチャは、ニヨニヨして見て居られたが、相手が宇宙人じゃなくなった途端、大変申し訳ないが火星人の価値が下がった。全然面白くない。宇宙人の彼女でなくなった火星人など、既に私の興味の対象ではないと言うことなんだろう。


 実は私は火星人が他に彼氏を作っていたことに男の娘ほど驚いてはいなかった。この二週間の間に一度、宇宙人からのメールが届いていたからだ。それには超新星の画像がついていた。これは星の終わりを示している。

 火星人が宇宙人以外と歩いているのを見て、私の深読みしすぎかもしれないが、宇宙人の気持ちを正しく表しているのかもしれないと今になって納得してしまったのだ。


 ちなみに、そのメールにはM104の画像を送っておいた。単に連想ゲームみたいなものだ。M104は、ソンブレロ銀河。銀河を暗黒星雲が一直線に横切っているものだ。暗黒星雲は、星が生まれるところ。宇宙人が星の終わりを送ってきたから星の始まりを選んだだけで、特に深く考えて送ったわけじゃない。それに宇宙人は『行ってみたい』と返信してきた。


 とりあえず、『寒いと思う』とだけ返しておいた。暗黒星雲はマイナスの世界なのだ。『さすがに防寒はする』と帰ってきたのでほっとした。一瞬チラリと何かやけになってるかと過ったせいだ。単純に宇宙バカの思考だっただけでほっとした。今となれば、そのチラリと感じたことが正しかったのかもしれない。

 でもマイナス二六〇度の防寒って、宇宙服でも耐えられるのかな?


 とか、寒すぎる話をしたのが祟ったのかもしれない。

 無理。何とか無理矢理目を開けて、ぼんやりと天井を見ながら思う。体が簡単に起き上がりそうにない。久しぶりに風邪を引いたみたいだ。ここ数年滅多に風邪もひかなかったから、余計に高い熱が堪える。

 今日の授業は無理だ。まだ試験期間中じゃないことだけが救いかもしれない、と思っていたら、男の娘と組んでる実習があったのを思い出した。まあ一人でも別のところに入れてもらえばいいわけだし、と思ったところで、連絡もせずに休んだりしたら男の娘が突撃して来そうだな、と想像する。私が授業を休むことなんてないからだ。


 普通ならさぼりか、で来ないだろう。だが男の娘の精神構造が未だ不明なため、どんな行動を起こすか分からない。男の娘はうちの場所は知らないはずだ。だが、偽勇者が雑談のふりして私の住処を特定してしまっているから、簡単に住処は伝達されるはずだ。雑談するふりして私の住処を特定するとかも、勇者の行動としては許されざる行動だろう。なんだその腹黒い行動は。普通にどこに住んでいるかと聞かれれば……答えた……か?


 あれ、何でこんなこと考えてるんだっけ? しばらくまたぼんやりと天井を見て、ああ男の娘に休むとの連絡を入れなきゃいけないと思い出す。流石高熱。思考回路を行かなくていい回路につなげやすいらしい。

 枕元にあるスマホを手元に引き入れる。うーん、と考えて、休む、だけでもいいかと思う。そこまで考えて、またもう一つ思い出す。そう言えば男の娘と連絡先交換しないままだったな、と。流石高熱。連絡先も知らないのに連絡しようと思うとか馬鹿だな。


 ……まあ、さぼりか、で普通なら終わりだろう。たとえ男の娘の精神構造が未知の領域過ぎるとは言っても、急に休んだからと言って行ったこともない家に突撃するとか、普通はないだろう。その普通に当てはまりそうもないことが不安ではあるけど、偽勇者も介在して変に話が膨らんでも困る。とりあえず、風邪は寝るに限る。


 *


「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!」


 チャイムと共にガンガンガンガン、とドアを叩く音が響く。急に聞こえてきた騒音に意識が浮上する。あー、とぼんやりと天井を見つめる。……世の中には変な人がいるから。そう結論付けると、私は布団を頭からかぶる。


