三階――聡明のソーサラモナー
三階へと階段を上がった。
次に説得しなくてはいけないのが……またややこしい。要するに、四天王はややこしい。ある程度の地位を確保したものを説得するのにはそれ相応の根拠と時間が必要なわけで、一筋縄ではいかない。だからややこしいのだ。私だけはややこしくないと信じたい。
「なに? 勇者一行が全滅しないよう手加減をしろだと?」
三階を守る四天王、聡明のソーサラモナーも同じように反論する。丸い眼鏡がキラッと光っている。
「……魔王様がそうおっしゃっている」
「なんで」
ほら。そうなるだろ普通は……。
「業務命令だと思ってくれればよいのだが……」
業務命令と言っても聞いてくれない世代の到来なのだ。納得しなければ言うとこを聞いてくれない……。短めの木の杖を慣れた手つきでペン回しのようにクルクルと回し続ける。ひょっとするとこればかり練習しているのではないだろうか。
「せっかくすべての魔法呪文を同時にかけたらどうなるか、勇者一行が来たら実験してみたかったのだが」
「……それは魔法呪文がかかる順番で効果が異なるだろう。呪文を跳ね返す呪文が先にかかれば、それ以降の呪文はすべて効かなくなる」
全部自分に跳ね返ってくるぞ……。
「あー、『しっぺ返し』の呪文か」
「……ネーミングセンスは任せる。私は魔法や呪文のことはよく分からない」
しっぺ返しって……あんまり唱えたくないと思う。恥ずかしいぞ。
「それに、一瞬で命を奪う呪文の後、生き返って全回復の呪文がかかれば、なにも起こらないのと同じだろう」
「あー、『みなポックリ、蘇ってテヘペロ』ってわけだな」
「あ……ああ。そうだ」
分かり易いんだか難いんだか。
「あと、最新の禁呪文も試してみたかったのだ……勇者一行が来た時のどさくさに紛れて」
どさくさに紛れて、というところが妙に引っ掛かる。普段は試すことができないような魔法なのだろう。
「危険はないのか?」
「危険がないのは禁呪文なんかにはならないだろ。ハッハッハ」
……ある意味、お前が一番危険だ。
「魔王様、ついに完成した禁呪文、試してみてもいいでしょうか」
魔王様は二人の会話を階段に座って聞いていた。階段の上がり下りで少し疲れていらっしゃる。
「どんな魔法か説明してみよ」
「はっ! この世界の遠くに存在するすべてを飲み込む力を召喚し、敵を一瞬にして飲み込んでしまう禁呪文でございます」
よく理解できない……。魔王様も首を斜め43度に傾ける。
「なにを召喚しようというのかね」
「ブラックホールでございます。私の想像では、一度落ちたら出てこれない井戸のようなものだと思います」
「なに、ブラックホール?」
「カッコイイネーミングの落とし穴だなあ」
ブラックホールか。落ちた底には墨汁がタップリ溜まっていて、真っ黒になるのだろう。だが、それは禁呪文というより、罰ゲームと呼んだ方がよさそうだな。さぞかし目に沁みることだろう。……白いワイシャツが黒いワイシャツに早変わりだ。そもそもワイシャツはホワイトシャツが聞き取れなくてワイシャツになったらしい。ということは、白いワイシャツとは、頭痛が痛いと同じ禁断の「重言」ではないのだろうか……。
「ソーサラモナーよ、これまでに試したことはあるのか?」
「ないから試していいかと出願しております、魔王様」
……魔王城内のあちらこちらに墨汁入りの落とし穴か……楽しいかもしれない。
「却下とする。魔王城内に一時的とはいえ穴を開けてはならぬ。二階と三階が繋がってしまう」
「……確かに」
「一階ならいいのではないでしょうか?」
「ならぬ。耐震強度に問題がある魔王城にこれ以上負担をかけてはならぬ。よって実験は後日、裏庭で行うがよい」
「はっ!」
「それと、勇者に全部の呪文を掛けるのも控えよ」
「……御意」
それはそうだ。最後に勇者一行が全滅するような呪文がかかれば……、
――私が勇者と戦う機会を失ってしまう――。
ソーサラモナーが悔しそうな顔をしている。丸いメガネがこれほどまで似合わない男も珍しい。残念だったな。
「そんなに試したければ、デュラハンに試すがよい」
――へ?
「ちょ、ちょっと魔王様? 今なんとおっしゃいました?」
聞こえていましたけど、いきなりなに言い出すの? たしかに私には魔法呪文が効かないスキルがありますが、……なんか危ないです。嫌です。
特にこの男、聡明のソーサラモナーは他にどんな禁呪文を隠していることか……。十八禁呪文やピンクな魔法も唱えるかもしれませぬぞ! 「聡明」だなんてとんでもない異名だ。
もぎ取ってやりたいぐらいだ――。
「その手がありましたか! デュラハンよ聞いた通りだ。すまないな、これも全ては魔王様のためだ」
……魔王様のため……。その言葉には逆らえない……。
「……仕方ない。魔王様のためならば……」
我慢してやろう。そしてすべては私のためになるのだから……。
「よっしゃ! 『みなポックリ!』『蘇ってテヘペロ』『うっふんクス森ピクピク!』『顔中あんこだらけ!』『タマネギの皮なし!』『ハクソ!』『お稲荷さんの皮!』『生のトントロ!』『三時のあなた!』」
「うぎゃー!」
訳の分からない魔法呪文が飛び交い……静寂が訪れた。
「はあースッキリした。おかげで楽しかったぞデュラハン」
「……」
顔に張り付いたあんこや生のトントロやらを払いのける。いくら魔法が効かないからとはいえ、なんだろうか、この屈辱感……。
……ひょっとすると幾つかは実際に効いていたのではないだろうか……。なによりも……なんか、損した気分になっているのは……魔法が効いている証拠か?
「ハッハッハ、『みなポックリ!』」
「黙れ! 笑いながら呪文を唱えるなっ! それよりも、約束は守るのだろうな!」
「ああ。勇者が来ても手出しはしないさ」
やれやれ、飛んだ目に遭ったがこれでなんとか魔王様の間……私の守る四階まで勇者一行は辿り着くことができるだろう。
「だが、中庭のドラゴンはどうするのだ」
――!
「もし勇者一行が間違えて中庭に出てしまったら、一貫の終わりだぜ」
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