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Potato~into the sky~  作者: 真上犬太
3、ゴマメノハギシリ
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3、ゴマメノハギシリ(その二)

 ポートから西に行ったところに、古い石造りの建物が並ぶ市街がある。

 そびえるアパートメントの一階部分に、食料品や日用品を売る店が入っており、大通りを挟んで商店街が作られていた。そのいちばん端に『アルマー玩具店』はあった。

「よかったね、まだ残ってて」

「うん」

 小さな紙袋を手に、二人はドアを抜けた。

 そのまま、店の前に置いてあるベンチに腰掛けて、中身を取りだしはじめる。

「でも、よく分かったね。このパックが入るの」

「この前、店の人に教えてもらったんだ。知り合いの店が潰れるんで在庫整理してたら、倉庫から出てきたんだって」

「三年も前のトレカ出し忘れるんじゃ、潰れて当たり前だよ」

 辛辣な感想を述べながら、アルトは小さな包みを開け、カードの束を頭だけ出した。

 そして、親指で一枚づつ押し下げながら確認する。

「なんだ、全部持ってるよ。そっちは?」

「まだ二パック目、収穫ゼロ」

 仔竜も次の包みを取り出して、同じようにして中身を探る。少し面倒だが、こうやって包みを残しておかないと、バラけてかさばるからだ。

「これもダメか……」

「ん?」

 いぶかしげな声を上げて、少年が一枚のカードを引き抜いた。選手が映っている側の枠が、光るフィルムで箔押しされている。

「ほら、これ!」

 そこは、今しもチェッカーを受けるライルの姿があった。

「すっごい……箔押しのレアなんてはじめて見た!」

「個人総合優勝者が出た時は、特別なプレミアムカードが作られるんだよ。ジョシュアの時代は普通のレアと別の角度から取った写真だったんだけど……」

 深いため息をついて、アルトはしげしげと、少年の手に収まったカードを見つめた。

「あ、あのさ」

「なに?」

「お願いが、あるんだけど」

 微妙な表情を浮かべて、テッドはカードとこちらを見比べている。

「それ、何かとトレードできないかな?」

「……どうしようかなー」

「もちろん、代わりになるものなら何でもあげるからさ!」

「じゃあ」

 仔竜の手のひらにカードが載せられ、テッドは言葉を継いだ。

「明日からさぼらずに、練習にいくって約束してくれる?」

「え」

「出来ないかい?」

 アルトは目をつぶり、必死に考えをしぼった。

 そして、

「分かったよ」

 苦笑してアルトは頷いた。

「でも、本当にそんなことでいいの? 早く飛べるようになれ、とか」

「不満だったら出店のアイスクリーム、夏休み中好きなだけおごってくれるのでもいいんだけど?」

「うわっ、うそうそ、それでいいよ!」

 大慌てで否定しながら、仔竜は気が付いた。

 テッドは自分のためにわざわざ、こんな条件を出してきたのだ。カードの入庫の情報も、練習が嫌になっているだろう自分を励ますために仕入れてきたに違いない。

「……テッド」

「ん?」

「さっきは、怒鳴ったりして、ごめんね」

「うん」

 譲渡されたカードを受け取り、アルトはその感触を確かめた。

『お前の一番好きなプレイヤーって、誰なんだ?』

 ファルスの何気ない質問が心を蝕む。

 この世界に、ライル以上に好きなプレイヤーは居ない。

 だが、それを広言できない自分は、彼のファンであると言えるだろうか。苦々しい気持ちを抱えて見つめていたカードが唐突に抜き去られた。

「お前……こんな奴が好きなのかよ」

「ダン!!」

 赤い仔竜は、こちらを見下ろして口元を歪めた。

「俺の忠告どおり、練習サボってカード眺めてたのか」

「……別に、そんなんじゃないよ」

「ライル・ディオス、ね」

 盛大に鼻息を洩らすダンに、仔竜は猛然と立ち上がった。

「何が、おかしいんだよ!」

「ま、お前にはお似合いのカードだな。こいつもポテトなんだからよ」

「ライルは、ポテトなんかじゃない!」

 声を荒げるアルトの前で、奪われたカードが左右に振られる。

「二年前に事故やって、それっきりサーキットに戻ってきてねーじゃん。オマケにチームも除名になってるしよ。どう考えてもポテトじゃねーか」

「そんなの関係ない! 大体、まだ復帰しないって決まったわけじゃ」

「決まってんだよ!」

 怒りを充満させてにらみ付ける青い仔竜に、ダンは苛立ったような視線を返した。

「一日飛ばなかったブランクを取り戻すのに三日かかる、ブレイズのプレイヤーならみんな言うことさ。それが二年も音沙汰ないんじゃ、無理に決まってる!」

「う……」

「しかし、こいつもいい迷惑だよな」

 指先でカードをつまみ上げながら、赤い仔竜は侮辱の言葉を吐き捨てた。

「お前みたいなポテトがファンなんかやったから、飛べないのが伝染したんだぜ。かわいそうにな」

 くすぶり続けた憤りが、一気に爆発した。

「う……うわあああっ!!」

 絶叫しながら胸板めがけて突進したアルトの体が、ダンを石畳に突き飛ばす。

「ライルを、悪く言うなっ!」

「なに、すんだよぉっ!」

 いきなりアルトの足に大きな塊がぶち当たり、世界が真後ろに倒れていく。起き上がりに放ったダンの尻尾の一撃、それに気が付いたときには、馬乗りになったダンの怒りに満ちた顔があった。