「ちょっと田崎さん! みゃー! いるの!?」


 布団の中からでも聞こえる私を呼ぶ声に、ちょっとだけ考えて、スルーすることにする。私はいません。偽勇者の対応をする元気など、ない。


「田崎さん! みゃー!」


 インターホンを鳴らす音と、ドアをガンガンと叩かれる音と、私の名前としては恥ずかしい呼び名の騒音に、寝苦しさを感じつつも、私は布団の中で目を固く閉じる。しばらくその騒音に耐えていたら、静寂が訪れた。流石私。偽勇者の正しい対応の仕方を知っている。ぼんやりとした頭で自画自賛しながらウトウトしていると、なぜか人の話す声が聞こえてきた。遠いところではなく、近いところで。


「あ、やっぱり調子が悪いみたいです」

「あれ、風邪かねぇ? ここ最近、寒さが堪えるからねぇ」


 ……どうして大家さんの声がするんだろうな……。


「田崎さん。大丈夫?」


 ヒヤリとする手が、私のおでこに触れる。混乱した頭で薄っすらと目を開ければ、目の前に偽勇者の顔があった。どういうこと?

 は? と声だけが漏れる。いろんなことが疑問過ぎて、言葉になりそうにない。


「田崎さん、大丈夫かね?」


 偽勇者の顔が遠ざかると、一階に住んでいる大家さんの顔が見える。


「えーっと……。ただの風邪……です」


 かすれた声が何とか出たことにほっとしつつ、私は混乱したままの頭を何とか働かせながら、大家さんに失礼だと思って体を起こそうとする。けれど、朝から動かないとは思ったけど何とか動いていたはずの体は簡単に動いてくれることはなくて、少しだけ浮いた体はすぐにベッドに逆戻りした。


「いいよいいよ。寝ておきなさい。薬は飲んだかね? おかゆでも持ってこようかね?」

「いえ、大家さん。私が面倒見るんで大丈夫ですよ」


 私が答える間もなく、偽勇者が大家さんに断りを入れる。


「そうかね。何かあったら声を掛けてな」

「はい。ありがとうございます。大家さんがいてくれて助かりました」


 ぺこりと大家さんに頭を下げる偽勇者は、ぼんやりした私の頭には普通の礼儀正しいお嬢さんに見えた。


「田崎さん、いい友達がいて良かったねぇ。お友達が連絡が取れないし家にいるはずなのに出てこないって心配してたんだよ」


 ……そうか。あれだけ騒げば二階建てのアパートの一階に住む大家さんは何事かとやってくるかもしれない……。静かになったのは……単に大家さんがやってきて事情を聞いて鍵を取りに行ってそれで鍵を開けて……の時間だっただけか。

 偽勇者の正しい対応の仕方を知ってるとか、私の完全なる勘違いだったわ。でも偽勇者が本当に単なる普通の礼儀正しいお嬢さんだったら、絶対あり得ない出来事だろうな……。


「色々ありがとうございました!」


 カチャン、と扉の閉まる音がして、多分偽勇者が大家さんを見送ったんだろうということが分かる。……一体、今から何が起こるんだろう。何せ……偽勇者だ。油断ならぬ。ぼんやりした頭と身動きできない体で、油断ならぬと警戒したところで何もできないわけだけど。なんてことをぼんやりと考えていたら、部屋にため息が落ちた。


「体調悪いなら悪いって、連絡しなさいよ」


 まさかの偽勇者の説教モード。


「いや……できないし」


 私は偽勇者とも連絡交換を拒否している。クリスマスの会合も連絡交換なしで行われた。


「もしかしてと思って買い物しては来たけど、食べられそうなものある?」


 何とか閉じたがる瞼を開けてみれば、テーブルの上には飲み物とプリンとヨーグルトが見えた。


「何も……いらない」


 起き上がれもしないし、体を動かすこともおっくうだ。


「その調子だと水分も取ってないんでしょ。ほら、飲みなさいよ」


 ずいっとペットボトルのスポーツドリンクが差し出されたけど、私は力なく首を振るくらいしかできない。


「本当に世話が焼けるわね」


 ぶつくさと文句を言いながら、偽勇者はペットボトルの口を開けると、そこに曲がるストローを入れて私に差し出してきた。それを私がぼんやりと見つめていると、また偽勇者のため息が落ちた。


