8弱い者、強い者(その一)
窓からの光が、瞼の裏まで貫くような強さで差し込んでくる。
ベッドの上で身じろぎをして、アルトは太陽の脅威から顔を逸らした。
「アルト!」
階下からの母親の呼び掛けに、仔竜は再びうごめいた。
「アルト! テッド君が……」
「帰ってもらって!」
そう言い放つと、ずり落ちていたタオルケットを頭から被る。
「なに言ってるの! 早く降りてらっしゃい!」
「いいから帰ってもらって!」
苛立ちに満ちた沈黙の後、足音が階段から遠ざかっていく。玄関先でのやりとりを終えて、気配が引き返してきた。
「……テッド君と喧嘩でもしたの?」
「とにかく会いたくないんだ。ほっといて」
呆れたようなため息を残して、母親が去っていく。いつのまにか力んでいた体を弛ませて、アルトはベッドに沈み込んだ。
静まり返った部屋の中に、秒針が時を刻む音だけが響いている。
ふと、思い出したように枕元に置いた雑誌をめくり、無造作に閉じる。そんなことを繰り返している内に、仔竜の心に去来するものがあった。
ダンの事やファルスの言葉、その一つ一つに怒りや悔しさが沸き立ち、冷たい塩水の記憶と共に、気持ちが深く暗い底へ沈み込んでいく。
そんな悶々とした時間が過ぎ、やがて仔竜はベッドから体を起こした。
「ちょっと、出てくるから」
短い断りを残して、アルトは家を出た。
外は相変わらずの陽気で、自然と汗が滲んでくる。歩きながら、仔竜は少し困った思いをしていた。
別にどこへ行こうという訳ではないが、自分の馴染みの場所ではテッドに出くわす可能性がある。ましてやポートの公園でファルスに会うなど願い下げだ。
十字路の前で立ち止まった時、仔竜の目に大通りの向こうへと続く、なだらかな坂道が映った。あそこなら、どちらとも顔をあわせなくて済むだろう。
青になった歩道を渡ると、アルトは坂を登って学校に向かった。
門のところから眺めると練習用ポートから飛び立っていく仔竜たちの姿が見えた。練習を見ている先生に気付かれないよう、塀伝いに練習用ポート近くへと歩み寄る。
一人の仔竜が一番下のポートから飛び出し、下のマットへと落ちていく。その姿に、アルトはそっと呟いた。
「そっか……もう、飛べるんだよな」
夏休みが始まる前、自分は落ちるためだけにここへ来ていた。心のどこからか、タールを塗った木の天井や、何度も必死になって走った校庭のグラウンドが浮かび上がってくる。
自分はもうポテトじゃない。一番高い飛翔口からも、自由に飛んでいく事ができる。
「それでも……あいつには勝てないんだ」
言葉が、自嘲を含んでこぼれ落ちた。海原を渡る風と潮の冷たさがよみがえり、赤い仔竜の勝ち誇った顔が目の前をちらつく。
唐突に、藍色の顔が記憶に割り込んだ。
『お前が勝ったからって、ライルが戻ってくるわけじゃないだろ』
ファルスの言葉はあまりにも冷静で、冷淡だった。
そして彼の態度が、自分をこんなにも切なくしているのだと、アルトは気が付いた。
始めて逢ったときから、どこか普通の大人とは違っていた。自分の内に秘めた悩みや迷いを優しく受けとめてくれてきたのだ。
正直、アルトはファルスが何かの秘策を持っていると期待していた。もし無かったとしてもきっと応援してくれると思っていたのに。
『根性なしのプレイヤーなんかのために、お前が体を張ることはない』
思い出された言葉に、胸がきりきりと痛む。ファルスの裏切りとライルに対する喪失感が、震えるような絶望を呼び覚ます。
「どうしてなんだよ……」
フェンスの下にうずくまる仔竜の周囲で、いつかの冷気が広がっていた。




