30. 「娘の未来を変えてやりたい」
【統一経済圏本部ビル。幹部室】
大きな窓辺のデスクに影を映す男。
応接用ソファーに座っている男。
戦後処理……。
最優先で進められたのは宇宙の掃除だった。
全ての作業に費用は掛かる。
その負担は敗戦国だけでなく、同盟国にも及んだ。
そして、自国民にも。
結果、下級民だけでなく軍や企業の上層部でも不満を口にする者が増えていた。
その事は統一経済圏の情報部も把握している。
「――人を引き寄せる者どもの排除は順調です」
「英雄気取りで、いまだに猟機兵装乗りにこだわる奴らも、もうすぐ片付く。民衆には夢や希望など、信じてもらってはこまるからな。民衆が信じ、すがるのは金銭だけでいいのだよ」
◇
戦争が終わって数年……。
青い海。
青い空。
輝く太陽。
コンクリートとアスファルトで覆われた島。
真っ白に塗られた巨大な建造物。
モニターの並んだ室内。
「――10、9、8、7、エンジン点火、4、3、2、1、浮上」
巨大なロケットが煙に包まれ浮上し、加速しながら上昇してゆく。
青い空に白い線を引いてゆく。
その先にはロケットエンジンの放つ光が十字に輝いて見えた。
旧・王立宇宙開発局、ロケット発射場。
戦争により、統一経済圏連合に占領された島。
戦後処理として、速やかに通信網の回復を行うと発表した連合本部。
そのために、デブリの除去が必要だった。
各国への協力を呼びかけ、資金を用意し作業は順調に進んだ。
高高度からのレーザー衝撃波による、デブリの叩き落とし。
それと吸着球と呼ばれる粘着物の散布。
デブリは吸着球へ衝突し減速する。
速度を失ったことによって大気圏へと落ち、燃えて無くなる。
衝突しなかった吸着球も、数十年後には大気圏へ落ちる。
長期にわたり続けられた結果、安全な軌道上に人工衛星が稼動し始めた。
これにより、天候、通信、位置情報が得られるようになった。
しかし、得られる国は統一経済圏本部のある国。
それ以外は高額な情報料金を支払う必要があった。
その演説は各国で放送された。
モニターには連合の旗を背にした男が演台に両手をついて映っていた。
「――協力して頂いたのは、デブリの除去費用。衛星は我が国の財産であり――」
各国が独自の衛星を打ち上げたくても、ロケット開発関連施設は連合傘下の企業によって運営されている。
研究員は自身や家族の生活を守るために、離れることは無かった。
そして、低軌道に軍の監視衛星が打ち上げられ、数ヵ月。
衛星から送られてきた画像に、未登録の猟機兵装が写っていた。
◇
「タキタ少尉。聞こえているか」
「はい、聞こえます。キリシマ大尉」
俺はキリシマ大尉。
戦後、連合軍が初めて採用した猟機兵装。
GGA03ザンゲツのパイロット。
今は任務で、大気の薄い高高度を僚機のタキタ・ジンベイ少尉と並んで飛行していた。
「そろそろ目的地だ、高度を下げる。ついてこい!」
「了解」
俺が右へ機体を滑らせ、降下を始めると、タキタが続いた。
遠くに山が見える。
広い平野。
大きな道の周囲には、雑草に覆われた耕作地が見える。
戦後は許可なく食料を生産する事を禁じられていた。
だが、それは敗戦国や国力の無い国へ許可されることはなかった。
食料の生産は、人類が存在する限り永遠に安定した利益を生み出せる産業。
その利益を減らす行為を認めるはずがない。
そのせいで多くの耕作地が荒れていった。
人の心も……。
地表に機体を浮遊させ、少しはなれた位置で背中を向け合い、周囲を警戒。
「――こちらキリシマ。降下完了、付近に反応無し、これよりトンネルへ向かう」
「こちら本部。速やかにトンネル内を調査せよ!」
「了解」
俺達は道路上をゆっくりと移動した。
トンネルまではまだ遠い。
「キリシマ大尉。敵は武闘Ⅰ型、左腕の無い機体ですよね」
「片腕でも武器は使える。そろそろおしゃべりは終わりだ、気を抜くな」
「了解」
俺達はトンネルが近くなると、左右に分かれて接近。
トンネルの淵に着いた。
「タキタ。中を確認しろ」
「了解」
