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Potato~into the sky~  作者: 真上犬太
8、弱い者、強い者
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8弱い者、強い者(その三)

 店を出ると、セドナは夕暮れの光に包まれ始めていた。友人と別れ、のっそりと歩道を歩いていく。行きかうヒューやドラゴンの間を縫うようにして、どこを目指すわけでもなく。

 立ち並ぶ店を見るともなしに見ていた太ったドラゴンの目が、一軒の店に吸い寄せられた。

 ヒューやドラゴンの子供たちが群がる玩具店に自然と足が向く。迷惑そうな子供たちの間をすり抜けてカード売り場の棚へと歩み寄る。

 太い指がブレイズのカードパックを取りだし、その包装を見つめた。

 表面に印刷されているプレイヤーに見覚えはなかった。その胸元に刻み込まれた<シエル・エアリアル>のチームロゴ。

「そうか」

 腹の奥がむずがゆくなって、自然と笑いがこみ上げてきた。

 自分が苦しみ迷っている間も時間は進む。ブレイズプレイヤーの候補生は毎年百人単位でやってくる。その潮流の中では、どんな有名プレイヤーもあっという間に過去へと消え去っていく。自分の固執と裏腹に、ライル・ディオスは完全に過去になっていたのだ。

「そうだよな」

 くすくすと笑いながら彼は外に出た。自分の中に残っていた最後の未練を、見知らぬ選手のパックと一緒に店に置き去りにして。

「俺は、ファルスなんだ」

 その呟きを、唐突に吹き降ろした山風がかき消した。

 突風がファルスの脳裏にびしょぬれの青い仔竜の姿が思い起こさせた。この世界でおそらくたった一人、ライルが帰ってくることを待っている存在。

 だが、その待つべき相手はもういないことを、自分が一番よく知っていた。

 そのことに思い至ったとき、痛みが戻ってきていた。恐れや拒絶から来るものではない、あらゆる意味での悔悟を源にした痛み。

「ごめんな、アルト」

 再び押し寄せた山からの風が、引き潮のように言葉をさらっていく。誰もいない空間に投げられた謝罪が虚空に消える。

 バカか俺は。

 本人に言わなきゃ、意味ないだろ。

 太った体がゆっくりと、それでも明確な目的を持って動き出した。いなくなった男を待っている仔供に、思いを伝えるために。


 砕けていく波頭と、吹き下ろす山風。

 沈む太陽が海原を黄金に染め上げていくのを、アルトはただ見つめていた。

 湾のほぼ中央に屹立する競技用のポート。いくつもの影がこちらを目掛けて飛んでくるが、その大半が道程の半ばであらぬ方向に曲がり、水面に吸い込まれていった。

 自分の寄り掛かった堤防の下には砂浜が広がり、そこで遊んでいる人の声が響いている。

「……ここに、いたんだ」

 背後から掛かるテッドの声にあえて返事をせず、仔竜は海を眺め続けた。

「家に行ったら出掛けたって聞いてさ、あちこち探したよ」

「ごめん」

 右隣に陣取ると、テッドはアルトの顔を覗き込んだ。

「どうするの……これから」

「わかんないよ」

 投げやりでも絶望でもなく、素直な気持ちがそう言わせた。

「でも、さ。ここに来たってことは、やる気はあるんだよね?」

「わかんない」

「だって……それじゃ……」

 困惑した少年の表情に、アルトは苦笑いを浮かべた。

「あのさ、初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「……うん」


 今日までに至る、最初の日。一度も飛べる兆しを見せなかったアルトを、同じクラスの仔供達がはやしたてて去っていく。

 泣きながら坂を下っていく自分の前に現われた、一人の少年。

『な、にか、よう……?』

『……嫌じゃなかったら、今から僕の家に来ない?』

 訳も分からずに連れていかれた彼の部屋を埋める、ドラゴンたちの姿。始めて見たブレイズの、高速の闘い。漆黒や紅、碧の群れを貫いて進むライルの深い蒼。力強く、真っすぐなその飛翔が、アルトの心を捉えた。

