31. 闇の足音
空港ターミナル内にある会議室。
大きなモニターを背にして、アイが講師となって座学を行っていた。
モニターにはペイント弾と銃が表示されている。
「――ペイント弾は速度も飛距離も実弾には及ばない。そこで、対アーマー戦の訓練ではレーザー式しか使われません。なのに選考会でペイント弾が使われるのはなぜでしょう。コハルさんわかるわよね」
「観客がわかりやすいからでしょうね」
「はい。そのとおりです。選考会はイベント……お祭りです。この銃はペイント弾や粘着弾、状況によって散弾といった、対人、非装甲車両などに使われます。だからと言って、対アーマー戦で何の役にもたたないってことは、ありません。ペイント弾の射程は、実弾での自動回避限界距離に近く、有効追尾限界でもあるからです」
エリカがさっと手をあげた。
「はい。エリカさん」
「有効追尾限界ってなんだっけ?」
アイが手にしていた端末を操作すると、スクリーンに機体の腕が動く映像が表示された。
「それは、センサーが高速で移動する敵をロックできる距離であり、敵に銃口が遅れることなく追従できる距離。それより接近されたら、自動で許される機体の動作では追尾させることが出来なくなるの。そこで、その距離を知るのにペイント弾での訓練は有効なのです」
エリカが手をあげた。
「でも、それって必要? あたしたちって模擬戦だけでしょ」
「相手は知ってる知識なのよ」
「あっ、それは、なんとなくいやかな」
「そうね……それは、いやね」
コハルがあごに指をあててうなずいた。
エリカは口をへの字にして何かを考えていた。
「あっ、速度が速くなっても変わるんじゃないの」
サトコはアイが答える前に、手にしていた情報端末を見ながら声を出していた。
「たしかに相手の速度によって距離は変わりますけど、今以上だと航空機で戦闘するのに近くなりますね。地表でそんな戦い方が出来る広い平らな戦場は現実的じゃないですし、急旋回や反転なんかしたらパイロットが潰れますよ」
「サトコさんの言うとおりです。だから経験による先読みや戦術で機体の向きを合わせて戦う方法を、反射的にできるまで叩きこみます。サトコさんもですからね」
「わたしもですか?」
「はい。整備はコウタにまかせて大丈夫ですよ」
訓練では敵味方を入れ替えたり、組み合わせを変えたりもしていた。
コハルとエリカを敵の視点で見て学ぶサトコ。
コハルとサトコの動きを予測するエリカ。
エリカとサトコの動きが単純だと、知ることが出来たコハル。
防御側となったとき、マトのある穴との距離を気にして戦う難しさ。
そのことで生まれる隙も見つけることが出来た。
「やったぁ~。また勝ったぞぉ~」
「そうですね。フラフラさせながら狙うのもなんとか出来そうです」
サトコのコックピットにエリカの声。
サトコはモニターを見つめながら答えた。
模擬戦を終えて格納庫の前で機体が並んだ。
膝を着いた機体のハッチが開いてパイロットが降りる。
敵役の3人が並んでテントに用意された椅子に座って、ドリンクを手にして飲んでいた。
アイがドリンクをテーブルに戻して口を開いた。
「サラサは射撃に時間をかけすぎよ!」
「はい。でも、みんなの動きが読めなくて」
「読んでるだけじゃだめ! 威嚇して動きを絞らなきゃ」
「はい」
サラサは少し落ち込んだ顔をしてアイの話を聞いていた。
それを聞いていたセイジがアイの肩に手を乗せた。
「そんなの、いきなりは無理ですよ。隊長」
「セイジは、すぐにそうやって、甘やかしてばっかりなんだから」
サラサはパイロットになるなんて思ってもいなかった。
親族のコネで入社できると思って、学生生活を楽しみ過ぎた。
その結果、祖父にも父にも断られ、修行してこいと送られたのがココだった。
「サラサありがとね。当たってくれて」
エリカが顔を緩ませたまま、サラサに抱き着いていた。
「当たる気なんかないですよ」
「サラサ、嬉しい事、言ってくれるねぇ~」
訓練が始まった日から、サラサにエリカが絡むのは日常となっていた。
それを見ていたコハルが声をかけた。
「エリカ。サラサが嫌がってるでしょ」
「いえ、いつものことですから平気です」
「そう……なら、いいけど、いやならはっきり言わないとダメよ」
「はい」
数日後、機体の整備を終えて、輸送機に積み込み、会場の空港へと出発した。
到着した輸送機から機体を降ろすと、輸送機は帰った。
選考会が終わるまで数日あるのと、置き場所がないためだった。
機体は各社ごとに割り与えられた格納庫の中で、軍の事前検査が行われた。
安全基準を満たしていることはもちろん、要求内容に沿った機体であること。
そして、外見や内部構造が、設計と大きく異なっていない機体であること。
それが済んでから実弾射撃が行われた。
銃は配備中の現用機が使っているのと同じ物。
「ペイント弾じゃないのって初めてだよ」
「そうね。でも操作は変わらないわ」
「装備に合わせて射撃制御も自動変更されますから、確認してください」
最大有効射程距離の標的を撃つ。
光学照準と電波照準で固定ターゲットと移動ターゲットを撃つ。
全企業の機体が検査を通過。
これだけで数日が過ぎた。
そして、模擬戦が行われる日がやってきた。
来賓席には、社長とキヌタ専務。
指揮監督はアライ部長だった。
多くの整備スタッフといっしょにコウタも来ていた。
軍の基地。
ゲートには小銃を手にした兵が、車両のチェックを行っていた。
そこへ1台の大きなバスが現れた。
車内には、松葉色の作業着を着た者達が座っていた。
その胸にはGG社の血のようにくすんだ赤いロゴがあった。
「GG社の整備チームです。遅れてすみません」
「聞いてます。念のため代表者のIDだけ確認させてください」
「はい」
ゲートの警備員がカードを受け取って端末にかざすと『OK』と画面に表示された。
事前に登録されている車両への検査は無かった。
軍はGG社を不信に思ってはならない。
何かあれば除隊させられると言われているから、誰も余計なことはしない。
バスはGG社の格納庫に向かわず、屋上が来賓席となっている建物の前で止まってドアが開いた。
「行くぞ」
前の座席にいた男が立ち上がって、降りると他の者が続いた。
バスの側面にある貨物扉が開いて、大きなケースを降ろして台車に乗せ、建物の中へ消えていった。
バスはドアを閉じると、ゆっくりと走り出し駐車場へ向かった。
頭の中に想像する空間は広く。
物語に没頭する時間は長く。
年度末、経理のために働かないことで、叶うこともある。