「いきなり突き飛ばしやがって! お前みたいなポテトの翼とはできが違うんだぞ! 折れたらどうすんだよっ!」

 立て続けに平手が顔を張りとばしてくる。その背中に必死でテッドがしがみつく。

「やめろっ! アルトから離れろ!」

「うるせえっ」

 体格では半分ほどしかない少年を、無造作に振りほどく。その隙にアルトは頭を勢い良く起こして、ダンの胸板に頭突きを入れた。不意を突かれてよろめいた赤い体から抜け出すと、仔竜は肩で息をしながら相手をにらみ付けた。

「ラ……ライルを、悪く、言うな……」

「う、うるせえ……何度でも言ってやる、お前みたいなポテトが、ファンになったプレイヤーなんて、絶対復帰できるもんか!」

「おい、お前たち! 何やってるんだ!」

 店の中から、数人の店員が飛び出してくる。そのまま赤と青の仔竜を別って、今にも飛び掛かりそうになるお互いを押し止めた。

「ぼ……僕は、ポテトなんかじゃない! だからライルだって絶対、復帰するんだ!」

「……そうかよ」

 みなぎっていた勢いを収めると、ダンは顔をそびやかして言った。

「なら、俺と勝負しろ」

「勝負!?」

「今度のラグーンレース、お前も出るんだ。それでお前が勝ったら、ポテトじゃないって認めてやる」

「そんな勝負、受けちゃダメだ!」

 起き上がってきたテッドが、火花を散らす視線の間に割って入る。

「どけよ。お前には関係ないだろ」

「ダメだよアルト!」

 少年を脇に押しやると、アルトは力強く頷いた。

「受けるよ。絶対勝ってやる!」

「その代わり」

 信じられないほどの酷薄な笑みを浮かべて、ダンは青い仔竜に顔を近づけた。

「お前が負けたら、ブレイズのファンなんかやめちまえ。これ以上プレイヤーにポテトが伝染したら迷惑だからな」

「ううっ」

「もちろん、ライルのもだぜ」

「このぉ……っ」

 悔しさで全身をぶるぶると振るわせるアルトを尻目に、ダンは足元に落ちていたカードを手に取った。

「こいつは預かっとくぜ。お前が逃げ出さないようにな」

 立ち去っていく赤い背中を凝視して、アルトはきつく歯を噛み合わせた。


「なんで、受けちゃったのさ」

 半ば呆れたような顔で、テッドは白いコンクリートの堤防に座った。ケンカの後、二人は黙ったまま、セドナの内海が見える海岸通りまでやってきていた。

「相手は毎年ラグーンレースに出て、優勝してるんだよ? いくらなんでも……」

「僕に勝ち目はないって?」

 咎めるように仔竜は少年を見つめた。それから、同じように隣に座る。紅に染まる海から幾重もの波が押し寄せて、二人の下で砕けていった。

「……今、君は飛ぶことだってできないんだよ?」

「あいつは、ライルを馬鹿にしたんだ。それに、僕にファンをやめろって!」

「今からでも、謝ったほうが……」

「謝るのはあっちの方だ!」

 意固地になったアルトの発言に、テッドは湾の彼方を指差した。

 満ちた潮の向こうに、一つの櫓がそびえ建っている。ちょうどそれは、学校の練習用ポートを、海に突き立てたような形をしていた。

「セドナ市の夏の恒例行事、セドナ・ラグーンレース」

 分かり切ったことを、テッドはゆっくりと復唱した。

「海上に建てられた競技用ポートから、砂浜までの距離およそ五百メートル。大人子供に関わらず、競技に参加するドラゴンはみんな、あそこから飛ぶんだ」

「そんなこと……」

「分かってるなら、自分がどれだけ無謀な約束をしたかも、分かってるよね」

 とっさに反論しようとして、アルトは口をつぐんだ。

 反論できるはずもない。飛べないという事実は、自分自身のものなのだから。

「それでも」

 決意、というにはあまりに悲壮な声音を、青い仔竜は絞りだした。

「僕はやるんだ。あいつに勝って、謝らせる。カードも取り返す」

「……分かった」

 諦めたように、テッドは空を仰いだ。夜が薄い幕を重ねて、その色を群青から漆黒へと移り変わらせていく。

「それじゃ、僕も協力するよ」

「君が?」

 少年はこちらに顔を向け、笑った。

「たしかに、僕は空を飛ぶことには何の役にも立たないけど、君を励ますくらいはできる。それに、ブレイズの優秀なトレーナーにはヒューも結構いるんだよ?」

 いったい、どうやったら今の気持ちを伝えられるんだろう。

 相手のしてくれた助言を、励ましの数々を疎んじていた自分に何が言えるのか。

 不器用に口を開け閉めしている自分が、アルトはもどかしくてたまらなかった。

「気にしなくていいよ」

 優しく、ささやくように、テッドは言葉を洩らした。

「僕が勝手に、好きでおせっかいを焼いているんだから」

 結局、浮かび上がった百万言を砕ける波頭に放り捨て、仔竜は一言だけ告げた。

「ありがとう。テッド」


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