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十一、過去には戻れない人魚姫

 やがて大きな手がエーデリスの頭を撫でた。幼い子ども相手にするような扱いだというのに安心させられる。


「ごめん、乱暴にした。強引だったし、俺の我儘でこんな風に無理をさせて、本当にごめん。どうしても君と話がしたかったんだ。君を見つけて、やっと会えたと思ったら後悔したくないって体が動いてた。けど君を困らせるだけだった」


 困った顔、悲しげな表情はずるい。記憶に残るディルクはいつも笑顔だった。けれどそうさせているのはエーデリスの存在だ。


「今更何を言っても遅いことはわかってる。でもどうしても謝りたかった」


「貴方が何を謝るの?」


 純粋な驚きだった。勝手に期待して正体を明かしたのは自分なのだからディルクを咎める理由がない。愚かだったのは自分。もう何も望んだりしないから傷口を抉るのはやめてほしい。そもそも何を謝るというのか。怯えてごめん? そんな言葉は望んではいない。


「その人は、きっと謝罪を望んでいないから」

 

「君は、そう思う?」


 ディルクの眼差しは居心地が悪い。けれどしっかりと意思をもって頷こう。ディルクは先ほどから謝ってばかりいるが、そうされたところでエーデリスはちっとも嬉しくないのだ。それどころが胸が苦しくなるばかりだった。


「なら君が望まないことは言わない」


 またディルクの手が髪に触れる。今度は子どもにするようなものではなく慈しむように触れてくるから性質が悪い。大切にされているのだと勘違いしてしまいそうになる。

 ディルクの掌はまるで魔法のようだ。触れられているだけで気持ちが落ち着く。人魚たちは怖がるばかりで黒に触れることはないというのに、躊躇わず触れてもらえる。それだけで深い喜びが生まれた。パメラも薬が上手くできた時には褒めてくれるけれど、それともまた違うような……。


「ミレーネと言ったね。非礼を詫びたい」


 ディルクは席を立つと傍らに跪く。あれほど近いと焦っていたはずが、生まれた距離にもどかしさを感じる。


「ごめんなさい……」


「どうして君が謝るんだ? 勝手に抱き上げて城に連れ込んで、何から何まで謝るのは俺の方だと思うんだけど」


 アランがいたのならその通りだと頷いただろうに、エーデリスにはそんな追い打ちをかけることができそうにない。曲がりなりにもかつて最上の幸福を与えてくれた人であり、自嘲気味に笑う姿は見たくはない。


「貴方の探している人ではないから、申し訳なくて」


「いいんだ。勝手に勘違いして迷惑をかけたのは俺だよ」


 でもきっとお互いに気づいている。昔のような関係には戻れないと拒絶したエーデリスに付き合ってディルクも他人を演じてくれた。


「稼ぎの邪魔もしたよね。代わりと言ってはなんだけど」


 金貨を握らせようとしてくるのでエーデリスは慌てて手を引く。


「これは貰えません! 人間は対価にお金を払うと聞きました。でも私は何もしていないから、だから受け取ることは拒否します! どうしてもというのならここで歌うわ。……貴方のために歌わせて!」


 名乗る勇気はない。真実を聞く勇気もない。本当の意味で彼にとってのエーデリスにはなれないけれどせめて歌だけは届けても許されるだろう。彼がこの歌を認め、対価をくれたことに変わりはない。


「それは嬉しいな! 頼めるかな?」


「はい。えっとディルク様は、お疲れですか?」


「え、ああ……ちょっと仕事がね」


「でしたら疲れが取れるように頑張ります。――あ、そうだわ! ならこちらへ、頭をどうぞ!」


「は?」


「少しでも疲れが取れるように体も休めてください」


「いやそこって、どう見ても君の膝じゃ……」


「人間は横になって体を休めると聞きました。こには枕らしきものがないので、僭越ながら私が代わりを務めさせていただきます」


 陸では体が重いし立っているだけでもエーデリスには一苦労に思えた。どうして陸では泳ぎまわれないのだろう。こうして同じ体になってみて人間の不自由さを体感する。


「俺は君の歌が聞けるだけで十分だから」


「私が十分ではありません。でなければお金は受け取れません!」


 きっぱりと宣言すればディルクの顔が引きつる。


「ぐっ、拷問か……」


「安心してください。ディルク様に酷いことなんてしません!」


 正直に告白したはずが、ディルクはますます複雑そうな顔になっていく。


「あ、うん、そうだよな……。わかった、全部俺が悪いんだもんな。よし、うん。覚悟を決めた」


 無心でと呟いた後、エーデリスの膝に頭を預けオレンジ色の髪が広がる。ディルクは体裁も気にせずソファーに足を乗せた。


「王子のくせに粗野だって幻滅した?」


「いいえ。私は何も」


 ディルクが穏やかそうな外見とは似合わずお転婆だなんてとっくに知っている。そうでなければ王子が一人で海辺を出歩いたりするものか。

 薄く笑うとディルクは目を伏せる。そんなディルクのためにエーデリスは子守歌を選んだ。街中で歌うような華やかさはないが安らぎを与えてくれる。大切な人に捧げるための歌なのだとパメラから教わった。


「初めて聞くけど優しくて安心するよ」


「私の、育ての親が教えてくれたんです」


「きっと素敵な人なんだろうな」


 その素敵な人が貴方の地位を狙っていますとは言えなかった。

閲覧ありがとうございます。

どうやら目が限界のようで、続きはまた明日更新させて頂きますね!

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