中庭――狂乱竜クレージードラゴ―ン!
狂乱竜クレージードラゴ―ン……。
名は強そうに聞こえるが、しつけの悪いアホ犬のようなドラゴンだ……。とにかく言う事を聞かない。言葉が通じないという問題ではない。腹が減れば暴れ回るし、敵味方の見境なく溶岩を吐く。穴を掘って違う所に……する。自らの排泄物の匂いを嗅いで眉間にシワを寄せる。何度も何度も……。
夜中に大声で吠える。うるさいと叱ると逆に喜んでなお吠える。風呂嫌いだから臭い。自分の尻尾を追いかけてグルグル回るのはいいが、噛みついて痛さに叫ぶのは勘弁してほしい。嫌いな餌は食べたフリをして吐き出す。
そもそも自分をドラゴンだと思っていない。ドラゴンとしての自覚が足りない。
飼い主のしつけが悪いのは皆よく理解している。
さらに、その飼い主は自分が飼い主だと自覚していない――。
魔王城は四角い構造になっており、その中央の中庭を我が物顔で徘徊している。勇者一行をそんな輩の餌にされてはたまらない。もったいない!
「全ての中庭へ抜ける扉に『KEEP OUT』テープを貼ろう」
黄色いキープアウトテープがどこかにあったはずだ。
「勇者一行にとっては逆効果ではないのか?」
剥がして立ち入るかもしれない。好奇心旺盛でなければ勇者にはなれないのだ。戦士にはなれても勇者にはなれんのじゃ――。
「狂ったドラゴンと戦いたがる物好きはいない……と言いたいところだが、人間はドラゴンが好きだからなあ……」
何にでも「ドラゴン」と付け足せばれば格好いいと思っていやがる。パズルでもボールでも一躍有名になる。ラーメンの器にもドラゴンが書かれているし、映画のタイトルにもドラゴンが付いた作品が多数ヒットしている。
「ドラゴン・デュラハンって強そうに聞こえるよなあ」
「ドラゴン・ソーサラモナーも、なんか強そうに聞こえるぞ、ハッハッハ」
名前の前に「ドラゴン」と付けるだけで、こんなにも強そうに聞こえるのか――。
「じゃあドラゴン魔王はどうじゃ?」
「「……」」
……微妙。
「つ、強そうですね」
「つ、強そうです、ドラゴン魔王様」
「よせよ、照れるではないか」
お世辞に照れるな。
「よし、これから予は『ドラゴン魔王』に改名しようと思う」
「それは却下です」
「恥ずかしいです」
慌ててソーサラモナーの頭を叩いた。魔王様に向かってなんてことを言いやがる。
「恥ずかしいとはどういうことじゃ?」
「――ええっと、ほら、魔王様はドラゴンよりも強いので、ドラゴンと付けてもそれほど効果がないのかと思います」
「そうです、そうです。ハハハ」
愛想笑いは四天王にとって必要スキルなのだ。
「……そうか。つまらんのう。さっきは強そうだとか言ってたくせに……。ところでデュラハンよ、やはりクレージードラゴ―ンはどこかへ連れていった方が安全じゃ。中庭から裏山へ連れていくがよい」
「……」
ワザと言っていますよね魔王様。
「私がそんなにお嫌いですか」
「なにを言っとる、嫌いなわけがなかろう。なあに、この餌を与えてやれば腹を空かせたクレージードラゴ―ンは言いなりになるのだ」
魔王様から手渡された四角い紙箱……。安物のドックフードだった……。
「これ、犬の絵が描いてありますが、本当にこれでドラゴンが喜ぶのですか?」
「ああ」
「『犬まっしぐら』ってかいてありますが、ドラゴンもまっしぐらになるのですか?」
「ああ。しつこいぞデュラハン。予を信用できぬと申すのか」
申したくても申せない。これが世に聞くパワーハラスメント……禁呪文の一つだ。
渋々その箱を魔王様から受け取り中庭へと出ると、口からヨダレをダラダラ垂らしたクレージードラゴ―ンが思った通り、突進してきた――。
「よーしよしよし。今、餌をやるからな」
「グルルルル……」
餌を見る目に恐怖を覚える。嫌な予感しかしない。
ドッグフードの箱を開けると、中身は空だった……。
あー……。勇者一行が宝箱を開けて中身が空だった時も、こういう気持ちになるのだろうなあ……。
心に穴が開くようなガッカリ感。
パク。
――噛みつかれました。食われそうなぐらいがっぷりと。ちなみにクレージードラゴ―ンは体長が50m以上もあり、それを相手にドッグフードとは……多少無理があると思いましたとも……。
グルルルル……。地響きするような唸り声に、かなり怒っているのだけはよく分かる。
「大丈夫だデュラハンよ、やわ噛みだ」
――んなわけあるかー! 胴体が今にも真っ二つになりそうなくらい痛い――!
