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九、再会する人魚姫

お気に入りありがとうございます。とても励みになりました。

 一つの楽器すら伴わない歌唱は観客を飽きさせる危険があるというのにエーデリスは堂々としている。いつもの大人しい姿が嘘のように絶対の自信を感じさせた。

 柔らかな歌声だ。優しく、温かな色をしている。それでいて力強いのだからエーデリスの歌は観客を魅了した。一度耳にすれば足を止めてしまうだろう。


「素敵な歌ね」


 旋律に引き止められるように人だかりは増えていく。


「あれ、いきなり止まってどうしたんすか? ――ああ、綺麗な歌ですもんね。チップ置いてきます?」


 そんなやり取りも聞こえた。

 目を閉じ集中しているエーデリスは自分がどれほど注目を攫っているのかまだ気付いていない。ただただ歌を聴いてもらえることに喜びを感じていた。

 やがて最後のフレーズを歌いきると惜しみない拍手が送られる。エーデリスが歓声に応えて深々と頭を下げてると続いて硬貨が投げられた。足元に置かれた小さなビンなどすぐにいっぱいになってしまうほどだ。


「ありがとうございます!」


 拍手の波が止み、エーデリスを取り巻く人だかりも散り始める。すると人並みを縫うように男性が歩み寄る。深い紫色の髪をした青年は、どうやら収まりきらないため直接硬貨を届けるべく来てくれたらしい。丁寧に握らせてくれると人懐っこい笑みでどうぞと笑ってくれた。


「ありがとうございます」


 ふと拳の重みにエーデリスは手を開く。それは金に輝いていた。


「これ、こんなに!?」


 銅貨、銀貨、金貨――この国の通貨は三種類。芸のチップであれば普通は銅貨、よくても銀貨だ。それをこんなにも奮発してくれるなんて驚かされる。


「俺たち二人からってこと。俺の主があんたの歌を気に入ったみたいでさ。ですよね?」


 肩越しに同意を求めている。ちょうどエーデリスからは人影に収まり姿を確認することはできないが、それならば金額の多さにも納得がいく。であればその人にもきちんとお礼を伝えたい。そうして覗きこんだエーデリスは突如体を襲った衝撃に戸惑うことになる。


「え――?」


 抱きしめられている。誰に? 背後から現れたもう一人の男性にだ。


「ちょ、あんた何してんすか!?」


 エーデリスに金貨を差し出してくれた青年も狼狽えている。どうやらこれはエーデリスの感覚だけでなく人間としても取り乱す行為なのだとして知って少し安心した。だからもっと言ってやってほしい。というか引き剥がしてほしい。


「あ、あの!」


 変な人間に絡まれた場合は全力で逃げろと教わった。けれど身じろぎしたところで力強い腕はエーデリスを捉えて離さない。


「放しっ」


「お願い、逃げないで」


 被せるように遮られる。耳を打つ切ない響きにエーデリスは呼吸を忘れた。行動は強引なくせに、叫びは懇願するように切羽詰まっている。そんな叫びをエーデリスは知っていた。


 嘘だと思た。あり得ないことだった。信じられない面持ちで顔を逸らすと眩しいほどのオレンジ色が嘘ではないと訴えてくる。


「どうして……」


 ディルクなの?

 七年ぶりだというのに彼の名は当たり前のように飛び出す。

 エーデリスが混乱に大人しくなると抱擁が解かれた。距離を開け、確かめるように覗きこまれる。

 少年だったはずのディルクは立派な青年へと成長していた。背丈はエーデリスを軽く追い越し見上げなければならない。太陽のような印象はそのままに、翡翠のような瞳はエーデリスを捉えて離さない。

