激戦!
「ですが、大公陛下。此処までは、まだまだ前哨戦。本番はこれからに御座います」
「ほう、これからが本番とな?」
「ローはまだ、炎を纏ってはおりません」
「おー、そうで在った。確か炎龍神掌と申すものであったな」
「それに、エクベルトもまた、奥の手を見せてはおりません」
「ふふふ、エクベルトの奥の手とやらにも興味を引かれるな。だが、未だ申すなよ。先に知ってしまえば興醒めと言う物だからな」
闘技場の中で睨み合っていた二人が、再び動き出す。
ローが双竜の構えを解き、両足を肩幅に広げ中腰に、そして、両手を合わせる。
「あっ、あの構えは!」
「どうした、ベネディクト?」
「失礼仕りました。しかし、大公陛下、ご覧ください。ローが炎を」
「うむ、なんと!確かに、炎を纏っておる!」
ローはあの構えのまま気を燃焼させる事で、炎を纏う。
最初は、普段から赤い鱗が更に赤みを増し、熱で周囲の風景が歪んで見える。
纏う炎はしだいに大きく成り、そして火柱の如く。
刹那、爆音が轟き、ローの姿が消える。
いや、エクベルトの目の前。
そして、エクベルトの盾に、連打の嵐。
「ん、今何が起こった?」
「あれは、瞬炎歩に御座います。纏った炎を足元に集め、圧縮解放することで爆発させ、その勢いを駆って瞬時に移動する技に御座います」
「うむ、しかし、自分の足元で爆発させれば、自身が怪我をするのではないか?」
「只の人で有れば、自殺行為ですが、あの者は竜人、強靭な鱗で全身を覆っていますゆえ、可能な業かと。もっとも、人であれば炎を纏った時点で、焼け死ぬ事でしょう」
「成るほど、竜人だからこそとな」
エクベルトに間合いを詰めたローの連打が続く。
だが、それでは……。
パンッ!
と空気が弾ける様な音。
そして、ローの体が弾き飛ばされ、宙を舞う。
エクベルトのカウンターだ。
当然そうなる。
だが、再び瞬炎歩で接近し、連打を繰り出す。
また、壁に押し付ける作戦か?
いや、それが不可能なのは、ローも承知の筈。
何かを仕掛ける積りか?
「うん?今、気付いたのだが、ローの連打はどれも掌打で在るな。拳は使わんのか?」
「それには、二つ理由が御座います。一つは、単純に拳を痛めてしまうから。そして、もう一つは、当てた掌打を上下左右、どの方向に滑らせても、その鋭い鍵爪で敵を切り裂く事が出来るからかと」
「成るほどな、これもまた、竜人ならではの闘い方と言う事か」
ローは何度弾き飛ばされても、瞬炎歩で近付き連打、の繰り返し。
これで、何度目か……。
ん?あれは……そうかローの狙いはそう言う事か。
「大公陛下、御覧下さい。エクベルトの盾が変形してきております」
大公陛下は懐の遠眼鏡を取り出し、御確認される。
「うむ、確かに。では、ローのあの執拗な攻撃は、エクベルトの盾を破壊する為か」
どうするエクベルト?
そして、エクベルトが動いた。
ローの瞬炎歩にタイミングを合わせて戦斧を振り下ろす。
瞬炎歩は爆風を利用した技、確かに素早い動きだが、直線的な動きに成る。
そこを、エクベルトが狙ったのだ。
エクベルトの戦斧がローを捉えたと思った、その刹那。
爆音。
ローの姿が消え、戦斧が空を切り、地面に突き刺さる。
瞬炎歩!
空中で、瞬炎歩を使って、自らの軌道を変えたのだ。
しかも、爆音は何度も繰り返される。
つまりは……。
「なんと!あの者は宙を舞っているではないか!」
ローは地に足を付ける事無く、瞬炎歩を繰り返し、エクベルトの頭上を舞っている。
そして、その空中から炎を纏った蹴りを繰り出す。
スパン!
エクベルトのタワーシールドの右角が斜めに切断される。
「む、どうなった?」
「炎龍脚に御座います。足に纏った炎を薄く刃に変えて、蹴りと共に放ち、対象を焼き切る技に御座います」
度重なる炎を纏った連打で強度が落ちているとは言え、あの盾を切断出来ると言う事は、首や手足に当たれば、切断できると言う事。
「うむ、これは……勝負有ったやも知れんな」
「いいえ、大公陛下。敵が空中に居るあの間合いこそ、エクベルトの間合いに御座います」
「なんと!それは、どういう事か?」
「もう、そろそろ、エクベルトが仕掛けるかと」
再び炎龍脚を放とうと、その間合いに捕らえる。
刹那。
「ファランクス!」
無数の槍が空中に一瞬だけだが出現する。
爆音!
突如目の前に現れた槍を避けようと、ローが不自然な格好のまま瞬炎歩使ったのだ。
ローは致命傷は免れたが、槍の一本はそのわき腹を捉え、不自然な体制での瞬炎歩によって地面に強く打ち付けられる。
ファランクスは本来、飛んでくる弓矢をその槍で叩き落す、防御の魔法。
だが、飛来してくる敵には攻撃にも流用可能だ。
ただし、この魔法は間合いが難しい、自身の目線の斜め上二メートル。
この間合いに敵や弓矢を捉えねばならない、しかも、槍が実体化するのはほんの一瞬。
「ほう、ファランクスとはさすがだな。ベネディクト、卿が申しておったエクベルトの奥の手とはこのことか?」
「その一つに御座います」
大公陛下は、興奮されたのか身を乗り出してご覧に成られる。
度重なる瞬炎歩の連続使用だけでも、相当体力を使った筈、そこに、ファランクスの一撃、さらには瞬炎歩の自爆。
さすがのローも満身創痍。
この好機を見逃すエクベルトではない。
「ヘイスト!」
ふらふらと起き上がろうとするローの元へ間合いを詰める。
「ウォール!」「ウォール!」「ウォール!」
逃げ場を塞ぐように、ローの左右と後方に壁が立ちはだかる。
「バースト!」
戦斧に魔力が込められる。
バーストは、武器の威力を一瞬強化する魔法。
エクベルト程のものがバーストを込めた、この刃に触れた者は、例外なく粉砕される。
そして、エクベルトの戦斧がローに振り下ろされる。
刹那、耳を劈く爆音!
土煙が闘技場を覆う。