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謎の解明。そして……

 「人員を総動員しろっ! スパイを特定することはこの基地において第一目標だ、他の何よりも優先して行えっ!」


 基地の中は慌ただしい喧騒に包まれていた。


 前線から報告された、フリズスキャルヴの流出。


 それは、連合軍を優勢にしていたアドバンテージが失われつつあることを意味している。流出してしまった分にしてはどうにもならないが、これ以上の流出を防ぐことならできる。そのための対策に、情報部、WS部隊だけでなく基地全体がてんわやんわだった。


 『部屋』の中にいる人間も例外ではない。というか、渦中にならざるを得ない。


 フリズスキャルヴを帝国軍が再現しうるデータがあるのは、この『部屋』しか無いからだ。


 『部屋』にあるコンピュータを調べた結果、無線による情報攻撃が仕掛けられていたことが分かった。各々がスタンドアローンで、ネットワークには一切繋がっていないコンピュータに、だ。


 無線のポートから強引に侵入したのか、内通者が繋げたのかは分からないが、しかしそれはどうしようもなく不可解だった。


 何故なら、この部屋の外殻は電磁波を遮断する金属で出来ており、無線電波は一切通さないからだ。さらに地下に敷設されている事もそれを手伝い、遠距離からのハッキング対策は完璧と言って良いほど厳重なはずだった。


 フリズスキャルヴメインサーバーに繋がる太い有線ケーブル。それ以外しか、この部屋へのネットワーク接続窓口は無いはずであるし、メインサーバーとコンピュータ間の連携も通常時は切られているため鹵獲した端末を使ってのコンピュータへの逆流も不可能なはずだった。


 だが、実際問題情報攻撃は行われている。


 よって。


 「一時的に、この部屋のコンピュータは全て凍結する。稼動するのはメインサーバーだけだ」


 当然、上層部はこういった判断を下す。


 情報部部長は『部屋』の食堂兼会議室に集めたネオ、サキ、シル、そして大人のプログラマ達を見回した。


 「内通者の割り出しはこちらで行う。よって、こちらには凍結している間別の事を任せたい。……通信経路の発見だ」

 「なるほど」


 大人のプログラマの一人が呟いた。


 「内通者が誰か分からなくても、抜け穴として使っている通信経路さえ塞いでしまえば、元の仕事に戻れますからね……。そうたくさん抜け穴があるとは考えにくいですし」

 「そういうことだ」


 情報部部長は大きく頷いた。


 「今までと同じように、この『部屋』に踏み込める人間は制限する。具体的には、私以外のここにいる人間以外は、この『部屋』には入らせない。恐らく、無線式のハッキングということは部屋の外から電波が通るようにしてコンピュータにアクセスしただけで、中に入れてはいないはずだ。その穴を探してもう一度シールすれば良い」

 「分かりました」


 大人のプログラマが頷いて答えた後に、ネオはふと気付いたことを聞く。


 「もしスパイが分かったらどうするんですか?」

 「……残念ながら、ここまで被害をもたらした者をただで済ます訳にはいかない。上層部のメンツもあるし、恐らく即刻処刑されるだろう。帝国軍へのみせしめという意味を込めてな」