真っ暗なトンネルの中へ右腕の銃を入れ、内部を暗視カメラとレーダーで確認。
「反応、ありません」
「よし、タキタは反対側に移動しろ。俺が中に入る」
「了解」
浮いたまま待機姿勢のように膝を曲げ、トンネルの中へ入った。
非常駐車帯も回転場も無い短いトンネル。
猟機兵装を隠せるような不信なところは何もなかった。
俺の機体がトンネルを抜ける。
僚機のタキタ少尉が待っている。
そう思って油断していた。
トンネルを出ると、俺は機体を停止させた。
その瞬間、機体の装甲を叩くような音が、コックピットに響いた。
「撃たれてるだと! タキタはどこだ?」
弾はザンゲツの弱点である脇の下に突き刺さり、起電石を傷つけていた。
至近距離で多方向からの同時攻撃。
それによる自動回避処理の遅延。
「くそっ! コイツの弱点を……」
浮遊石が光を失い、両足がアスファルトに触れ着地した。
機体は待機姿勢のまま、モニターが少し暗くなった。
非常電源で、コックピット内の機器は稼動しているが、機体は完全に動かなくなった。
モニターには、黒いマントを付けた者達が映し出されていた。
数人が巨大な対装甲ライフルを手にしている。
俺は、そのマントが赤外線やレーダーから身を隠す、特殊素材だと判断した。
「何者だ! そんなモノをどこで手に入れた」
拡声器を起動して叫ぶと、黒いマスクで顔を隠した者達はゆっくりと散って周囲の荒れた畑の草の中に消えていった。
残った者が数人。
その中心にいるリーダーと思われる者が、マスクを外して顔を見せた。
「自爆装置なんて付いて無いことは知っている。話したいんだ。あんたを仲間にしたい」
機体の外にいたのは知っている人物だった。
王国との戦争が始まる前にテロリストや紛争地域へ向かう軍の特殊部隊。
エアボーンウイングスのエース。
「ライタ中尉なのか?」
「ああっ、覚えていてくれてよかった――」
昔、俺はライタ中尉の部下だった。
僚機のタキタはライタ達の仲間だった。
俺が倒されて、離脱。
基地に戻り、除隊申請を出すことになっていると聞かされた。
僚機を失い怖かったと言うだけで除隊を認められる。
今の軍は辞めたい奴を引き止めることなどしない。
縮小を加速させているから。
これは全てライタ達の計画だった。
連合が不要とする優秀なパイロットを確保するためだと。
俺はライタについて行った。
まだ新しいコンクリートに囲まれた地下の秘密基地。
見覚えのある猟機兵装も並んでいた。
左肩に描かれているのは、とんがり帽子をかぶってホウキに乗った魔女。
反連合軍、シャーロット小隊のエンブレム。
何度も戦ったことを、思い出していた。
狭い通路を進んだ先にある扉を開いて中に入った。
コンクリートが剥き出したままの部屋。
そこで、真実を聞かされた。
偽りの映像の数々。
真実の映像。
自分達の国で、食料すら作ることも許されない。
そんな世界で飢えから逃れるために、奴隷のように生きる人々の姿。
それすら叶わず、地下に集まって暮らす難民たち。
周囲の土地に野菜を育て、シェルター内で生活していた。
その農地を作るために、装甲も無い片腕の僚機兵装が使われている。
それが標的の武闘Ⅰ型だった。
「――食料生産までもが僅かな国の企業にしか許されない。それが正しいと? そんな世界を守るに値すると信じているのか?」
俺も奴隷になりかけていた。
同じ日々を繰り返すだけの生活。
休みの日に出かけても、近所の公園か最低限の日用品を買うだけ。
娘の誕生日に、小さなぬいぐるみを手に入れるだけでも苦労する。
遊園地や旅行になんか、連れて行ってやれない。
そういった場所は、中級民以上じゃなきゃ入れない。
軍の猟機兵装パイロットは今では下級民。
『行って見たい……連れてって……どうして行けないの……どうして……』
幼かった頃の娘に、泣かれたことを思い出した。
どんなに泣かれても、連れて行けなかった。
俺は椅子に座って、うつむいたまま答えた。
「娘の未来を変えてやりたい」
灰色だったコンクリートの床には、黒い点が増えていった。