「本当に世話が焼ける」


 そう言いながらも、私の背中に丸めた布団を入れて姿勢を整えてくれた偽勇者は、ストローの口を私の口に入れてくれた。


「飲みなさいよ。飲まないとどうなるかわかってるわよね?」


 扱いがいいと思ったのは気のせいだったらしい。一体どうなるのか全く分かりはしないが、私は素直に吸い込んだ。なるほど、五臓六腑に染みわたるとは、このことか。どうやら熱に侵された私の頭は何かをすることを拒んではいたけど、体は水分を欲していたらしい。どんどん体に水分が吸い込まれていく。


「本当に世話が焼ける」

「ごめん。ありがとう」


 声にも潤いが戻った気が。どれだけカラカラだったんだって話だ。


「素直なみゃーとか気持ち悪いわ。早く私に口ごたえしなさいよ」


 何だろう。毒舌はかれてるのにデレられてる気になるって。これぞミラクル!


「何笑ってるのよ。実際に死にそうじゃないの。笑ってられる状況じゃないって言うの!」


 ……何だろう。私、熱が高すぎて偽勇者の言葉が全て“心配してます”に変換されるようになっちゃったのかも。おかしいぞ私。


「ありがとう」


 とりあえず今日は感謝祭の方向で。……もう自分でも何考えてるかわけ分かってない。


「本当に素直なみゃーって気持ち悪いわね。でも、感謝するなら八代に感謝しなさいよ。みゃーが授業に来ないって心配して私にメールくれたんだから」


 なるほど、男の娘は正常とも言える反応をしたらしい。男の娘に突撃されることがなくてよかった。いくら何でも、一人暮らしの部屋に女装とはいえ男子が来るのは抵抗があるし。


「うん」

「って言うか、八代の連絡先まだ聞いてないのね?」


 私は小さく頷く。偽勇者が肩をすくめた。


「今回は私が対応できたからいいけど、今日みたいなことがあったら連絡できる相手がいたほうがいいわよ。ってことで、連絡先交換するわよ。ほら、スマホ、ロック解除して」


 差し出された自分のスマホを見て、私は首を振る。


「かけてない」

「じゃあ、勝手にやっとく」 


 偽勇者はしばらく二つのスマホを弄ると、スマホを置いて私を見た。


「メール来てるわよ?」

「……誰?」


 私はぼんやりした頭で偽勇者に尋ねる。


「えーっと……いたずらメールじゃない? 宇宙人ってなってるけど」

「それは、いたずらじゃないけど、読まなくて大丈夫」

「え? いたずらじゃないって……どんな知り合いなわけ……。まあいいわ。なんか食べる?」


 私はテーブルに並ぶ食べ物を見て首を横に振った。


「食べるわね」


 なのに、偽勇者は断定した。


「……ほしくない……」

「欲しくなくても食べる。きっと朝も何も食べてないんでしょ。これが昼食って言うのにもちょっととは思うけど、食べやすいとは思うのよね。プリンが一番栄養価高いと思うの。と言うことでプリンね」

「なら……ゼリー?」


 ちょっと今はこってりした感じのものは受け付けそうにないし、テーブルの上にゼリーはなさそうだから、という理由でその選択にした。まあ、食べたくないのだ。


「素直にそう言っとけばいいのよ」


 いや、今のは素直とかじゃなくて、完全に食べる気ないアピールだったんだけど。偽勇者は私が見落としていたゼリー飲料のパウチの封を開けると手渡してくれる。それを私が口に持っていくのをじっと私を見ていたと思ったら、偽勇者は突然立ち上がった。

 ついに旅立つ日が来たか。


「パジャマ着替えたほうがいいわね。どこにあるの?」

「え? いや、いい」


 衣装ケースに入っているけど、今は自力で着替えられそうにもないし……それに他人の手を借りるのも抵抗があった。


「私に着替えさせてもらうのと、八代に着替えさせてもらうのどっちがいい?」


 究極の二択に、私は渋々同意するほかはなかった。


「クローゼットの衣装ケースに……」


 私の言葉を聞いて偽勇者はクローゼットの中から新しいパジャマを取り出す。


「私も午後の授業があるしその後バイトもあるから、世話できるのは今だけなの。今できることだけはやらせてよ。……おかゆのレトルトはキッチンに置いてあるから、食べられそうなら食べてね」