 少し苦しそうな顔をして答える部長。彼女にとっても帝国軍の内情を知る人間を即刻処刑するのは痛手だと思っているのだろう。


 「え……?」


 誰もがうんうんと頷く中で、一人シルだけが驚いたように、怯えたように声を上げる。


 「ん、どうしたシル? ……そうか、忘れているのか」


 シルの戸惑いについて、即座にその理由を看破した部長は、少し息を吐く。


 「やつらを『殺す』ことについて」


 捕虜を取ることが有効になるのは、二つの条件が揃った時のみだ。


 『相手に要求を飲ませたい場合』と『相手がそれに応じる可能性がある場合』だ。


 この戦争において、連合軍は帝国軍に対して『求めたい要求』、つまり『馬鹿なことはやめろ』というのはあるのだが、帝国軍がそれに『応じる可能性が全くない』のである。


 何故なら、帝国の目的は白色人種(コーカソイド)以外を滅ぼすことなのだから。滅ぼす予定の者達の意見に耳を傾ける人間などいないだろう、そういうことだ。


 逆に言えば、帝国軍にとってもこの状況は同じと言える。


 『有色人種は絶滅しろ』という要求はあっても、その要求を連合軍が飲む訳が無い。


 よって、両軍にとってもともと捕虜・人質は意味がなかったのだ。


 そして。


 最初に蔑ろにしたのは、帝国軍だった。


 それは、ある意味当然といえるだろう。白色人種(コーカソイド)以外を顧みない彼らは、有色人種がどうなろうと知ったことではないのである。


 簡潔に言おう。


 『アウシュウィッツ再来』と呼ばれる事件が起きたのだ。


 あの強制収容所のような仕打ちを受けて殺される人間の姿が、ネット上に公開されたのである。


 もちろん、有色人種の連合軍の捕虜達だ。


 結果、一瞬で世論は沸騰した。


 目には目を、ハンムラビ法典ではないが、それ以来帝国軍捕虜に対しての残虐行為は容認されるどころか、非公式に推奨されているような状況になってしまっているのである。


 ……という説明を簡潔に部長から受けたシルは、少し青ざめた顔で頷いていた。


 「シル、大丈夫……?」


 シルを気遣うようにネオが言い、それがサキの人工アホ毛の狂乱を引き起こしているがネオにはまだ見えない。


 「大丈夫、です……」

 「そんな風には見えないよ。ちょっと休んでみたら?」

 「……わかっ、た、ネオがそう、言うなら……」


 やはりなにかしらのショックを受けていたのだろう、気持ちが悪そうに言うシルを、ネオは『部屋』の中にある医務室へとシルを連れていく。


 医務室といっても、そこにはベッドと素人でも可能なレベルの医療器具が置いてあるにすぎないが、一休みするには十分だ。


 サキも、流石に具合が悪い人に突っ掛かることはせずに、黙ってネオの後をついて来る。


 「気分が良くなるまで、ここで休んでいてよ?」

 「うん……」


 優しくかけられた言葉に、シルは弱々しく答える。


 「シルが休んでいる間に、僕は部長の案件をやってくるよ。シルといつも通りの日常を過ごすために、さっさとこんな仕事終わらせちゃわないとね。大丈夫、シルが一眠りしてる間に、ささっと終わらせてくるよ」


 ネオはそう言い終わってから、シルの反応を数瞬待った。


 「……」


 どこか泣きそうな顔でコクり、と頷くシルを見て、やっぱり寄り添っていようかと思ったネオだが、後ろからサキが背中をチョンチョンと突いて促してくる。


 「むぅ」


 後ろ髪を引かれる思いだったが、立ち上がったネオは一言告げてから医務室を後にした。


 「行ってくる」





 ドアが閉まって、恐らくネオが聞こえないほど遠くに行っただろうその頃、シルはぽつりと声を漏らした。


 「どうして……こうなっちゃんだろう……?」


 暗闇の中で、シルの頬にかすかな銀線が走った。




 ◆  ◆




 「むぅ。邪魔者もいなくなったし、ネオ、一緒に電波の侵入路を探そう? ネオが一緒ならきっとすぐに見つかるよ」

 「そ、そんなことないと思うよ……?」


 二人はそんな事を話しながら、穴の調査をするために『部屋』に向かう。


 ちなみにサキは、穴を早く見つけることは、シルとネオの遭遇確率を上げる行為だとはまだ気付けていないようだ。ここでネオの役に立つ、という気負いで頭の中がいっぱいになっているらしい。


 「……ネオが本気で探せば、見つからないものなんて無いはず」

 「そうかなぁ、サキ。僕はそんなにすごい人間ではないと思うんだけど」

 「ううん、ネオは凄い人」

 「……まぁ、探すにしてもなぁ……?」

 「どうしたの?」

 「闇雲に探したって見つからないよ、まずは考えてみないと」

 「……?」


 ネオの言葉に首を傾げる人工アホ毛に、サキを座るよう促して、自分のデスクにそれぞれ座った二人は、顔を付き合わせて話しはじめた。


 「そもそも、この『部屋』の外殻に細工をするのは不可能だと思う」

 「……? どうして?」


 「この部屋は、地下数十メートルのところに作られている。外殻に穴を開けて干渉するには、それだけ掘り進めないといけない。そんな事を敵がしたら、基地のフリズスキャルヴが即座に発見して掃討作戦が組まれる」


