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八、海の魔女と呼ばれた人魚姫

お待たせいたしました。そして先ほど重大なミスをおかしており、至急訂正いたしました。お気付きになられた方いらっしゃいましたらまことに申し訳ございません。

ここから弟子入り数年後の成長したエーデリスのお話です。

『エーデリス、お前は楽園にとって危険な存在となるだろう』


 どうしてそんなことを言うの?

 冷たく言い放たれたきり目を合わせようともしない。

 どうして信じてくれないの?


『お前を追放する』


 別れの言葉も、哀れみすら感じさせない。振り返りさえしなかった。楽園にそぐわないものを切り捨てるだけの行為は呆気ない。消えることのない烙印。実の父からの最後の言葉。それも父としてではなく王として。そもそも父親として接したことがあっただろうか。名を呼ばれたことさえ記憶にない。


「もう止めて!」


 エーデリスは悪い夢を振り払うように叫んでいた。


「あ――」


 すぐに夢だったことを思い知る。辺りでは突然のことに驚いた魚たちが逃げて行く。大きな岩で身を休めていたのだが、慌てて魚たちを追いかけて謝ることになった。


「ごめんなさい! 夢を見ていただけなの、決して貴方たちのことじゃないの!」


 寝ぼけてしまったなんて恥ずかしい。楽園を追放されてから七年が経過したというのに現在でも時々夢に見るとは、まるで魂にまで刻まれているようだ。けれどパメラは無理に忘れる必要はないと言ってくれた。憎しみを力に変えるのだと助言してくれたのだ。立派な悪役を目指すための糧にするようにと。


「さあ、くよくよするのはお終いよ。またパメラに怒られちゃう」


 ここはあの楽園ではないけれど、エーデリスにとってはここが楽園だ。

 十七歳に成長したエーデリスは海の魔女の片腕として立派に活躍している。海の魔女、それはカメのような姿をしているとも、サメのように凶暴だとも噂されている。あるいは人魚のように人に近く美しい姿をしているともいう。いずれも魚たちから提供された情報だが、真実を知るエーデリスは流暢に鼻歌を紡いだ。


「海の涙と空の涙を混ぜた秘密の薬を作るのよ。緑とそれから真珠も加えるわ。どんな奇跡が起こるのかしら!」


 同時に手を動かし、海水と雨の雫、海草と貝の粉を拾ったビンに詰めて振る。

 人魚の歌には魔法が宿ると聞いたことがある。歌うことで少しでも力になれたらと思い始め、いつしか薬作りに歌は欠かせなくなっていた。尤も、もともと歌うことは好きだったのだけれど。パメラも楽しそうなら何よりだと言ってくれる。


「どうかしら!」


 できあがったものをパメラに見せると満足そうな表情を浮かべてくれた。カメだけれど、パメラの表情は豊かだ。

 緑の液体を見つめるのは海の魔女の片割れであるパメラ。この二人で一人というような関係がエーデリスはともて気に入っていた。パメラが教え、エーデリスが魔法の薬を作る。誰かの役に立てることがエーデリスにとっては深い喜びだ。

 そんな彼女の髪には今も赤いリボンが揺れている。丁寧に編み込みを作り顔の横で結ぶことにもすっかり慣れてしまった。この髪型のことは気に入っている。だからリボンを手放せない、それだけだ。


「さてとエーデリス。アンタも十七になったことだし計画を次の段階に進めるよ」


「私、頑張るわ。だからなんでも言って!」


 一人ぼっちで彷徨っていた自分を拾ってくれた。育ててくれた。助けてくれたパメラの役に立てることがエーデリスの生き甲斐だ。尊敬から始まり今では恩義すら感じている。あのままひとりで彷徨っていたらサメに食べられていたかもしれない。


「いよいよ人間の世界へ行ってもらうよ」


「任せて!」


 驚くことはない。というよりその言葉を聞いたエーデリスはようやくかと思った。人魚を人間に変える薬はとっくに完成していたが、問題はエーデリスの成長にあった。小さな子どもが一人で陸をふらつくのは危険なのだとパメラは言う。よってエーデリスが一人前の年齢になるまで機を窺っていたのだ。その間にもパメラから人間の知識を叩きこまれ今日に備えていた。


「教えた通り上手くやるんだよ」


「もちろんよ!」


 本当はパメラも一緒に来てくれたら安心なのだが、この薬の問題点は人魚を人間に変えるという点である。さすがにカメを人間に変える薬を作り上げることはまだ成功していなかった。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 あの日誓った途方もない計画――人間の国を奪うことへの第一歩。

 人気のない岩場を訪れたエーデリスは岩に腰かけると作りたての薬を一思いに煽る。魔法の薬は便利なもので、なんと人間の服まで再現してくれるのだ。そんな凄い薬の作り方を知っているパメラをまた尊敬した。

 人間の姿になるたびにエーデリスは鱗の落ちた脚に触れる。手と同じつるりとした肌の感触には未だに慣れず、しかもそれが二本に分かれているのだから不思議だ。

 しかしいつまでも人体の不思議に浸ってはいられない。足の感覚を堪能したエーデリスは街へ向かった。いきなり王宮へ出向いて終わりとはいかないのだから先は長いらしい。改めて気を引き締める必要があるだろう。

 エーデリスはパメラの教えを一つ一つ思い出しながら行動する。街を見て回り、同じように人間の中に溶け込んだ。


(ええと、まずはお金を稼ぐのよね。お金を稼いで必要なものを揃えて、王宮で働けるように紹介状を書いてもらうのよ!)


 とても回りくどい。しかし今のエーデリスが王宮へ向かうためには尤も現実味のある方法だという。


(お金を稼ぐのならこれが一番だとパメラが教えてくれたわ)


 エーデリスは広場に立った。堂々としているようパメラには言われたが、内心では正体を悟られないよう緊張しっぱなしだ。幸いエーデリスが人魚だと気付かれることはばかったが、強張った表情を不審に思われはしただろう。


(まず落ち着いて。パメラの教え通り振る舞っていれば大丈夫。言われた通りにやれば大丈夫よ)


 大きく息を吸う。それで幾分かは落ち着いた。


(歌おう――)


 声はどこまでも響き、広場を覆い魅了する。

閲覧、お気に入り、ありがとうございます。

読んで下さる方がいらっしゃるからこそ、頑張れるのだと本当に感謝しております。ありがとうございます。

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