御前試合担当式部官
全五話と成ります。
評判が良ければ、その内別のマッチメイクを書くかもです。
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それと、連載中の「異世界大正ロマン 帝都の魔導小町」の方も覗いて頂けると幸いです。
「式部官殿、万事滞り無く」
「御苦労、もう下がって構わん」
「ハッ」
式部官の役職に付いた時渡された懐中時計で、時間を確認する。
もうすぐ、大公陛下がこの貴賓室に来られる時間だな。
御前試合担当式部官、それが今の俺の役職だ。
先の戦で、敗走した部隊の責任を問われ、この官職に回される事に……。
大公陛下が主催するこの御前試合は、国内はもとより、近隣諸国、さらには遠く離れた国々からも重鎮をお招きして、我がスールガー大公国の武勇を内外に知らしめる重要な式典でもある。
本来なら、この様な式典を取り仕切る役職は、誰もが望み、奪い合う物。
左遷先として選ばれるものでは無い。
だか、この官職がその様に扱われるのには訳が有る。
長年続けられて来たこの御前試合には、一つだけルールが有る。
それは、敗者の死を持って勝者が決まると言う事。
例外は認められない。
闘技者は途中、負けを宣言する事も、一度決まった出場を棄権する事も出来ない。
試合中で有れば、その場で相手にトドメを刺され、試合前に試合を放棄した者は、追っ手を放たれ、捕らえられ処刑される。
すなわち、闘技場の中で生き残る事を許されるのは一人のみ。
故に、闘技場の中では、壮絶な死闘が繰り広げられる。
双方相打ちに成って、生者の残らない事も少なくは無い。
当然、敗者の親類縁者の不満の矛先は、主催者へ向く。
だが、彼らが幾ら怒りを募らせようとも、大公陛下に刃を向ける事は違わず、仮に向けたとして、その刃は届かない。
そこで、標的と成るのが、御前試合を取り仕切る御前試合担当式部官と言う分けだ。
実際今まで、この官職に着いた者は、何人も暗殺されている。
前任者もまた、その一人だ。
「スールガー大公陛下の御成り!」
侍従の物と思われる、その声に続いて、貴賓室の両扉が開かれる。
そして、重々しい空気と共に、王冠を戴き、漆黒の黒髪と、長い黒髭をたなびかせて、大公陛下が貴賓室に入られる。
「お待ちしておりました、大公陛下」
恭しく跪く。
「うむ、待たせたなベネディクト。暗闇の梟と敵に恐れられた程の卿が取り仕切る初の御前試合、楽しみにしておった」
「恐縮に御座います」
大公陛下は単に武を尊ぶと言う分けでは無い、御自身もまた武人。
俺よりも、拳二つ分背が高く、屈強な体躯をされている。
だが、それ以上に、大公陛下の放つ気に圧倒されてしまう。
「卿もこの様な官職に回されたのは不本意で有ろうが、御前試合もまた戦同様、いや、それ以上に我が国にとっての重要な戦略の一つでもある。職務に励めば、その内また騎士団に戻る事も叶うやもしれん」
「恐れ入ります、大公陛下。誠心誠意努めさせて頂く所存に御座います」
「うむ」と大公陛下は頷かれると、この貴賓室唯一の御席に着かれる。
「卿は、古今東西の武術の知識に精通していると聞く。闘技の内容を余に解説してみせよ」
「ハッ、承知仕りました」
と敬礼し、大公陛下の傍らに立つ。
闘技に付いて、大公陛下に御説明するのもまた、御前試合担当式部官の重要な役目の一つだ。
程無く、円型闘技場の東西に在る巨大な門が開かれる。
西からは、全身をフルプレートで覆い、そして、巨大なタワーシールドと、これまた巨大な戦斧を手にした、巨躯の闘技者が、そして、東からは、身に着けている服こそ、普通の道着だが、全身を自らの深紅の鱗で覆った、異形の拳闘士が入場してくる。
「西から入場して参りました闘技者は、我が国最高峰の武人エクベルトと申すものに御座います。東からの入場に成りますのは、遥か東方から参りました、異国の拳闘士ロー・ウォンに御座います。かの者は竜人に御座います」
大公陛下は「うむ」と頷くと、ローの異形の姿に見入っておられる様子。
「時に、あのエクベルトと申すものは、鉄壁の武人と二つ名されておると聞く。そして、卿とも十年来の友人だとも」
「ハッ、大公陛下の御言葉通りに御座います。私が騎士団に入り、最初に配属されたのが、かの者が指揮する部隊に御座います。知勇に優れ、一騎当千の強者に御座いますれば、鉄壁の武人との二つ名は、まさにその名の通り。前戦に作られた砦の門をたった一人で守り抜いた事に由来致します」
「ほう、前戦の砦をたった一人で守り切ったと、それは面白い」
それ程の武人が、この様な御前試合に参加するには訳がある。
御前試合の参加者は、莫大な報奨金と、比類なき名誉が与えられるのだ。
報奨金に付いては、勝者である必要は無い。
何しろ、敗者は漏れなく命を落とすのだから、その命に掛ける対価として、勝敗に関係なく同額の大金が、御前試合の一週間前に支払われる。
名誉に付いても同じだ。
勝者は勿論だが、敗者も死闘を戦い抜いて、その結果として命を落とすと言う事に敬意が払われ、その名は大公国の歴史に刻まれる事に成る。
エクベルトの娘は重い病で、死を待つばかりの状態にあった。
彼女を救う術は、小さな城が買えるほどの高額な薬のみ。
エクベルトはその金を得る為に、その身を、その命を売ったのだ。
話によれば、幸いにも娘はその薬で無事命を取り留めたと聞くが……しかし、彼には、その娘の為にも生き残って貰いたいものだ……。
「して、あの竜人は何者だ?」
「あの者は、遥か東方に在るギカン帝国の武人で、徒手による武術の達人に御座います。徒手と申しましても、かの者の手足の爪は正に凶器。ローに取って、剣や槍などと言った武器は、邪魔でしか無い無用の長物かと」
「ほう、徒手が剣や槍に勝るとな」
「以前、傭兵として参ったあの者と共に、戦場に出た事が有ります。あの強靭な鱗は弓矢などものともせず、その鋭い爪で、敵の重装歩兵をその鎧ごと切り裂いておりました。まさに鬼神の如くとは、かの者の事かと」
「ほう、それ程迄とな……しかし、それでは卿は、あの竜人とも戦友と申すか。気の毒なものだな、卿はこの試合で、その友人のどちらか、若しくはその両方を失う事に成るのだからな」
エクベルトは娘を救う金を得る為に、仕方なく身を売ったが、ローは違う。
あの男にとって、正にこの御前試合に出る事こそが、この国に来た目的そのもの。
武を極めんとするものが、最高の名誉を得んと目指すのもまた、この御前試合なのだ。
両者が闘技場の中央で睨み合う。
「大公陛下、そろそろ宜しいかと」
「うむ」
大公陛下は立ち上がり、大公国の権威の証である黄金のメイスをかざして、声を上げる。
「両者とも、死力を尽くすが良い。いざ、始め!」