 それにしたって世界は狭すぎるだろう。これだけたくさんの人間がいて、どうしてディルクと再会させる。


「君、名前は?」


「え?」


 首をかしげるようにして尋ねられる。人違い、だろうか。


「それを知って、どうするつもりですか?」


 覚えていない? その可能性もあるだろう。そう、あの日彼は来てくれなかった。エーデリスという人魚のことなんてとっくに忘れているのかもしれない。


「……君、可愛いなと思って」


「って、堂々とナンパかよっ!」


 ややあってディルクが答えると背後から激しい指摘が飛ぶ。


「え!? いや、そんなつもりじゃ――あ、いや、違うけど! えっと、ごめん。俺はディルク。とても素敵な歌だったから気になって、君は?」


「わ、私は……」


 やはり本人だ。屈託のない明るい表情を向けられると洗いざらい答えてしまいそうになる。けれどエーデリスは名乗ることができずにいた。正直に答えたらどうなるのか、いくら考えても答えが出ない。ディルクは何を望んでいるのだろう。彼のことがまるでわからない。覚えていられても、忘れられていても苦しいことに変わりはないのに、どうしろというの?


「私……ミレーネ! あっ……ミレーネと、言います」


 とっさに思いついたのは忘れずにいた妹のもので、最悪にもほどがある。何故よりによってミレーネか。いくら本当の名前を告げる勇気がないにしろ、せめてパメラにしておけばよかった。しかし手遅れである。ここで訂正すれば偽名だと告白しているも同じだ。

 ならばとエーデリスは硬貨が詰め込まれたビンの存在も忘れて逃亡を決意する。


「待って!」


 エーデリスよりもはるかに素早い動きで腕を取られ逃亡は阻止された。


「な、なんだって言うの!?」


 逃がしてくれないことへの恨みから睨んでいた。せっかく消えてあげようというのに邪魔をする意味がわからない。


「……ミレーネ、だっけ。えっと、その……そうだ! 君、城で働かないかい?」


「は?」


 ディルクの連れである人物もまた、揃って驚かされていた。共にディルクに振り回されている身の上として彼とは気が合うのではないかとまで思い始めた。


「おい殿っ――じゃなくて! あんたなに言ってんですか!?」


「ねえ、どうかな。城で働いてみない?」


「へっ?」


「おいこのやろう。あんた聞いてます?」


 他者の動揺を切り捨てたディルクの勧誘は続いた。


「お金を稼いでいた、ということは仕事を探しているんだろ? メイド、どうかな?」


 どう、とは?


「給料は――」


 黙っていれば詳細を語り始めたのでとにかく逃げなければ手遅れになると思わされた。


「お、お断りしますっ! 私には無理に決まっていますから! さあ、まずはこの手を離しましょう!」


「でも離したら逃げるだろ」


「もちろんです!」


 むしろ何故逃げないと思った。そんな問答をしているうちに痺れを切らしたのか担ぎ上げられてしまう。まるで荷物のように軽々と肩に乗せられ、不安定な耐性に怯える間もなくディルクは歩き始めた。


「ちょ、ゆ、誘拐? 誘拐なの? これが!? 誰かー!」


 パメラが言っていた。了承を得ず強引に連れ去ろうとするのは誘拐だと。その時は何としてでも逃げ切れと教わっている。


「まあ、状況的に否定はできないよね……」


 ディルクは苦笑していた。困るくらいなら大人しく開放すればいい。


「えっと、お嬢さん? 絶対に手荒な真似はしないと誓いますんで、ちょっとだけ俺らに時間貰えません? ホントお願いします! 主人たっての希望らしいんです。どうも俺には止められそうにないんで、俺にできることといったらせめて主人を誘拐犯にさせないことくらいなんですよ!」


 迫真だ。真剣な表情をもって担ぎ上げられたエーデリスの前で手を合わせている。彼にも彼なりの事情があるらしく、悲しいことに力関係はディルクの方が上らしい。

閲覧ありがとうございます。

さっそくぐいぐいくる王子と逃げたい人魚姫。そして人物も増え賑やかになりつつあります。

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