 「でも実際、データは抜かれているよ? 地上からじゃないとしたら、敵がずっと地下を掘り進めてきただけかもしれないよ?」


 人工アホ毛がサキの気持ちを表して不思議そうに揺れる中、ネオはサキの言葉に対して意見を返す。


 「サキ、実用可能な穴を開ける方法って知ってる?」


 「……? そういう機械があると思う」

 「それはそうなんだけど……」


 ネオは苦笑して、端末を取り出した。

 そこで開いたのは電子書籍の重機図鑑、そのあるページだ。


 「シールドマシン。全自動でトンネルを掘り進め、なおかつそのトンネルをブロックで補強してくれる便利なマシンだよ。でも欠点もある」


 そう言って、ネオは図鑑のある一点を指差した。

 「……? ……っ!」


 そこを覗き込んだサキの顔色が変わる。


 「このシールドマシン、とても遅いんだ」


 そこには、時速0.3メートル、と書かれていた。


 「軍用機で数倍にチューンアップしていると仮定しても、時速1メートル。一日ぶっ通しでやっても24メートルだ。あまりにも近いところから始めても連合軍に見付かるから、5キロ先から始めたとしても200日以上かかる。そこに帝国の作戦立案、準備期間を含めたら半年前には分かってないといけない。それはいくらなんでも早過ぎるだろう。実際には、一日ぶっ通しなんて出来ないからもっとかかるしね」

