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三、追放された人魚姫

「一応聞いてやるが、そのミレーネとやらはどうしたんだい?」


 形ばかりの問いかけだ。彼女にはすでに結末が見えているのかもしれない。


「私がそんなことをするはずがないって、最後まで庇ってくれたわ。追放を宣告された場にはあの子もいて……」


 青い瞳は不安に揺れ涙を流していた。その涙は紛れもなくエーデリスのために流されたもの。別れゆく片割れを案じ悲しみに暮れている。そうして泣いてくれる人がいる自分は幸せだと思った。でもそれは大きな間違いだった。


「最後に見たミレーネは……」


 形のいい唇は震えていた。長い髪で表情を隠したミレーネが飛びつくように抱きしめてくる。やがて抱擁を解いたミレーネはエーデリスにだけ聞こえるよう唇を寄せ囁いた。


『さようなら。甘くて優しい――馬鹿な人』


「ミレーネは、笑っていたわ」


 縋りついたのは別れを惜しむためじゃない。形の良い唇は満足そうに歪んでいた。


『わたしたちって似ているでしょう? 同じ顔に同じ瞳。でもね、同じ顔は二人もいらないと思うの。美しいのも愛されるのもわたしだけでいいのよ。わたしね、あなたが大嫌いなの。だからさよならをしましょう』


 その瞬間、エーデリスは自らが追放された理由を悟った。ここまで現実を突きつけられて物事がわからないとは言えない。


 そばにいてくれたのは都合がいいから。

 味方してくれたのは騙すため。

 信じてくれたのは真実を知っているから。ミレーネだけはエーデリスが犯人ではないと最初から知っていた。


 シナリオ通りにことが運び喜ぶミレーネは堪え切れない笑いを涙のせいだと誤魔化した。そうすることで自らの美しさを披露する。追放されるような存在のためにも涙を流す優しさがあるのだと周囲に見せつけた。

 真実を告げたところで誰もがミレーネを信じた。エーデリスすら、言葉さえなければ騙されていただろう。それほどまでに完璧な演技だった。ミレーネが別れを惜しむほど、最後まで信じ続けた友を騙した悪者は冷たい視線を投げられる。


『心配しないで。わたしがいるんですもの。あなたがいなくても誰も困らないわよ』


 とても軽い別れの言葉。最後の最後まで利用され、ミレーネの口からは謝罪すらない。それどころかエーデリスを貶めた行為に罪悪感すら抱かない。無邪気な瞳は自分の行いが絶対だと信じきっていた。


「つまりあんたは双子の妹にはめられて楽園を追放されたってのか。妹はともかく他の家族はどうしてたんだい?」


「王はたかが娘よりも楽園の平和が大事なのよ。お姉様たちも王には逆らえないわ。唯一を庇ってくれたお母様は、もういない」


「血を分けた家族だってのに薄情なもんさ。呆れたよ」


 吐き捨てるように呟き嫌悪を露わにした彼女は身内への情が深いのかもしれない。同情されたわけでもないし、されたかったわけでもない。ただ純粋に家族を大切にする人で嬉しかったのだ。自分のように呆気なく終わるばかりが家族ではないことを教えられただけでも訪ねたかいがある。


「みんな私が悪いと言ったわ。双子の妹にすら裏切られて……そんなに私を悪だと決めつけたいのなら、私を悪と呼びたいのなら、とびきりの悪になってやろうと思ったの。立派な悪役に、それもとびきりのよ!」


「ふっ、なるほどねえ」


「そのためには貴女に弟子入りするのが一番かと思って……ごめんなさい、勝手ばかり……」


「強気なのか気弱なのか面倒な子だねえ。別に謝ることはないさ。実にアタシ好みの展開ってもんだ」


 その声は弾んでいた。何か彼女の興味を引いたのだろう、少しばかり楽しそうだ。


「アタシはね、いつかこんな日が来るのを待っていたのさ! アンタ、エーデリスと言ったね。よく来たねぇ、疲れてないかい? 特製のお茶でも出してやろうか――って、ああそうだ」


「あ、あの?」


「ちょいとアンタたち! この子はこのアタシ、パメラ様の大事なお客だよ。傷でもつけたらどうなるか……わかるね?」


 張り上げた声はエーデリスを取り巻いていた魚たちに衝撃を与えた。まるで怯えるように散り、岩や海藻の影に隠れてしまう。


「アンタ運が良いねえ。運も実力の内って言うけどかなりの強運だ。獰猛な奴らもいるってのによく無事だったね」


「え? …………えっ!?」


「頭から丸呑みにされてたかもしれないよ」


 エーデリスはその意味を考え青ざめる。怖ろしい想像が浮かんできたので無理やり目を閉じやり過ごした。早く忘れよう。


「ほら、そのへんの岩にお座り。ここまで来るのに疲れただろう?」


「あ、あの……疲れてはいないわ」


 パメラという海の魔女はとたんにエーデリスの心配を始める。しかも待ってと口を挟む暇がない。そうしているうちに驚愕の提案をされてしまった。


「ねえアンタ、アタシと組んで王国を征服しないかい?」


 目撃者たる魚たちは遠く岩の影から見守り、エーデリスは沈黙する。変わらず上機嫌なのはパメラだけだ。


「あ、貴女と、私が――王国を征服って、本気で楽園を乗っ取るつもりだったの!?」


「はあ? 何言ってんだい。あんな国に興味はないよ。アタシが言ってる王国ってのは地上のこと。陸の、人間の国のことだよ」


 むしろもっと大問題なのでは。


「アタシはね、ずっと人間の国に興味があったのさ。あの大きな城に暮らすのはどんな気分かってね。玉座を奪うなんて最っ高に悪で悪役の仕事だと思わないかい?」


 にやりと笑む姿が浮ぶ。けれど、どれほど言葉を噛みしめたところで浮かび上がるのは無理という結果だ。


「でも、そんな……私と貴女で本当にそんなことが? だって相手は陸にいるのよ。私たちには無理だわ!」


 当然、かつ尤もな意見である。鳥が海に潜れないように、人間が深海へたどり着けないように、人魚は陸には行けないと決まっているのだ。


「無理ねえ……簡単に諦めるんじゃないよ。まあ途方もない計画にはなるだろうけど、不思議なことにアンタとならって思えたのさ」


 どうしてこんなにも自信を持てるのか、自信とは無縁の生活を送っていたエーデリスには不思議でたまらない。

どんどん行きます!

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