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一、弟子入り志願の人魚姫

どうしても人魚姫の物語が書きたかったのです。

少しでもお楽しみいただけますように。

「海の魔女! ねえ、いるんでしょう!」


 暗く冷たい海の底には似合わない、美しい声が響く。


 ああ、またか――


 海の魔女と呼ばれた彼女は呆れ果て、決死の叫びを嘲笑う。どれほど必死に叫ばれようと姿をみせるつもりはない。やり過ごすために遠く離れた場所に身を潜め観察していた。

 声の主は幼い少女。あどけなさの残る顔立ちに儚げな風貌だ。綺麗なものに囲まれ愛されながら育った、苦労も知らないお姫様そのものだと感じさせる。そんな相手に施しをする義理はない。

 顔から視線を移せば太陽を知らずに育った肌は白くなめらかだ。脚へと視線を向ければ人間のような二本のそれではなく、当然ながら鱗に覆われていた。

 人魚の訪問は決まって厄介事を持ち込む。今度はどんな無理難題を押し付けるつもりかと身構えるのも仕方がないことだ。


「お願い、どうしても貴女に叶えてほしいことがあるの!」


 はいはい――


 心の中で送る冷めた相槌。手を振る気にもなれなかった。

 海の魔女とは好き勝手に付けられた呼び名である。尊敬の証? まさか。畏怖と嘲笑、皮肉の表れだ。

 いつも求められてばかり。そうして都合の悪い結果になると掌を返し海の魔女が悪いと非難する。でなければこんな悪役の代名詞を背負わされるわけがない。

 そんな展開にうんざりしていた。だからこそ、今回ばかりは姿を見せてやるつもりは無いと固く決意している。大声で叫んではいるが本来は見るからにお淑やかで、悪く言えば気弱そうな人魚だ。放っておけばそのうち諦めて帰るだろう。


「私はエーデリス・アルグレンテ。海の魔女、どうか願いを聞いて! 私――」


 正体が知れた所で嫌悪が増した。

 海の世界は広大だが大きく二つに分けられる。楽園と呼ばれる海の国と、それ以外というなんともシンプルな区分だ。通常人魚たちは海の国に暮らし、王が治める国アルグレンテは平和の象徴とされている。危険も不安もない。ただただ幸せな、まさに楽園のような国。それは外の世界に暮らす者が海の国を差す時に使うものだ。平和を妬み、羨み、皮肉のようにその名で呼ぶ。

 アルグレンテを姓に持つことの意味は一つ。この綺麗な人魚姫の口からからどんな高慢なお願いが飛び出すのか、想像してただけで煩わしい。そう思っていた、はずだった――


「私を貴女の弟子にしてほしいの!」


「はあっ!?」


「海の魔女!?」


 やってしまった。けれど不可抗力だ。こんな展開、誰が想像できる? 看破されてしまったのも、体を預けていた岩から滑り落ち腹の底から呆れが飛び出したのも、全部この人魚姫が悪い。水中でなければ顔面を強打していただろう。


「ねえ、どこにいるの!?」


 慌てることはない。失態を犯したところで見つかるわけがないのだ。

 ここは海の森――木のように高く伸びた珊瑚礁が折り重なり光を遮る。慣れない人間が探し人を見つけるのはまず無理だ。あと少し放っておけば諦めて帰るだろう。

 ところが人魚姫はなかなか諦めようとしない。きょろきょろと周囲を見回してはそれはもう丁寧に海藻をかき分け根元まで探し回る。見た目に反して粘り強かった。

 そんな姿を見せられてはこちらが悪者になった気分だ。真剣な眼差しを見ていればこれまで訪れた自分勝手な人魚たちと違うことくらいわかってしまう。


「…………まあその、なんだ。アンタの気概に免じて話くらいは聞いてやるさ」


 だからこのまま語るようにと促したところ人魚姫は躊躇いを見せた。


「なんだい?」


「あ、その……ただ、優しいなって」


「はあっ!?」


「ご、ごめんなさいっ!」


 短時間に二度も同じ失態を犯すなんて……。海の魔女と呼ばれ始めてから、およそ初めて聞かされる言葉にまた驚かされてしまう。


「アタシが、優しい? どうせ楽園では怪しいだの、やれ醜いだの好き勝手言ってるんだろ」


 自嘲を込めて笑えば人魚姫は申し訳なさそうに口を動かす。


「そ、それは……確かに海の魔女は怪しげな薬を作っているとか、王国の乗っ取りを画策しているとか、悪巧みばかりしているとか、意地悪で底意地が悪いとか、サメよりも獰猛で醜い姿をしているだとか、色々聞かされたけど……」


「想像より何倍も辛辣な好き勝手をどうも」


 色々あるにもほどがある。けれどこれこそが海の魔女の一般的な評価であり、それらを知ってなお優しいと言えるこの人魚姫はどこかおかしい。というより弟子入りを志願することからしてかなりおかしい。


「で、でも、他の誰が何を言おうと私にとって貴女は優しい人よ! 誰も私の話を聞いてくれなかった。でも貴女は違う。話せと言ってくれたわ」


 人魚姫は慌てて釈明を続けた。何をそんなに必死になる必要がある? この人魚姫に不満をぶちまけても意味のないことだ。


「そうかい」


 気にしていないという素振りでそっけなく言い放つ。それから、綺麗なだけの人魚姫という点については訂正してやろうと思った。ほんの少し言葉を交わしただけでもそれなりに苦労をしてきたことが伝わる。なんとも迷惑な話だ。


「だからってねえ、アタシは弟子なんて取らないよ。同情を期待されても困るんだ。そんな暇はないからね」


「はい……」


「わかったらさっさと話して帰りな。ひとんちの前でめそめそされちゃたまらないんだよ!」


 自分から言い出した手前、話を聞かずに放り出すのは気が引ける。大したお人好しだと自分に呆れながらも再度促してやった。これは優しいではなく断じて自分のためである。


「だいたいねえ。楽園の人魚様がふらふら出歩いていいのかい? 知れたら大事だろうに、アタシを巻きこむんじゃないよ」


 ぐちぐちと忠告を重ねるのも全ては保身のため。決してこれは同情ではないと相手にも己に言い聞かせた。


「心配いらないわ。私はその楽園を追放されてここにいるの」


「へえ……」


 遠い遠い楽園、綺麗なだけだと眺めていた人魚たちの世界。その醜聞に興味を引かれたことは否めない。平凡な海の底での生活が変わる、いつしかそんな予感がしていた。

読んで下さってありがとうございます!

人魚姫、需要はあるのかと思いつつも昔からどうしても書きたかったテーマでした。実はずっと昔から書き続けていた作品です。なのでどうか見逃してやってくださいませ……。

次回からは色々あった人魚の物語。こちらタイトルの通り、あくまで人魚が主役の物語となっております。

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