 「じゃぁ、地下からの外殻への干渉もありえない……?」

 「だと僕は思う」

 「ネオがそういうならわたしは信じる」

 「うーん、そういう信頼も嬉しいけどサキに納得して欲しかったなぁ」


 苦笑しながらネオは言う。


 「大丈夫、納得もしてる」

 「それなら良いんだけどね……」

 「やっぱりネオは凄いね」


 サキは無表情なままそう言う。しかしやっぱりその人工アホ毛は嬉しそうに飛び跳ねていた。


 「でも、どうしてそんな事知ってたの?」

 「男なら、機械と爆発には興味を持つものさ」

 「そうなの?」

 「……違うの?」

 「わたし、男の子じゃないから分からない。男の子になってわかった方がよい?」


 人工アホ毛を不思議そうに曲げながら訊いたサキの言葉に、ネオの方こそ首を傾げた。


 「男の子になるって……、どうやって?」

 「もちろん、くっつける」

 「なにをっ!?」

 「もちろん、ネオにあってわたしにないもの。ち」

 「それ以上は言ったらダメッ!!」


 半分悲鳴みたいな叫び声を上げて制止するネオの声も一瞬遅く、サキのその言葉は放たれてしまう。


 「たん合金製の人工骨」


 しかし。


 その言葉は意外なものだった。


 「サキ……?」

 「なに?」

 「男の方が体が強いからって、チタン合金製の人工骨が必ず入っているわけではないよ? あれは医療用だし」

 「……?」


 そんなこんながありつつ。


 「でもネオ、外殻に干渉されたんじゃないのなら、スパイはどこから電波を通しているの?」


 サキは、結局根本的な疑問にぶち当たる。


 もっとも、これこそが最大の謎なので、これが分かれば後は懸念することなど何も無いのだが。


 「うん? この『部屋』で、端っこが外殻じゃない場所なんて一つしかないよね?」


 あっさりと。


 あっさりと、ネオはその最大の謎を、まるで取るにも足らないものとして扱うように言う。


 「え……?」


 無表情のままコクンと首を傾げるサキ。一緒に傾いた人工アホ毛は、重力に逆らってそのままの角度を何故か保っている。


 「扉さ。あそこだけは外殻をそのまま採用できない。人間が通る必要があるからね」

 「つまり、スパイが仕掛けた仕組みは扉周辺にある?」


 「というふうに結論づけて良いと思う」

 「わかった。やっぱりネオはすごい」


 そう言って頷いたサキは、その小さい体を動かして、トコトコと扉へ向かう。


 どこか既視感(デジャウ゛)を感じられる光景だった。


 前の時はネオは全力を以ってサキを止めたものだが、今回は止める必要はない。


 今回の目的は、扉の周りで電波が送受信されている痕跡を探るだけなのだから。


 サキは、さっき配られた電波探知器を取り出す。


 仕組みは盗聴機発見機と同じだ、近くで電波を送受信する痕跡を徹底的に洗い出すその装置は、迅速なまでに扉の周りを精査する。


 果たして。


 ピーッ! という音が『部屋』に響き渡った。


 「「「……っっ!!」」」


 大人のプログラマの、驚愕の息遣いが部屋に充満する。


 「ネオ、あったよ?」


 サキの嬉しそうな声が、少し離れたネオへと届いた。



 ◆  ◆



 場所が分かれば、あとは『穴』の位置を特定するだけだ。その『穴』を塞げばコンピュータへの無線ハッキングを防ぐことが出来る。


 で、どうすれば良いかというと。


 サキは『部屋』の外に出て、携帯端末を片手にうろうろしていた。


 『部屋』の外と言っても、別に階段を上ってあの控室まで遡った訳ではなく、扉の周りにいるだけなので関係者以外に出会う可能性はない。


 サキがやっているのは、電波の検出だ。


 といっても、検出するのは部屋の中で見つけた電波ではない。それが外部と繋がっていることは、明らか過ぎるほどに確定しているからだ。


 サキが今見つけようとしているのは、ネオが部屋の中で同じく携帯端末が発している、テザリングのWifiだ。


 部屋の中で発せられたWifiが部屋の外で接続できれば、その電波強度から『穴』の位置を推定し、確定させることが出来るのだ。


 そんな訳で少しでも電波強度が強い場所を探すべく、扉の周りをあっちへうろうろ、こっちへうろうろしているサキなのだが、そのサキの人工アホ毛は不信感に揺れていた。


 電波が一切受信されないのだ。


 何回スキャンしても、『部屋』の中で発しているはずのWifiが受信できない。


 (……壊れてない、これ……?)


 サキは思う。


 だがそんな訳は無いのだ、部屋の中で一度テストした時は、きちんとWifiを受信し稼動したのだ。


 けれど、Wifiは受信されない。


 「むぅ」


 サキは不満げな声を漏らした。

 でもまぁ、当然といえば当然なのだろう。


 これがそんな簡単なものならば、情報部やWS部隊が小一時間探すだけで対処できる。たとえ空前絶後に忙しかったとしても、門外漢な者たちに任せるようなことはしないだろう。


 その時、一度扉が開いた。


 一瞬でWifiに接続される携帯端末。やはり端末は壊れていなかったということを確認しながら、サキは扉の方へ目を向ける。


 「サキ、全然接続しないね……」

 「ネオ……! うん、全然見つからない。どうする?」

 「うーん、もうちょっと探してみようか……。どういう事なんだろうね? 接続されなかったら、また10分後に開けるよ。それまでお願いしていい?」


 ネオの顔にも不思議そうな表情が浮かんでいるのを見て、サキは自分だけがおかしいと思っている訳ではない事を確認する。ネオも悩んでいるのだ。


 「わかった」

 「じゃあよろしくね、サキ」


 サキがそう言うのを確認して、ネオがもう一度扉を閉めて行く。


 (むぅ。わたしがはやく『穴』を見つけて、ネオを安心させてあげよう)


 扉が完全に閉まりきって、端末のWifi受信状況が切れてから、サキはそう決意する。


 そうして、足を踏み出そうとした時。


 「ぶへぁっ。……痛い」


 サキは足を絡ませて転んでしまった。


 足元以外にまともな明かりがない暗闇の中に、携帯端末が滑って行ってしまう。といってもバックライトの明かりがあるので、携帯端末の位置自体は分かるのだが。


 「うぅ……」

 幸い、主立った怪我はなにもしていないようだった。


 すぐに立ち上がろうとしたサキだったが、その動きが突然止まる。


 「……?」

 あるものを見つけたからだ。


 足元を照らす証明の、その影に隠れるように設置された、魚眼レンズが装着された監視カメラを。


 だが、そんなことはありえないのだ。


 ここは、最重要機密施設。その存在が示唆されるような資料は、あってはならない。このカメラをどこか遠隔地で監視しているとしたら、その事実自体がスパイにこの基地に『部屋』があることを判明させてしまう。


