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七、恋を終えた人魚姫

更新タイム、始まります。

 仕上がりを確認するディルクは満足そうに頷いて立ち上がる。


「それじゃあまた明日ね」


 急に明日の約束を持ち出されたエーデリスは困惑した。その反応にディルクはいかにも不思議そうな態度を返すのでさらにわけがわからない。


「だって、明日がエーデリスの誕生日だろ?」


「そうだけど……?」


「えっと、もしかして本気でわかってない? プレゼントは勢い余って先に渡しちゃったけど、おめでとうくらいはちゃんと当日に伝えたいだろ」


「……まさか祝ってくれるの?」


 何かのはずみに生まれた日を答えはしたけれど、エーデリスにとっては特別でも何でもない。それはずっとミレーネのための日だった。いつだってたくさんの祝福に囲まれるのはミレーネで、そんな彼女を遠くから眺めていた。


「また明日」


 それをディルクは特別な日として覚えていてくれた。そのことがまたエーデリスを喜ばせる。


「ええ明日。待ってるわ」


 エーデリスは頬を染めて海中へ飛び込む。もうディルクに隠す必要はないため堂々たる姿だった。

 飛び込むなり頬に手を当て意味もなく泳ぎ回った。そうするたびに赤いリボンが視界で揺れて体中が熱くなる。大切な宝物、それが永遠に失われることのないよう、また歌を歌った。幸せな気持ちが次から次へと溢れいくつもの旋律を生み出した。どう取り繕っても浮かれていたと思う。

 たとえ海の世界に一人きりでもディルクがいてくれるのなら寂しくはない。悲しかったこれまでの記憶を忘れさせるほど優しい時間が流れている。


 だからすっかり忘れてしまっていた。本来の自分が何で、どんな扱いを受けていたのかを――


 真珠を繋いだネックレスをしようか。それとも海藻を擦り潰して混ぜた紅を差してみようか――たくさん考えて悩んだけれど、ありのままでいることを決めた。ディルクが望んでくれたのはありのままの私、そんな照れくさい思考にたどり着く。彼が送ってくれたリボン以上に相応しい装飾も存在しないだろう。これは真珠にすら勝る宝物だ。


 やがて朝日が昇り徐々に海も照らされていくとエーデリスは待ちきれずに洞窟へ向かった。海の世界にはディルクが教えてくれた時を告げる便利な機械はないけれど、エーデリスのために岩場に時計を隠し丁寧に読み方も教えてくれたのだ。

 時計を見ればまだ随分と早い時間である。さすがに早く来すぎてしまったことを残念に感じるも、待てばいいだけだと立ち直る。ここにさえいればいずれディルクがやってくる。そうすればおめでとうと言ってくれる。誰からも祝福されなかった哀れな人魚に祝福をくれるのだ。それはエーデリスにとって許しの言葉。今日は人生で一番の誕生日となるだろう。

 彼を待つ時間は長いけれど、それさえも幸福な瞬間だ。空気に色はないと知ったけれどこの時のエーデリスには輝くように見えていただろう。


 ずっと待っていた。

 約束の時間は過ぎてしまったけれど待ち続けた。

 時計の針は何度も回る。

 やがて日が沈み、太陽は海の彼方に消え去った。

 また日が昇る。そして沈んだ。それを三度繰り返したけれどディルクは現れなかった。


 何か理由があるのかもしれない。けれどその理由を察することができるほどエーデリスは人間について詳しいわけでもない。結局エーデリスが導き出せたのはとても単純な理由だった。


「私が人魚だから怖くなってしまったの?」


 残されたのは裏切られたという事実だけ。


「人間とは違うから、それとも醜い色をしているから?」


 だからまた捨てられた。ディルクは会いに来てくれなかった。

 怖くなったのかもしれない。怯えさせてしまったのかもしれない。やはり正体を明かすべきじゃないかった。いくつもの後悔が襲う。そうすれば今もここにディルクはいてくれたかもしれないのに! また一人ぼっちになってしまった。

 エーデリスは黙って髪からリボンを解く。岩場に隠してあった懐中時計を手に取り蓋を閉じるとそのリボンを巻き付けた。もう二度と開くつもりはないという意味を込めてきつく結ぶ。


「さようなら」


 飛び込むと視界の隅で赤いリボンが揺れる。もう二度と会うことはないと、そう思うのに。残されたリボンに触れようとして躊躇った。


「ディルク……」


 いつのまにか瞳からは涙が流れていた。何度も手を伸ばして触れては躊躇う、その繰り返しだ。やがてエーデリスは諦めたように掌を握り目を逸らす。


 どうしよう。


 どうしたらいい?


 どうしてどうして?


 どこへ行けばいい?


 どこへ行けるの?


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。また心が濁っていく。これは舞い上がっていた罪なのかもしれない。

 陸にさえエーデリスの居場所はなかった。それとも禁忌を侵して陸に向かった人魚に罰が下ったのだろうか。だとしたら喜ぶといい。大成功だ。


 ああ、そうか。ならいっそ……

 そうだ。最初からそうしていればよかった。そうしたらこんな痛み、知らずに済んだのに――


 エーデリスは陸に別れを告げ海の底を目指す。自覚さえしていなかった小さな恋の始まりと終わりは唐突だった。

エーデリスの初恋のお話でした。次回より、成長したエーデリスでお届けいたします。

閲覧ありがとうございました。また今日中に戻ってまいります!

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