黒き獣と白き影
皆が寝静まったころ、俺は単独で動くことにした。
グラーニンさんと使用人たちには、今夜狩りを行うことは説明済みだ。
晩御飯の前に穴を掘ったので、足腰が痛い。
ここに特注の罠を仕掛ける。
「しかし、重いな……。」
夕暮れ時から始めたのに、罠が完成したのは日没後だ。
恐らく、これから何時間後かに、ブラッドムーンがあがる。
そして、人々が寝静まったころに獣たちは来る。
「一応、対策しておくか……。」
人が来たとき、ここに罠があるとわかるように、地面に文字で書いておこう。
ここで文字を書くスキルが生きてくる。
「んー、『罠注意』で、いいか?」
このさき、足元わな注意、と書いておいた。
しかしこのままではやがて屋敷の明かりが消えたとき、文字が見えないだろう。
というわけで、少し遠いが火を置こう。
幸いにもトーチがある。
……過剰に装飾が施された、成金趣味だが……。
「……よしっ!」
これで行けるだろう。
畑の入り口に大きくわなを張る。
「いただきます。」
「どうぞ。」
使用人に見られながらの食事はまだ慣れない。
「いつも食事の前に言うそれは、おまじないかね?」
「……俺の国の言葉です。食べものに感謝する意味があります。」
「ほぅ……。」
では、私もと、グラーニンさんも手を合わせて、いただきます、といった。
少し片言だが。
「なんかすいません、俺がやってるだけなのに。」
そう言うと、グラーニンさんは手元のグラスに入って黄色い液体を一気に飲み干した。
すこしアルコール臭がする。
果実系の酒だろうか。
「私も、この屋敷を建てるまではその日の食べるものに困るようなときがあった。」
使用人にグラスを満たすようにサインを出した。
「しかし、食べるものに感謝する気持ちはあれど、それを習慣にすることはなかった。動作もね。これは素晴らしい文化だと思うよ。」
うれしいものだな。
自分のしていることを褒められるのは。
「ええ、たしかに、歴史的に見ても飢饉がありました。だから、そういう文化ができたのかもしれません。」
「なるほど。」
別邸に行こう。
今日は少し飲みすぎた。
結局、あの後、グラーニンさんと酒を飲むことになった。
どうやら俺の年でもこの国では飲酒は許されているらしい。
「酒に対しても似非ヨーロッパかよ……。」
別邸のベッド、窓から畑への門を見る。
「よし、誰も近づいてないな。」
トーチの火も燃えている。
しかし、そこには影が忍び寄っていた。
黒き獣と白き影が。