 サキは、ゆっくりとカメラに手を伸ばす。

 手で触れて、熱を持っているかで稼動しているかどうかを判断しようとする。


 結果は。


 「温かい……?」


 稼動している。


 サキの中で、いろいろな可能性が駆け巡る。


 そして、唯一可能性がありそうなのは。


 「スタンドアローンのカメラ?」


 どこにも繋がっていないカメラである可能性だ。


 確かに、たとえ機密施設だろうといつか事件が起こるだろう。その時まで対策をしないのは流石にダメだということは分かる。だからこそ、何も起きない時は誰も確認する事なく、どこにも流出する事なく動きつづけるスタンドアローンのカメラにしたというのなら納得できる。


 このカメラ単体で完結するシステムなら、情報流出の心配はいらないからだ。


 「……なら」


 サキは立ち上がって携帯端末を拾い、ポケットからケーブルを取り出して携帯端末に挿す。

 それからもう一度カメラの前で俯せに寝転がると、よくその周りを探した。


 「……あった」


 探すこと数分、それはすぐ見つかった。監視カメラの魚眼レンズと地面との右の間にああった小さなフタをツメで剥がすと、そこにはサキの想像したとおりの端子があった。


 携帯端末に挿したケーブルと規格は同じだったため、すんなりとカメラと携帯端末が接続される。


 と同時に、携帯端末のストレージに大容量のファイルが次々と転送されてきた。


 ファイルは合計七つ。カメラの容量にも限りがあるため、一週間が過ぎた日のファイルは、自動的に消去されるようになってるのかもしれない。


 「これでスパイを見つけられたら、ネオに褒められるよね?」


 サキの無感情の声とともに人工アホ毛が嬉しそうに揺れる。


 全てのファイルが携帯端末に転送されてから、サキは立ち上がってもう一度Wifiを探してみる。


 すると、即座に探していたWifiに接続した。


 「……! やっぱりネオはすごい」


 サキはそう呟く。


 サキが監視カメラからデータを引き出していた間に、ネオは一番重要なデータ流出経路を突き止めたのだ。


 「よし」


 これからWifiの電波強度を元に『穴』を見つけようとしたサキだったが、それをする前に扉が開く。


 「……どうしたの、ネオ。次開くのは10分後じゃないの?」

 「いや、良いんだ。もう分かったからね」

 「……?」

 人工アホ毛が首を傾げるようにくねった。



 ◆  ◆



 「問題は、伝声管だったんだよ」


 ネオに促され『穴』の捜索を中止して部屋に戻ってきたサキは、ネオのそんな説明を聞いていた。


 「伝声管?」

 「うん、そうだよ」

 ネオは一つ頷くと、サキに声を投げかけた。

 「伝声管の仕組みって覚えてる?」

 「ふふん。ネオ、わたしをなめないでほしい」


 サキの人工アホ毛が胸を張り、自信満々に(でもサキは無表情に)答える。


 「ぜんぜんわからない」


 ガクッとネオの首が落ちた。


 「え、ホントに分からない?」

 「まったく」


 ネオはサキの人工アホ毛の中に、本気の気持ちを見てため息をつく。


 その時。


 「むぅ。ネオ、どこ見てるの?」

 「え?」

 「なんか、わたしの顔じゃないべつのものを見ている気がする」


 なるほど、とネオは思う。


 たしかに、サキの感情を読み取るのに人工アホ毛を見るのは分かりやすい方法だが、サキから見れば自分の少し上に目を合わせているように見えるのだろう。確かにそれは話し相手への反応としては不適当だ。


 「ごめんよサキ」

 「うん」


 そこでネオは疑問に襲われた。いつものサキは、今みたいにただ頷くだけで済ますような性格をしていただろうか? いつももうちょっと言葉を足していたような気がしてならない。


