禁断の質問 社会人編
「もう発売してんだっけ? 特大宝くじ。」
年に数回取り上げられるこの話題。
さほど大人数じゃないうちの職場。
先輩後輩、若手ベテラン、男性女性関係なく、わりとみんな仲がよくて、楽しい職場だ。
「昨日から発売してますよ。」
「マジか。どうすっかなぁ、今回。」
「オレ、もう買ったぜ。」
「毎回毎回、当たらないのに、よく買うわよねー。」
「買えば当たるかも知れないけど、買わなきゃ絶対当たらないんだぜ? 当たる可能性があるかぎり、オレは諦めないね。」
「その情熱を、仕事にも回しなさいよ。」
「今回1等いくら?」
「3億で、前後賞併せると、5億です。」
「5億かぁ。5億あれば、早期退職しても、悠々と暮らせるな。」
「とか言いながら、結局定年まで働いてそうよね。」
「仕事人間だもんね~。5億はムリでも、1千万くらい当たらないかな~。新しいテレビ欲しいんだよね~。」
「5億当たったら、取りあえず、ローン完済させて、後は貯金だな。」
「うわっ、つまんねぇ使い方! 5億だぞ? 月に行くとか、星を買うとか……」
「ないわぁ、1番ないわ、それ。」
「あ、でも旅行いいな。豪華客船で世界一周とか。」
「オリンピック観戦ツアー!」
「遊園地貸切!」
「マンション買う!」
「投資とか始めようかな。」
なんて、当たってもいないのに大盛り上がりしているところで、そいつはやって来た。
そいつは、バカ騒ぎするようなタイプじゃないけど、決して暗いワケでもなく、いつもニコニコしながら、みんなの話を聞いている、そんなヤツだ。
自分から積極的に話したりはしないけど、話を振れば答えてくれる。
「外回りお疲れさまー。今ね、宝くじ5億当たったらどうするか、って話してたんだけど、あなたならどう使う?」
お調子者やおもしろキャラじゃないから、無難に貯金とか言うかな。
遅れての登場で、図らずも職場中の注目を集める格好になったから、なんか、ウケ狙いなこと言うかな。
『いやー、買ったことないんだよね、宝くじ。』
みたいなこと言って、回避するかな。
社員の視線を一身に受けてなお、そいつはいつも通りのニコニコ顔、穏やかな物腰でサラリと答えた。
「殺し屋を雇う、かな。」
凍りつく職場。
(今の、ボケ? 素?)
(ボケだとしても笑えないし、素だとしたらなおさら笑えないんだけど!)
(ターゲットは誰? えっ、オレ? いや、心当たりはないけど……)
「絶対に足が着かないような、優秀な殺し屋さんだと、5億じゃムリかな? そもそも、殺し屋さんへの依頼って、どうするんだろう?」
さらに凍りつく職場。
(なんか、話が具体的になってきてるんですけどっ!)
(『G30型のコンバインを買いたい』って広告を出せばコンタクト取れるよ、って教えてあげるべき?)
(絶対に足が着かない、って、そこまでして誰を殺る気だよっ!?)
相変わらずの微笑みに、真意がくみ取れない。
誰も一言も発せない異様な空気など全く気に留める様子もなく、そいつはさっさと自分のデスクについた。
かかってきた電話の呼び出し音をきっかけに、職場の時間がようやく動き出す。
そいつが外回りから帰ってきて電話が鳴るまで1分もかからなかったと思うけど、この時は異様に長く感じた。
その後、そいつもフツーだし、そいつに対する社員の態度にも変わりはないけど、なんとなく暗黙の了解で、宝くじネタは封印された。