『すごい……』

『デビューして二年目だけど、同期のプレイヤーとは格が違うって、一番の注目株なんだ』

 生まれて初めての憧れだった。その蒼い姿が自らの物であれと、強く願った。

『……僕も、こんな風に飛べればいいのにな』

『なれるよ』

 その言葉にはそれから今日まで続く根拠の無い、それでいて励まされる確信で満ちていた。

『がんばれば、必ず君も、こんな風に飛べるようになる』


「あれからずっと、僕はライルを見てきた」

 俯いて、アルトは呟いた。

「始めはこんな風に飛べたらいいって思って、授業の前の日とか落ちた日に、何度も見てた」

「他のもあるよって言ったのに、ライルの出てくるやつばっかり持っていったよね」

「だんだん、憧れてるとかじゃなくて、ライルが活躍して、勝つのが嬉しくなって」

 いくつもの喜びをさらに大きな物にし、いくつもの悲しみや苦しみを小さな物に変えてくれたその姿。

「でも……あんなことがあって、僕は……何もできなかった」

「そんなこと言ったって……」

「分かってるよ」

 テッドのなぐさめを遮ると、アルトは喉に詰まったしこりをなんとか飲み下す。

「それから、ずっとライルは帰ってこなくて、待ってることしかできなくて」

「アルト……」

「だから、僕は、悔しかったけど、今度のこと、ちょっと嬉しかったんだ」

 切り裂かれるような、針で貫かれるような、そんな痛みが胸を苛んだ。食いしばった歯の間から憤りが漏れる。

「やっと、僕も、何かライルに、してあげられるって」

 合わせていた顔をそっと外して、テッドも同じように海を見つめた。

「でも……それが、だめに、なっちゃって……いっぱい、もらったの、に」

 隠しようもない涙が、食いしばった顎の下へと伝わり、嗚咽で声が嗄れていく。

「やっと……とべたの、に……」

 それ以上の言葉が続けられず、仔竜はただしゃくり上げたまま、海を見つめた。

 何もかもが重く、のしかかっていた。目指すべき所は分かっているのに、そこに辿り着く術が見いだせない。やれば確実に負けるだろう、それが痛いほどの現実になって肌を刺すようだった。

 だが、それでも何かが納得いかなかった。こんなところで終わりたくない。

「あきらめたく、ない……よ」

「……やればいいじゃないか」

 怒ったような声で、少年は仔竜の呟きに応えた。

「やりたいなら、やればいいんだ!」

「……テッド?」

「ファルスさんは無理だって言ったけど、そんなことどうだっていいじゃないか! ダンとの勝負は、君がやるって言い出したんだよ!?」

 荒々しくアルトの両肩を掴むと、テッドは真正面からこちらを睨んだ。

「あの時は、ほんの少しだって勝てる見込みはなかった! でも、君はちゃんと飛べるようになって、あいつと同じ場所で戦えるようになったんだ!」

「でも……勝てなきゃ、ライルが……」

「勝ち負けなんてスタートして、ゴールしてからの話だろ!? こんなところでうじうじして……ポテトになってる君に何が分かるんだよ!」

 それ以上言葉が続けられず、テッドは何も言わずにアルトの胸へ頭を押しつけた。

「そう……だよね」

 胸の奥を渦巻いていた迷いが、吹き払われていく。

 できるからやるんじゃない、できなくてもやる。ダンとの勝負を決心したとき、自分はここでそういったはずだ。

 自由にさせてもらえない両手をぎこちなく廻して、仔竜は少年の背中を抱いた。

「分かったよ。テッド」

「本気で、やるつもりなのか」

 いつのまにか目の前に佇んでいた丸い影は、囁くようにアルトの言葉を引き取った。

「おじさん……」

「勝てないどころか、下手すりゃケガするかもしれない、それでもか?」

「うん」

 夕暮の公園の時のように、間に割って入ろうとするテッドを制して仔竜は頷いた。

「負けるのは、恐くないのか?」

「だから、悩んだんだよね」

 いつのまにか、うまくやる事だけを考えていた。飛ぶことすらままならなかった、過去の姿を忘れて。

「でもさ、逃げたらきっと後悔するよ。こんなに悔しいんだもん」

「ずいぶん……強くなったもんだな」

 そう言って目を細めるファルスに、アルトは照れ臭くなって頭を掻いた。

「そんなことないよ。テッドに言われなかったら、やめてたかもしれないし。ただ……」

「ただ?」

「あいつには負けたくないって、思っただけなんだ」

「ふっ……は、ははっ、ははははははは」

 突然、弾けるように笑いだした太ったドラゴンを、二人は呆気に取られて見つめた。

 やがて、思うさまに爆笑してしまうと、彼は真顔になって深く頭を下げた。

「悪かったな……その、ライルのこと」

「……うん。でも、どうしてあんな事」

「いや、その……なんだ……」

 わずかに口篭もると、ファルスは暮れかかった空に顔を向けた。

「む、昔、俺の友達で……似たような無茶を、やった奴が居てさ……そいつの事があったから……つい、な」

「そうなんだ……」

 そのまま会話が途切れ、二人は互いを探るように視線を合わせ、言葉を転がした。

「その、なんだ……」

「あ、あのね……」

「もう一度、アルトのコーチになってくれませんか?」

 驚いて振り返ると、テッドはいかにも世話が焼けるといった表情で、肩を竦めた。

「外を飛ぶコツを教えてあげられなくても、ファルスさんがいてくれるなら、アルトも心強いと思うんですよね」

「そいつは、できないな」

 意外な言葉で不安いっぱいになった仔供達に、ファルスは柔らかく微笑んだ。

「今回はコーチじゃなくて、お前のマネージャーになるつもりなんだから」

「……おじさん!」

「それに、コーチだったら、とっておきのスペシャリストのあてがある」

 青い仔竜は首を傾げ、ふと思い出した。

「そっか、おじさんの友達!」

「あいつなら、いい方法を知ってるかもしれない。今日中に聞いておいてやるよ」

「それじゃあ……」

「明日から、練習再開だ」

 そう言って頷くファルスの顔を見ているうちに、アルトは自然と拳を固めている自分に気が付いていた。

 だが、今度は悔しさのそれではない。

 夕日に浮かび上がる尖塔の影を見つめ、アルトは決意を込めて力強く頷いた。


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