「ありがとう。助かります」

「本当に素直なみゃーって、気持ち悪いわね」


 ……究極の二択で脅しといて何を……。

 パジャマを着替えた後トイレに付き添ってもらって、偽勇者はタイムリミットだと言うことでようやく旅立った。

 鍵を閉めてくれるというありがたい申し出もあったので、玄関わきにある鍵置きの場所を教えて、私はベッドから偽勇者を見送った。短時間の訪問ではあったけど、割と至れり尽くせりで、偽勇者がやってきたのを警戒したことを申し訳なく思った。

 そうして私は一晩で無事に熱が下がって、日常生活に戻れた。 


 *

  

 宇宙人と遭遇したのは、また二週間ほど後のことだった。

 丁度男の娘と偽勇者と連れ立って学食に来たら、丁度宇宙人たちも学食に到着したばかりのところだった。さっきまでもうすぐあるバレンタインデーの話をしていた偽勇者が迷わず突撃した。それにもちろん男の娘がついていった。私はひらひらと手を振る宇宙人に呼ばれて致し方なく参加した。宇宙人には、火星人と別れたダメージは感じられなかった。

 まあ、卒論発表を控えて、そんなことに気を取られているわけにもいかないんだろうけど。

 座り方は、宇宙人と宇宙人の友達の向かいに、私、男の娘、偽勇者の並びだ。勿論私の向かいは無人。良い席だ。私は皆の話を聞き流しながら、黙々と食事を進める。


「もう風邪は治ったのか?」


 宇宙人の視線を感じて私は頷く。


「はい」

「一人暮らしなんだから、体調崩した時ぐらい友達に頼れよ」

「……友達じゃありません」

「二人とも本気で心配してたぞ」

「それは……」


 あっちの勝手だ、と言えるだろう。だけど確かに、そう断言できなくなっていることに気付く。


「ほら、本当は、友達だと思ってるんだろ」


 目を逸らせば、偽勇者が微笑んでいて、男の娘がニヤニヤと笑っているのが目に入る。


「そう言えば、ケイスケ先輩」


 偽勇者が宇宙人に声を掛ける。


「……何だ?」


 当の宇宙人は偽勇者に“そう言えば”と話しかけられる理由が分からないらしく、本当に不思議そうな顔をしている。因みに私にも予想ができない。


「彼女さんとはうまくいきましたか?」


 そう質問する偽勇者には嫌味も邪気もない。そうか偽勇者はことの顛末を知らないのか! 確かに偽勇者は年明けに二人が一緒に座っていたことも、火星人が新しい彼氏を連れていたことも知らないのかもしれない。私も男の娘もその話題を口にすることもないし知るチャンスは無さそうだ。そうすると、偽勇者の宇宙人カップルの最新情報はクリスマスの痴話喧嘩だな……。


「別れたな」


 宇宙人は、晴れたな、位のノリであっさりと口にした。今日の天気は雨だ。冬の雨はことさら冷たい。まだ窓の外で降り続いているのをちらりと見て、ああ、別れたと言ったんだったと言葉の意味を頭の中で訂正する。


「参考までにどうして?」


 さすが偽とは言え勇者の名がつくだけはある。ためらいがない! だがしかし。


「参考って何の参考?」


 私の素朴な疑問だ。


「やだみゃー、別れる理由をしらみつぶしにしときたいだけ」


 やはり偽勇者。思考回路が我々市井の者とは違う。だがしかし。


「本人のことでもないのに参考にならないよね?」

「だって別れる可能性はできるだけ減らしておきたいじゃない? この世にある別れる理由を全て知りたいくらいなんだけど」


 流石偽勇者。伊達に勇者の名前がついてる訳じゃない。視点が広いな! ただ別れる理由なんて数限りないと思う! それに、だ。


「その前に付き合ってもないよね」


 偽勇者はふふん、と鼻を鳴らず。何? 私が知らない間に付き合ってたりとかするの?


