一階――巨漢のサイクロプトロール
「なに! ――勇者一行が全滅しないよう手加減してやられろだと? 正気か」
「魔王様がそうおっしゃっている」
魔王様より一足も二足も早く一階に辿り着いたデュラハンは、四天王の一人と打ち合わせをしていた。
「嫌なこった。せっかく久しぶりの獲物が来るんだ」
大きなハンマーを右肩に担ぐ「巨漢のサイクロプトロール」は、その名の通り大きな男で筋肉隆々だ。体重は100キロ以上あり、身長も2mを少し超えている。胸には七つの引っ掻き傷がある。飼い猫に引っ掛かれたそうだが真相は分かっていない。
本当は野良猫に引っ掛かれたらしい……。
「せっかくの獲物を自慢の「ド鎚」で粉々に粉砕してやろうと思っていたのだ」
「ド鎚?」
「ああ、超ド級のハンマー。略してド鎚だ」
「……ああ。凄いなあ。ハハ」
そのネーミングが凄すぎる。形は金槌にしかみえない。
「ド鎚のドは『ドレッドノート級』のドなんだぜ」
それって……どうでもいいよね。
「ハハ……ハ。てっきりドレミファドンの『ド』かと思ったぜ」
額の汗を拭った。古すぎてヒヤヒヤしてしまう。
「まあ、魔王様の気持ちも分かる。長年待ちに待った勇者一行がようやく魔王城に来たのだからなあ。……了解した。適当に戦って俺はやられたフリをしたらいいんだな」
大男だが見た目以上に頭が冴えているのが助かる。さすがは選ばれし魔王軍四天王の一人だ。
「ああ、助かる」
「いいってことよ。だが、もしやられたフリをしている時に追い打ちを掛けてこられたらさすがの俺も我慢できねえ」
「追い打ちか……」
あの勇者一行なら……あるかもしれない。人間共は姑息な手段を平気で使ってくるものだ。
「倒れたフリをしているときに脇の下をコチョコチョされてみろ……絶対に我慢できねー」
あー、それは俺も無理だわ。
「ああー、それはたまらないなあ。その時は構わない。存分に笑ってくれ」
「笑っていいんだな」
「ああ、笑っていいとも。だが、笑うだけだぞ、怒って勇者一行に危害を加えぬよう」
「大丈夫だ。指一本手出しはしない」
……うん? やられたい放題? ……ひょっとしてマゾなのだろうか?
「それと、倒れたフリをしている時に顔の前に洗っていない靴下を当てがわれても駄目だからな」
――そんな勇者の攻撃があったら、私でも逃げ出してしまう~! ――かもしれない。踏みとどまったとしても、酢っぱ臭ささは会心の一撃だ――! 鼻がもげるかもしれない。
「そうならないように祈っている。くれぐれも勇者一行を全滅させないように気を付けてくれ」
「大丈夫だ。俺はいつでも冷静沈着。動かざること山のごとし、言わざること猿のごとしよ」
「ハハハ……」
本当に大丈夫なのだろうか……。
「それじゃよろしく頼む」
「任せておけ。それとデュラハンよ、他の四天王にも同じことを言うのだろうなあ」
「……。もちろんそのつもりだ」
サイクロプトロールの大きな顔が近付いてくる。ちょっと距離感が近すぎて鳥肌が立つ。
「くれぐれも、抜け駆けするんじゃねーぞデュラハン」
「するものか。すべては魔王様のためだ」
耳たぶを噛まれるかと思いヒヤッとした。……耳もないのだが。
階段を上がり二階へと向かうと、ようやく階段を下りて来た魔王様と合流した。
「はあ、はあ、はあ、魔王城にもエレベーターが必要だな。次の魔会議で提案しようか」
「……御意」
四階建ての魔王城にエレベーターの必然性を見いだせない。それよりも耐震診断を早目に行って対策をしなくてはならないはずだ……。
エレベーターなどの贅沢品は、魔王様が必要だと言っても魔会議では通らないだろう……。
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