「なにをやっているのだデュラハンよ! はやく餌を与えるのだ!」
なんとか歯と歯の間から顔を出す――。こんなときに顔がないとかどうとか言っていられない――!
「魔王様、餌が空っぽに御座います! イデデデデ~」
「しまった! 先週、ホームセンターで買うはずが、すっかり忘れておったわい!」
……殺意が芽生えるって……こんな時なんだろうなあ……。
「ぎょえー!」
着ている金属製の鎧がギシギシと悲鳴を上げている。これはヤバいかもしれない――。このままでは勇者と戦う前に、味方のドラゴンに誤飲されてしまう!
「助けてくれー!」
「おお、『デュラハンは仲間を呼んだ、魔王が現れた!』じゃ!」
……おれ、今日死ぬかも。
「いや、魔王様はまだお早いです」
「早いとな?」
「さようでございます。まずは、『デュラハンは仲間を呼んだ、聡明のソーサラモナーが現れた!』でございます」
「おお、なるほど。次々と仲間を呼んでいくのか」
「さようでございます!」
「カッコイイではないか」
「『聡明のソーサラモナーは仲間を呼んだ、妖惑のサッキュバスが現れた!』」
中庭での騒ぎを聞きつけ、サッキュバスはもの珍しそうに窓際へと歩いてきていたのだ。
「あらあら、楽しそうね」
「いやいや、これは非常事態なのだ。それよりもサッキュバスよ、次の仲間を呼んでくれ」
「え、どうして?」
「そういうルールだ。四天王が次々と呼ばれ、そして最後に魔王様が呼ばれ、格好よく登場する」
「じゃあ、『サッキュバスは仲間を呼んだ、魔王様が現れた!』」
「違う違う! お前が呼ぶのは一階のサイクロプトロールだ。魔王様はその次って言っただろ?」
窓際で……緊迫感のまったくない会話が続いている……。目の前が暗くなってきた。
「えー、どうでもいいじゃない」
「よくない! もう一回やり直しだ」
「面倒くさいわねえ」
どうでもいいから早く助けてくれ――! 面倒くさがらないでくれ――!
「『サイクロプトロールは仲間を呼んだ、そして遂に待ちに待った魔王様が現れた!』」
パチパチパチ!
「えっへん!」
「どうでもいいから早く助けてください!」
口の中から必死に腕を伸ばす。もう何度も何度も味のなくなったガムのようにクチャクチャ噛まれて……なんか全身が唾とヨダレ臭い……。ある意味、死にたい……グスン。
「これに捕まるのだ!」
魔王様が三階の窓から差し出したのは――!
「竹竿!」
辛うじて握るも、ペキッとへし折れた。
「ちょっと、そんなところからまだ私の胸元見ているの?」
――見てないっつーの! ちょっと見たかもしれないが、今は大目に見て欲しい!
「なに唱えようかなあ……『イレブンピーエム』とか効くかなあ……」
頭の悪い魔法使いほど使えないものはない。
「さっさと眠る魔法を唱えてくれ!」
頭の悪いドラゴンなら効果覿面だろう。
「――おお、その手があったか! 『夜も安心!』」
――どっちだ! 魔王様とサッキュバスが頬を赤くしているぞ――!
狂乱竜クレージードラゴ―ンには催眠の魔法『夜も安心!』が抜群に効いたようで、瞼が一瞬で閉じるとドドーンと音を立て眠り始めた。
スースーと寝息だけは可愛い……。
残った力を振り絞り、口の中からなんとか逃れることができた……。
「はあ、はあ、はあ、助かった……。はあ、はあ、はあ」
「おお、無事だったかデュラハン。よかったよかった、ハッハッハ」
……魔王様に笑っていただけて……光栄で御座います……。
「四天王が三天王になるところだったぜ。別に構わないけど」
「味方のドラゴンに食べられるなんて。おバカさんね~」
「うっ、唾臭いなあ……。さっさと井戸水で身体を洗ってこいよ。もうじき勇者が来るぞ」
「……ああ、そうさせてもらう」
こんなとき、つくづく顔が欲しいと思うんだ……。
泣いていることに気づいてくれるだろうから……。
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