「シロー先輩、好きです」


 まさかの公開告白! 私は驚きに目を見開いたが、男の娘は、ああー、と頭を抱え、宇宙人は一生懸命笑いをこらえている。当の宇宙人の友達は、キョトンとしたあと、皆の反応を見て首をかしげた。


「俺も好きだよ?」


 え、と宇宙人の友達を見たのは私だけじゃなく男の娘もだ。宇宙人は変わらず笑いをこらえたままだ。


「本当ですか!?」


 興奮する偽勇者の頬は色づいていて、普通にさえしていれば、きっと美人だ。


「この定食でしょ?」


 固まった偽勇者に、あれ? と宇宙人の友達が首をかしげる。 確かに偽勇者と宇宙人の友達は同じ定食を食べている。


「いつ……定食の話になりましたっけ?」


 偽勇者が、はは、と眉を下げる。偽勇者と宇宙人の友達が食べるのは、紙カツ定食。なぜ男子大学生という食欲全開な人間がいるだろう学食に、紙カツなる薄っぺらいトンカツもどきの需要があると思うのだろうか。カロリーを気にする女子なら、最初から揚げ物など頼みはしないだろうに。


「この定食さ、圭介にも不評なんだけど、俺は好きなんだよね。会田さんも好き?」

「シロー先輩、那奈でいいですよ?」


 偽勇者に先程の勢いは既にない。それでもこの発言。流石である。


「いや、タケノシンが好きな子のこと名前で呼ぶのは、ちょっとね」


 え、と偽勇者が口を開いたまま止まった。


「あの、先輩、シロー先輩は人の恋路には疎くないんですね」


 宇宙人にぼそぼそと話しかければ、宇宙人が頷く。


「そうなんだよ。あれだけ普通に理解しといて、自分に向く恋愛感情はことごとくスルーするんだよ。ある意味最強」

「あの、シロー先輩は恋のチャンスを自らつぶすタイプですか?」

「そうだな。興味もないんだろうけど、気付きもしないからな」


 偽勇者よ、険しき道だぞ? 忠告はしないが、体感しろ!


「そうですよ、シロー先輩。那奈ちゃんは私が好きな人なんです!」


 胸を張る男の娘に、宇宙人の友達が首をかしげる。 


「知ってるけど?」


 何を言いたいんだと、きっと宇宙人の友達は言いたいに違いなかろうが、何を言いたいんだと言いたいのはきっと偽勇者の方だろう。


「シロー先輩、好きなんですけど」


 おお、勇者! ああ、“偽”勇者だったんだった。


「紙カツ好きな同士がいて良かったよ」


 ニコリと笑う宇宙人の友達には邪気も悪気も何もない。つまり、本気だろう。


「シロー先輩、私の好きな人にちょっかいかけないで」


 男の娘がムッとする。


「いやいや、何もしてないし。濡れ衣だから」


 宇宙人の友達は、違う違うと手を左右に振っている。


「だから、先輩好きなんですって!」


 偽勇者は力を込めて告げた。


「紙カツおいしいよね!」


 もう宇宙人の友達の頭の中には“偽勇者の好き”イコール“紙カツが好き”という謎の方程式が出来上がってしまっているようだ。


「シロー先輩、笑顔で人を惑わすの辞めてください!」


 男の娘が、ドン、とテーブルを叩いた。

 ああ、カオス。私は三人の会話を聞かないことにして、食事を再開する。だが、カオスは収まりそうもない。だんだん声も大きくなっていっている気がする……。


「志朗に言うだけ無駄だから、二人に黙るように言え」


 声が大きくなっていく偽勇者と男の娘への注意を、宇宙人がなぜか私に丸投げした。


「先輩が言えばいいだけじゃないですか」

「どう考えたって俺の話なんか聞かないだろ」

「だったら私の話だって聞くわけないじゃないですか」

「自分の友達なんだから、自分が面倒見ろよ」

「友達じゃないって言ってますよ!」

「じゃあ、何でつるんでるんだよ」

「知りませんよ!」

「みゃー、友達でしょ」


 ちょっと何で男の娘が参戦してきたんだ。さっきまでそっちのカオスにいただろうに!


「違う。単なる同級生!」

「それも友達カウントでいいんじゃない?」


 なぜ宇宙人の友達まで参加してくる?!


「ちょっとみゃー! 八代はともかく私は友達でしょ!?」


 ……なぜ皆参加してくる!? このメンバー、全員集まるとカオスだ。ああ、頭が痛い。でも、宇宙人が視線だけで私に二人を黙らすように訴えてくる。


「カオスはカオスでも、宇宙を眺めているほうがよっぽど心が安らかです」

「これも宇宙のひとかけらだろ。だからカオスなんだろ」


 宇宙人よ、ものは言いようだな! 今の私の使命は、カオスを収めること。

 ほらこれが宇宙への挑戦……なんて思えるわけない!

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