異世界で教祖になります
部屋にあるのは食事の時にもらった酒の入った瓶。
これを窓際において、畑の罠を監視しながら眠るのだ。
静かな夜がくればいいが……。
「……何か音がした?」
屋敷の人たちは畑のほうにはいかないはずだ。
少し遠くから見たが、あれは獣か……?
「なんだよあれ、化け物か?」
想像の倍以上、デカかった。
ヘラジカっぽい見た目だが、高さだけでも8メートルはないか?
クラーケン用の網を用意したのは正解だったようだ。
「urrrrr……。」
うなっている。
やはり裏手の山から下りてきているようだ。
あまりにも大きな体躯、そして、それに比例するかのような、やはり大きな瞳がこちらを見た。
思わず窓から出していた頭をひっこめた。
「ハーッ……、ハーッ……。」
落ち着け。
まずは相手が罠にかかるのを待つんだ。
もちろん、それを俺が見ていなければいけないのだが。
部屋の中にいて感じるこの殺気、相手はどれほどの強者なのか。
相手はゆっくりと、畑のほうへと歩を進める。
いいぞ、もっとだ。
しかし、見ていられない。
見たくない。
なんだ、この殺気は。
「頼むからかかってくれよ……。」
大丈夫なはずだ。
何故なら相手は畑のほうへと進んでいるのだから。
そして、2歩進んだところだった。
罠が作動する。
「よし!」
この声は相手にも聞こえただろうが、これでいい。
罠は作動した。
しかし何か様子が変だ。
槍が飛ばない。
この罠は獲物の重さで発動し、槍が飛ぶ。
まさか俺は、いまからアレに近づいて足元を確認してこなくてはならないのか……。
嫌な汗が額を走る。
その時だった。
なにか見慣れないものが横切って、畑のほうへと進んだ。
「あれは……。」
昼に見た教団の連中だ。
罠のほうへと走っている。
「おい、そっちは危険だ!」
声を上げても聞かない。
そして、罠に近づき、取り出したのはナイフだった。
ナイフで獲物に半分かかりかけのロープを切ろうとしていた。
「いったい、何を……。」
呆然としている俺に教徒が話す。
山から来たものを殺すな、と。
気が付くと俺は教徒たちに囲まれていた。
その手にはナイフがあった。
「この獣は、あの山からの使者なのだ。」
「すまないが……、今回はあきらめてくれ。」
教徒によって、反応は違う。
しかし、言葉とは裏腹に、奴らは邪魔をすると手に持っているもので、俺を襲う気なのだろう。
畑と別邸の間に、壁のように教徒がいる。
罠の解体は幸い、獲物が暴れているのと、クラーケン用の網が頑丈で、遅延しているようだった。
どうにかして、教徒を説得しなければいけない。
しかし、どうすれば……。
別邸に戻り、考える。
「グラーニンさんを呼ぶか……?」
確かに、現状を打破するにはこれが一番だろう。
というよりも、教徒たちは不法侵入なのではないか?
自分以外の第三者に密告する……、ありだな。
ギルドの規約はどうなっているのかは知らんが。
ただ、今は深夜だし、誰も起きてはいないだろう。
警察がいるのかもわからないし、雇い主を叩き起こすのも憚られる。
「考えろ……。」
涙が少し出そうになる。
全身から嫌な汗と鳥肌が収まらない。
その時だった。
今日一日の出来事が、一連の物語のように、頭の中で流れた。
そして、思いつく。
「これだ……。」
ギルドにも迷惑をかけず、雇用主にも頼らない、解決方法はこれだ。
白い衣を身にまとい、俺は外に出た。
トーチを柄ごと持ち、屋根裏に上がる。
そして、高らかに宣言するのだ。
「皆の衆、祭壇を見よ!!」




