私は入道雲を見上げた。あの日の暑さは、よく覚えている。
おや、めずらしいね。こんなところにお客さんなんて。
何をしに来たんだい? 思い出? 私の。探して。思い出を。
おい、何をしている。線路に降りるんじゃない。
列車なんて来ない? 知ってるよ。ずっとここにいるんだ。
だけどほら、雪にうまって動けないだろう。言わんこっちゃない。
早く上がりなさい。ほら早く。
それで、どうする? つまらない昔話だぞ。
まあいい。話してやろう。時間はいっぱいあるからね。
*
あのころ、ここの駅舎は出来たばかりだった。
それはもう大混乱さ。
朝から晩まで引っ切りなしに、機関車、客車、貨物列車が走っていた。
大人も子供もいた。君の知人や親兄弟もいたかも知れない。
そんな人間たちを乗せた鉄の箱が、線路の上をがあがあと走るのさ。
きゅるきゅる。がたがた。がたんがたん。
あのころが一番楽しかったなあ。
*
私は入道雲を見上げた。あの日の暑さは、よく覚えている。
駅舎の待合室には、あきれるほど大きな氷の柱が置かれていた。
人の姿は、まばらだったが。
その日は列車も来なかった。危なくて走らせられないんだ。
人や車両はそれで良かったろうが、こっちは大変だ。にげられないからね。
じりじり。ゆらゆら。ぐにゃり。
気温はどこまでも上がっていった。
*
草がのびて、空をおおう。虫が来て、さまよう。落ち葉が私たちをかざる。
すると人間たちがやってきて、草をかり、虫を追い、落ち葉をはく。
列車が走る。
あれだけいた人間たちは、どこかへ消えてしまった。
子供や老人を乗せた鉄の箱が、心なしゆっくりと、私たちの上を走る。
がらがら。ぎいぎい。がたん。
日が短くなってきた。
*
古びた駅舎の屋根を見上げれば、つららが垂れ下がっていた。
クリスマスの特別列車が、ホームに入ってくる。
あのころを思い出す。
遠くに入道雲が見えた。空気が冷たい。乗客たちは楽しそうだ。
ここはすぐに雪でうまるだろう。そうしたら、人間たちは雪かきだ。
ざくざく。ぎゅるぎゅる。がさり。
見ていたんだよ。私たちは。ずっと。
*
どうだ? 探しものは見付かったかな。
そうか。それなら、もういいだろう。
ここは寒い。こごえるようだ。早く帰りなさい。
ああ、そうだな。暖かくなったら、また来るといい。
ここには何もないが。線路は続いてるから。
いつでも。どこまでも。続いてるから。