 その疑問は直後に解消された。


 うん、の後に最も効果的な、その後に続く言葉を最も強調する間を開けて、そのその言葉は放たれる。


 「ちゃんとわたし()()を見て」

 「……う、うん。わかった……」


 その瞳に込められた圧力を見て、ネオはそう言うことしか出来なかった。何か否定を許されない力場のようなものが周囲に展開されているような気がする。


 「そ、それで伝声管の話に戻るけど……」


 何とかこの空気から逃げようとネオは強引な方向修正を謀る。幸運にもサキはその修正に付き合ってくれたらしく、サキの注意がまた『穴』の方へと戻って行くのを感じたネオは、心の中で息を吐いた。


 「扉の伝声管は、中身に液体をつめて振動を伝達させて、声を伝えるようにしている。電波遮断もしないといけないから水銀かな? それと振動伝達性を高めるための物質をまぜた混合液体がたぶん伝声管の媒質なんだ。その仕組み上、伝声管は音なら何でも『部屋』の外に伝えてしまう。たとえその音が可聴域外でも」

 「……? どういうこと?」


 まだ分からなそうに首を傾げるサキに、ネオは止めを刺した。



 「つまり、伝声管の出入口に音波電波間変換装置を取り付ければ、扉に穴を開けなくても外に電波を通すことが出来る。『穴』は最初から空いていたんだ、僕たちが気付かなかっただけで」



 「え……? それだと『部屋』の中の伝声管の入口にも変換機がないといけないよ?」


 サキのその指摘に、しかしネオは大きく頭を振った。


 「()()()()()()|」

 「え……っっ!」


 サキの声が、珍しく驚愕に染まった。まさかそんな事はないと思っていたのだろう。それはつまり、『部屋』の中にまでスパイが侵入したということを示しているからだ。


 「大人のプログラマの人が見つけてくれたよ。鉱石ラジオとかと同じように、電波のエネルギーを使って稼動するから、電池もいらないしカードくらいの薄型にも出来るタイプだって言ってた」

 少しの間、二人の間に沈黙が満ちた。


 「……やっぱりネオは凄いね……」


 サキはそう呟いた。


 「そう、かなぁ……?」

 「そうだよ、わたしはぜんぜん思い付かない」

 「そんな事ないよ、サキだってきっと気付いたと思うよ?」

 「ううん、たぶんわたしは気づけなかった」


 サキは無表情なまま、しかし幾分か人工アホ毛に悲しみを纏わせて言う。


 「だけど大丈夫」


 そこで急に元気になった人工アホ毛、いやそれだけを見ていてはいけない、サキの顔を見てネオは訊く。


 「……なにが?」

 「わたしも、ネオの役に立てる」


 サキの心の中には、さっき見つけた監視カメラのデータがあるということは、言うにも及ばないだろう。


 (ネオのいないところで確認して、犯人を突き止めて褒めてもらおう)


 そうい考えで、サキは(気持ち的には)にっこりと微笑んだまま、胸を躍らせていた。


 「ともかく、これが『穴』をシールする必要は無くなったということを部長に伝えたいんだけどなぁ……。こっちが無闇に動くとスパイに付け入る隙を与えかねないし、どういう風に動けば良いんだろう……?」

 「……? ネオなら、大丈夫……」

 「やっぱり、シルに頼むのが一番なのかなぁ? シルは『外』に出ても問題ない訳だし……」

 「むぅ。じゃあわたしが行く」

 「えっ、サキがっ?」

 「シルになんか負けない」


 あたかもシルを威嚇するようにうごめく人工アホ毛、どことなく不機嫌そうな瞳。どう見てもサキはシルを目の敵にしていた。


 「いや、これはどっちかって言うと役割分担みたいな感じなんだけど……。サキはHUV計画を、シルは外との連絡役、みたいな? だから他の人の仕事を取るのは良くないよ、サキ」

 「……むぅ、わかった。それならどうしてためらうの?」


 だが、ネオの言葉にその身を引くサキ。そのかわりに、疑問を投げかけた。


 「うん、さっき調子が悪そうだったからね……」

 「……? じゃあ明日にすれば良い。別に困る訳じゃない」

 「……部長は困るんだけどね。でもまあ良いか……?」


 結局、ネオは明日になってからシルを部長の元に行ってもらう事を決めた。 


 「……じゃあネオ、久しぶりの休みを楽しもう?」

 「休み? ……ああ、考えようによってはそうなるのか、仕事は出来ないんだし」


 そう言って、ネオは頭を切り替えたのだった。



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